106 帰宅
リーナはノースランド公爵家に戻ると、自分の部屋で着替えた。
ソファで一息ついていると、部屋のドアがノックされると同時に開いた。
通常は許可を出してから開けられるはずなのだが、一部の者はノックと同時に入ってくる。
リーナはアルフ、ヴィクトリア、ノースランド伯爵夫人の誰かだと思ったが、ロジャーだった。
リーナは慌てて背もたれから身を起こすと立ち上がり、深々と一礼した。
「ロジャー様にお会いできて」
「時間の無駄だ。どうだった?」
ロジャーはソファに座った。
「オペラのことでしょうか?」
「他に何がある? 私は忙しい。さっさと話せ。全部だ。この屋敷を出てからあったこと全てを詳細かつ手短に話せ」
詳細かつ手短は難しいと思いながら、リーナはロジャーに説明した。
ロジャーはキフェラ王女の名前を聞いて顔をしかめたが、ヘンデルの名前を聞くと余計に人相が悪くなった。
「それで終わりか?」
「お礼のお手紙を王太子府のヴィルスラン伯爵宛に送ることになりました。郵送するのにお金がかかってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「ヘンデル宛なのか? 案内人はセシル・ベルフォードだろう?」
「元々は王太子殿下が勉強のために招待すると言ってくださったので」
やはり王太子の招待かとロジャーは思った。
デートのためではなく勉強のためではあるとしても、リーナが泣いてしまったからだとしても、特別な配慮をしたのは事実だった。
とはいえ、ロジャーはヘンデルが動いていることが気になった。
王太子のプライベートを担当するのはヘンデル。それはつまり、ヘンデルが動けば王太子のプライベート案件だとわかってしまうということ。
リーナが王立歌劇場で王太子一行と遭遇した際、世話役はパスカルだった。
ヘンデルの女性関係は良いとはいえないだけに、パスカルをつけたのは適切ではある。
しかし、その後の対応についてもパスカルに任せていない。
ヘンデルにはリーナの借金を増やしてしまった負い目がある。そのせいで特別な配慮をしているのかもしれないが、ロジャーは腑に落ちなかった。
ヘンデルが個人的に好意を感じている可能性もあるか。
勘繰り出せばキリがないのはわかっているが、ノースランド公爵家で行儀見習いとして預かっている以上、問題を起こしてほしくない。
王太子の側近だとしても、女性関係が良くない男性との醜聞は最悪でもある。
「手紙を郵送するのは許可しない。礼状を書いたら私に渡せ。王宮に戻るついでに渡してやる」
「ロジャー様に? あ、申し訳ありません! ノースランド子爵でした!」
よくよく考えると、ロジャーに名前で呼んでいいという許可を貰っていないことにリーナは気づいた。
「今更だ。名前でいい。手紙はすぐに書け、私は夕食後に王宮に戻る。それまでに用意しておけ」
ロジャーはソファを立つと部屋を出て行ってしまった。
リーナはすぐに礼状を書くことにしたが、便せんがない。
後宮から持ってきた鞄の中にあったはずだが、リーナの私物はほとんど部屋の中にはなく、アルフが鞄と共に持っていってしまった。
便箋代と封筒代って……有料?
リーナは緊張しながら侍女を呼ぶための呼び鈴を鳴らした。





