1062 キャンペーン
突然リーナが来たことによって後宮の購買部は驚いた。
だが、自分たちの意見を伝えるチャンスだと感じてもいた。
「ヴェリオール大公妃、ぜひご報告したいことがございます!」
リーナが販売員と話していると、新任の購買部長が飛ぶようにやってきた。
「ぜひ、購買部をお救いいただきたく!」
「救う? 問題が起きたのですか?」
「大ありです! 宰相閣下は聞く耳を持ちません!」
後宮統括になった宰相は容赦なく予算を削った。
購買部はまさにその影響を完璧なまでに受けている。
前任者は癒着や不正の嫌疑で更迭され、調査のためもあって契約更新や新規発注が停止されていた。
「在庫は多く確保しておりましたが、次々と品切れになっています。新規発注ができるよう宰相閣下をご説得していただけないかと!」
「商品がなくなりそうだということですよね?」
「そうです!」
リーナの表情が明るくなった。
「良かったです! 売れ残りがなくなりそうですね!」
購買部長はよろめきそうになった。
間違っているわけではない。
だが、ずっとこのままの状態では困る。
「日に日に売り上げが落ちていきます。これでは購買部がつぶれてしまいます!」
「つぶれません」
リーナは冷静に答えた。
「購買部は普通のお店ではありません。売り上げがゼロでも大赤字でもつぶれません。後宮が購買部という部署を無くさない限りは大丈夫です」
それも間違いではない。
すでにツケ買いのせいで大赤字だが、購買部はつぶれていない。
但し、それは後宮内で生活するために必要な細々とした品を売っている店が他になかったからだ。
現在の状況は昔と違う。買物部ができた。
「ヴェリオール大公妃は購買部をなくされるおつもりでしょうか?」
宰相はそのつもりだろうと購買部長は思っていた。
「一応は共存を考えています。でも、後宮が縮小化されるので、購買部も縮小しなくてはなりません」
それは誰でもわかること。
だが、そうなると必然的に人件費の抑制が検討される。
「このままだと商品だけでなく仕事もなくなり、人員削減の理由になります。解雇を検討しなければならないのですが?」
リーナもそうだろうなと思った。
「何人位解雇になりそうですか?」
「え!」
購買部長は動揺した。
周囲にいる販売員たちの表情にも緊張が走った。
「具体的な数字が知りたいので、人件費と個別の給与額、売り上げや諸経費、必要そうな情報を書類にまとめて提出してください。それを見てこちらでも人数を検討します」
「それは解雇者数を正式に決定するということでしょうか?」
「いいえ。買物部に異動する人数を決めます」
リーナが答えを聞いた販売員たちの表情は輝くように明るくなった。
「買物部への異動希望を募った際、購買部の所属者は対象外でした。でも、仕事が減って解雇者が出そうだというのであれば、買物部への異動を考えます」
但し、多くの人員を異動させることはできない。
買物部の売り上げを伸ばしながら、それに合わせて少しずつ人員を増やしたい。
「買物部は黒字あるいは黒字見込みで推移していかなければなりません。赤字運営が確実になってしまうと宰相閣下に見切りをつけられてしまいます。できるだけ異動に頼らず、購買部内の創意工夫でなんとかして欲しいとは思っています」
とにかく無駄な経費は削るしかない。
商品がなくなってきたのであれば、売り場を縮小させる。
夜間営業も時間や曜日を決めて少なくする。
リーナは次々と思いつく案を口にした。
「毎日買物する必要はありません。今の後宮は休日が必ず取れるので、その時に買い物をすればいいはずです。勤務日の休憩時間を活用するとか、同室で休みの者に買っておいて貰うこともできますよね」
毎日二十四時間営業していれば便利だ。多くの客を取り込めるかもしれない。
だが、人間には休みが必要だ。
後宮の人々は勤務や食事に合わせた規則的な生活をしているため、それに合わせた営業時間にする。
利用する側の人々にも協力を頼む。
片方だけが無理をするのではなく、互いに支え合えばいいのだ。
「夜間の営業が減れば灯火代が節約できます」
一部屋分や一時間分では微々たるものに感じるかもしれない。
だが、毎日となると年間ではかなりの違いが出て来る。
これは購買部だけでなく他の部署も同じ。
残業が減れば夜間勤務者が少なくなり、灯火代が減少する。
後宮中の灯火代を節約すれば、浮いた費用を人件費に回せる。
解雇者を出さないことや、減給阻止につながるということだ。
「商品がないことや在庫が少ないこと以外にも目を向けてください。代替品や節約術を考え紹介してあげるとか。買物部の商品を勧めてくれても構いません」
