1070 リーナとクオンの愛の日(一)
愛の日、王太子夫妻は休みを取ることにしていた。
起床時間はいつも通りだが、二人でゆっくりと朝食を取ることから予定が始まった。
「愛の日らしい朝食ですね!」
ハート型に焼かれたパンケーキを見てリーナは喜びの声を上げた。
オムレツの形もハート。サラダの盛り付け方もハート。スープの器もハート。
まさにハート尽くし。
愛のモチーフはやはりハートだとリーナは感じた。
デザートのフルーツを食べ終わると、クオンは執務室に行くことを伝えた。
「緊急の用件が発生していないかどうかだけは確認する」
「わかりました」
「何もなければ出かける予定だ」
「とても楽しみです!」
リーナは贈り物を用意するだけで、愛の日の過ごし方についてはクオンに任せることになっていた。
「一緒に行こう」
「執務室に?」
「たまには執務室の位置を確認するのも悪くないだろう?」
王太子の執務室ではヘンデルが待っていた。
「おはようございます。緊急の用件はありません。執務室はこの後鍵をかけて閉めます。愛の日をゆっくりお過ごしください」
クオンはホッとした表情になった。
「良かった。ヘンデルの支えは私にとってなくてはならないものだ。心から感謝している。友愛の贈り物は受け取ったか?」
「受け取りました。王太子殿下とヴェリオール大公妃に心から感謝を」
「私からの贈り物については何も言わないでくださいね!」
ヘンデルに送った菓子はクオン様に贈ったものと基本的には同じ。
ここで詳しく解説されるのは困るとリーナは思った。
「感想は後日にお願いします。今後の参考にしますから!」
ヘンデルとクオンは視線を合わせた。
愛の日の贈り物はペストリー課が制作すると聞いていたため、チョコレートのグリッシーニではないかと予想していた。
だが、違うもののようだと察した。
「今回の贈り物はグリッシーニではないということでしょうか?」
「新作です」
リーナは好評だったグリッシーニを元にして別の菓子を考えた。
それをペストリー課と軽食課のメンバーに伝えて意見を出し合い、最終的に決まった新作の菓子を贈ることにした。
「そうでしたか」
「気になるな」
「どんなものかわかるまではドキドキを楽しんでくださいね!」
愛の日のためにリーナが考えたキャンペーンはドキドキ感を重視していた。
自分への贈り物もまたドキドキ感が込められているようだとクオンとヘンデルは思った。
「じゃあ、クオンもリーナちゃんもいってらっしゃい!」
二人が一緒に過ごせる時間は貴重であることを知っているヘンデルは友人として二人を送り出した。
「よし、行こう」
「はい! でも、どこに行くのですか?」
「愛の日らしい場所だ」
クオンはリーナの手を取ってつなぐと王家専用の礼拝堂へと向かった。
王家専用の礼拝堂は愛の日のために赤を基調にした美しい飾り付けが施されていた。
何よりも目を引くのは大量にある赤いバラ。
ハートの朝食の後は赤いバラの礼拝堂というプランだった。
「こんなにバラが!」
「全て本物に見えるだろう?」
「もしかして、違うのですか?」
「近づけばわかる」
クオンにエスコートされたリーナはすぐ近くにあるバラの飾りをじっくり見つめた。
「どう見ても本物のような?」
「向こうにある飾りを検分してみよう」
二人は中央の通路から外れた場所へと移動した。
「どうだ?」
「……ちょっと違うような気もしますが、本物のようにも見えます」
「触ればすぐにわかる」
リーナはそっと手を伸ばした。
「造花でした!」
礼拝堂に入って来た時は全てが本物のバラに見えた。
だが、実際はクオンとリーナが必ず通る中央の通路付近のみで、それ以外に飾り付けられているものは本物そっくりに作られた造花だった。
「精巧なシルクフラワーだ。光の加減を調整するとより本物らしく見える。実際にはシルク以外の様々な素材が使われていることから、アーティフィシャルフラワーとも言うらしい」
「教えていただかなければ全て本物だと思っていたと思います」
「愛の日にバラの花を必要とする者は多い。王太子が赤いバラを買い占めたら困るだろう」
クオンはエルグラードの王太子。その身分と権力を使えば二月という時期であっても大量の生花を手に入れることができる。
あえて一部を造花にしたのは、自分と同じように愛する者と愛の日を祝いたい国民のためだった。
そして、リーナのためでもある。
「それに生花はどれほど手を尽くしてもいずれは枯れてしまう。だが、造花は枯れない。維持に気を付ければ美しさを保てる。後宮で開く催しに再利用したらどうだ? 多少は経費が浮くかもしれない」
クオンの提案にリーナの表情が輝いた。
「名案です! さすがクオン様です! まさかこんなに素敵でお得な贈り物をいただけるとは思いませんでした!」
後宮の予算は激減したため、当たり前のようにお金をかけていたことが無理になった。
季節に応じた飾りつけは経費削減の対象。
今回の愛の日も飾りつけをするための予算をつけられず、すでにあるものだけでなんとかするしかなかった。
だが、季節の催しは一年毎に何度もある。
だからこそ、使い捨ての飾りではなく何度も利用できる飾りにする。
再利用することで新しい飾りを買う必要がなくなるため、間違いなく経費が節減できる。
「本当の贈り物は私の気持ちだ」
クオンは自身の気持ちをストレートに表現するものとして赤いバラを選んだ。
そして、リーナにより喜んで貰える要素を付け加えることにした。
それが再利用できる飾りだ。
本物のように見えるアーティフィシャルフラワーは生花よりも単価が高いが、何度も利用することで結果的には経費節減になる。
とはいえ、それを来年の愛の日に使うわけではない。
リーナがなんとかしようとしている後宮に使えばいいというわけだ。
「心から愛している。最高の夫になれるよう努力することを愛の日に誓う」
「すでに最高の夫だと思いますが?」
「まだまだこれからだ。夫になったばかりの新人だからな」
クオンはリーナの唇に優しく口づけた。
「向上していくためにも率直な意見を聞きたい。喜んでくれただろうか?」
「喜ばないわけがありません! これほど多くのバラに囲まれながら誓いの言葉を贈っていただけるなんて夢のようです! 最高です!」
良かった。
だが、クオンが考えた愛の日計画は始まったばかり。
なにせ、愛の日を愛する女性と過ごすのは人生初。
どのように過ごすかを考えた結果、自分でも驚くほどの案を思いついた。
「次の場所へ移動する」
「どこへ行くのか楽しみです!」
リーナは満面の笑みで答えた。





