1067 交代
二月は一年で最も寒い時期だと言われている。
実際、寒い。
だが、王太子府の廊下は温かい食事を取る人々の喜びと熱気で溢れていた。
「買えた!」
「前より遅い時間に並んでも買えた!」
「サンドイッチのボリュームは相変わらず凄い!」
「肉、最高!」
「やっぱり美味い!」
「官僚食堂のスープのくせに具沢山だ!」
「しかも、美味いぞ!」
「冬籠りの差し入れを思い出すな」
「本当に官僚食堂で作っているのか?」
「後宮がレシピを教えたんじゃないか?」
ランチを無事購入することができた官僚たちの声が次々と上がった。
ヴェリオール大公妃が率いる軽食課と買物部、第四王子の手で改革することになった官僚食堂が協力したランチ販売は官僚たちの懸念を吹き飛ばした。
ピザやパスタのメニューがなくなってしまったことを惜しむ声はあるが、ランチの販売総数が一気に増えたことを評価する声の方が圧倒的に強かった。
「温かい食事を食べられることの素晴らしさ!」
「昼食時間のひもじさとはお別れだ!」
「体も心も温まるな!」
「それは王太子殿下の名言だ」
「王太子府の官僚としてリスペクトするのは当然だろう」
「王子府の官僚だってリスペクトしているぞ?」
官僚たちは揃って笑顔、会話も弾んでいた。
……貧民街の炊き出しを思い出すな。
廊下の警備任務についていたロビンがそう思っていると、ユーウェインが急ぎ足でやって来た。
「団長室に行きなさい。私は別の任務につきます」
「はっ!」
二人はすぐに戻るように歩き出した。
「ちなみにどちらへ?」
従騎士は団長室での勤務をユーウェインと交代でしている。
書類仕事には慣れてきているが、何かあった時のためにユーウェインがどこにいるのかを把握しておきたいとロビンは思った。
だが、ユーウェインはすぐに答えることなく、まっすぐに前を向いたまま歩き続けた。
「……もしかして、後宮でしょうか?」
「私的な勘繰りが含まれているかのような質問は軽率です」
「すみません」
ロビンはすぐに反省した。
だが、自分の気持ちをユーウェインに知られていると感じた。
二月の日曜日は休めていない。そのせいでリリーと会えず、ロビンは落ち込んでいた。
重要な催しや問題が起きたことによる影響で王宮の警備体制が厳重になった影響だけに仕方がないのはわかっていたが、当分はこのままの状態が続きそうだった。
リリーに会いたい……。
採用されたとはいえ従騎士。まだまだ勉強中。宿舎を出られる状況でもない。
二人で暮らせるように、騎士を目指して頑張るしかない!
未来は明るいが、現状の寂しさは消えない。むしろ、リリーへの想いが募るばかり。
ロビンが盛大なため息をつくと、ユーウェインが口を開いた。
「昼に会えなかったのですか?」
昼?
ロビンは今になってようやく気づいた。
「まさか……王太子府の廊下警備は後宮から人が来るからだったのでしょうか?」
「上の方の配慮です」
従騎士三人の上司であるパスカルとユーウェインはヴェリオール大公妃付きや団長付き。
なぜ、王太子付きの騎士が主に担当する王太子府の警備をするのだろうかとロビンは不思議に思っていたが、特別な配慮があったことを理解した。
「ジゼとは会えたのですが、リリーとは会えませんでした」
王太子府の廊下へ来るのは買い物部の軽食グループの者だけ。
リリーは日用品のグループに所属しているために王太子府には来ていなかった。
「後宮の担当になりたいです。警備室の担当にはなれないのでしょうか?」
「正直さが図々しさにならないよう注意しなければなりません」
「すみません。でも、リリーがしょっちゅう男性に声をかけられているらしくて」
日用品販売をしていることもあって、リリーは侍従や男性召使いに声をかけられまくっているとロビンは聞いていた。
「仕事のせいでは?」
「リリーが結婚していることを知らない者もいるみたいで」
後宮は住み込みだけに未婚率が圧倒的に高い。
そのせいで後宮にいる者は未婚者だと思われやすかった。
「だんだんと知れ渡るようになるとは言われました。でも、夫なのに何もできないなんて! リリーに近寄らないよう注意したいです!」
ロビンは拳を握り締めた。
「この時期は男女共にアピールや情報収集が盛んになります。そのせいでしょう」
「この時期? 警備が厳重になったので情報収集をするということですか?」
ロビンは優秀だが、この件についての察しは悪いようだとユーウェインは思った。
「愛の日のせいです」
「ああーーーーーーーー!」
あまりにも日々が忙しく一生懸命だったせいで、ロビンは気づいていなかった。
「十四日は休みをください! お願いします!」
ロビンは突然立ち止まるとその場に土下座した。
廊下には二人以外にも人がいる。
注目されていることをユーウェインは感じた。
「私の一存では決められません。団長かレーベルオード子爵に伺うべきでしょう。まずは休暇申請書を提出しなさい」
「そうですね!」
ロビンは素早く立ち上がった。
「さすが教官です! 指示が的確です!」
ただの助言だとユーウェインは思った。
「緊急として走る許可を出します。団長室へ急ぎなさい」
「確かに僕としては緊急ですが、よろしいのでしょうか?」
走る許可を与えたのは、休暇申請書を提出するためではない。これ以上の注目を避けるためだった。
団長だけでなくロビンにもノルマの書類を山積みにして来たからでもある。
だが、そのことをわざわざ伝える必要はないとユーウェインは判断した。
「行きなさい」
「はっ!」
山盛りの仕事と不機嫌な団長が待っているとも知らず、ロビンは嬉々として走っていく。
その後ろ姿を見送りながら、ユーウェインはため息をついた。
……今度はどんな任務になるのか。
日曜日はフローレン王国とデーウェン大公国の大使館に届け物をする任務だった。
なぜ第一王子騎士団が担当するのかと不思議に思ったが、王太子直属の騎士団としての信用があるからこそ、特別な使者になれることを知った。
近衛時代に経験していないようなことであってもこなせる自信がユーウェインにはある。
しかし、これから行く場所とそこにいる人物を考えると何があるかわからない。
注意しなければ……。
ユーウェインは第四王子の執務室へと向かった。