「買物部の商品を?」
「買物部の売り上げが伸びるほど、購買部から人員を異動させることができるようになると思います」
「なるほど!」
購買部は買物部をライバルだと考えていた。
しかし、どちらも後宮の部署。
より多くの利益を出した方が人員を吸収し、解雇にならないよう調整することができる。
「どうしても発注しなければ後宮にいる者が困るという品については私の方で検討します」
但し、贅沢品については難しい。
必要度が高いと思わなければ、宰相から許可が貰えないことをリーナは伝えた。
「ところで、もうすぐ愛の日ですよね?」
「はい」
「いつも綺麗に飾り付けをしてお菓子を沢山売っていますよね?」
「いつもはそうです」
「今年は違うそうですね?」
「無理なので」
予算がない。
「菓子類も去年の内に契約した分しか入りません。品薄状態が続いていますし、これからはもっと酷くなります」
特別な飾りつけはなし。愛の日を告知する手書きポスターを張るだけ。
例年と比べると相当地味になってしまうが仕方がない。
臨時発注も追加契約もできないのであれば、あるものを売ったら終わりの状態だ。
「実は愛の日にちなんだキャンペーンを考えました。買物部は忙しいので、購買部が協力してくれませんか?」
先ほどリーナが購買部の販売員に仕事の状況について話を聞くと、客足が減ったこともあって余裕があるということだった。
「どのようなキャンペーンでしょうか?」
「カードを贈るキャンペーンです!」
購買部長はポンと手を打った。
「菓子の代わりにカードの売り上げを伸ばすためのキャンペーンですね!」
「間違いではないのですが、どちらかと言うと皆でドキドキするためのキャンペーンです!」
え?
ドキドキ?
頭の中に疑問符が浮かぶ者が続出した。
「愛の日は好きな相手や感謝したい相手に気持ちを伝える日です。贈り物をしますよね?」
「します」
「定番の贈り物はチョコレートですよね?」
「そうです」
「でも、チョコレートを沢山用意して売ることはできません」
買物部でチョコレートを売ったらどうかという案が出た。
だが、軽食部は通常勤務だけで精一杯。
ペストリー課はリーナが贈るチョコレートを制作することになっているため、大量の販売品を作ることはできない。
「カードなら沢山用意できます。キャンペーン中は休憩室にペンや色鉛筆を用意しておくので、オリジナルのカードを作るのはどうかと思って」
「お金ではなく手間をかけ、心のこもったカードを贈ろうということですね?」
「そうです」
とてもわかりやすいと購買部長は思った。
購買部は買物部の代わりにカードを売る手伝いをする。
その際、休憩室にあるものを使って自分の好きな装飾をするよう教えればいいだけだ。
「あとですね、カードを買った人には抽選券を渡してください」
リーナのキャンペーンには続きがあった。
「抽選券?」
「キャンペーンのカードを買うと抽選会に参加できます」
キャンペーン用のカードと購入者に配布される抽選券にはそれぞれ抽選番号が書かれている。
後日、抽選会を行い、当選した者は賞品を貰える。
「カードを貰った人も贈った人も抽選会に参加できます。何か当たるかもしれません。ドキドキしませんか?」
購買部長は驚いていた。
カードを貰う側だけでなくカードを買う側も楽しめるよう考えられたキャンペーン。
ヴェリオール大公妃がいかに独特な考えの持ち主かがわかる内容だった。
「とても素晴らしいキャンペーンだと思います!」
購買部長は心からそう思った。
「ぜひとも協力させてください!」
「良かったです。秘書室から連絡が行くと思うのでよろしくお願いします」
「はい!」
「リーナ様、どのようなものが当たるのでしょうか?」
話を聞いていた販売員が尋ねた。
「まだ検討中ですが、許可が貰えそうなものにします」
単純に物を配るだけであれば問題はなさそうだが、後宮内のことだけに宰相の許可が必要だ。
富くじとは違うため、高額品や多額の金銭にはしない。
後宮内で慣習に合わせたキャンペーンを楽しむ趣旨で行うつもりだ。
「愛の日は特別な日です。自分の贈りたいものを贈ればいいと思うのですが、抽選付きカードを選択肢に入れて貰えたらいいなと思っています」
「必ず売れます!」
購買部長は断言した。
「愛の日には特別なカードを! ヴェリオール大公妃のおかげで、多くの人々がドキドキしながら愛の日とキャンペーンを楽しめることでしょう!」
笑顔と共に賛同をあらわす拍手が鳴り響いた。





