1059 夜
夜。
エゼルバードはセブンと二人で打ち合わせをしていた。
エルグラードからの抗議文書を受け取った対象国全ての駐在大使が午前中に謝罪に来た。
だが、問題を起こした本人は一人もいなかった。
いわゆる代理謝罪。
誠意のかけらもないとエゼルバードは判断し、面会を拒絶した。
午後になると問題を起こした本人が駐在大使や特別大使と共に王宮へ来た。
エゼルバードには外務統括としての執務が山ほどある。
お茶の時間はリーナの部屋に行くため、面会は多忙を理由に一律不可。
問題を起こした対象者やその付添の多くは気落ちした様子で静かに帰った。
だが、中にはエルグラード側への不満と怒りを示すような者さえいた。
「わざわざ来たのに追い返すなんて!」
「無礼なのはどっちなの?」
「些細なことじゃないの!」
「大体、本当のことを言われただけでしょうに」
「身分の低い者を王家に入れるからいけないのよ」
「高貴な者を妻にしとけば良かったのに」
王宮の待合室で不満をあらわにする者もいれば、
「大国らしくない対応だ!」
「難癖をつけているだけではないか!」
「どう考えても見下しているだけだろう」
「このようなことで外交問題にするなどありえん!」
怒りをあらわにする者もおり、
「第二王子は気にし過ぎだ」
「外務統括になったせいだ」
エゼルバードのことを持ち出す者もいて、
「問題を解決したという実績を作りたいだけだろう」
「このような外務の実績作りはレベルが低い」
「同盟や協定といった国際的な評価の高いものを目指すべきだ」
「輸出入の拡大による国際市場の自由化に貢献すべきだ」
「まったくもってわかってない」
という発言まで飛び出した。
待合室の中にはエルグラードの者はいなかったが、隣の隠し部屋にその言動をチェックする者がおり、詳細に記録していた。
その記録を読んだエゼルバードの表情がより冷たくなったのは言うまでもない。
「確かにわかっていません」
エルグラード王族であるエゼルバードへの無礼行為まで追加された。
猶予として一週間を与える必要もないと言いたいところだが、保護者や本国の対応を確認してからでなければ動けない。
国家間の関係が変化すれば、純白の舞踏会の当事者ではない多くの人々が影響を受ける。
エゼルバードが報復をしたいのは問題を起こした者であって、それ以外の者が苦しむだけでは意味がない。
「この件は外務統括として冷静に判断します。友人の家族というだけでは絶対に許しません。純白の舞踏会に参加させる条件はコネより国益だと散々言ったはずですからね」
国益は単に参加するための対価だけではない。参加した後に続く国家間の友好や交流を前提としている。
それを壊しかねない事態を引き起こした者達の罪は重い。
「月曜日に謝罪に来るという最低限の礼儀についてはどの国もクリアした」
だが、最初から本人がいない時点で心からの謝罪とは言えないだけにギリギリ。
本国からの返事が届くまでの間に正式な謝罪をするための面会約束を取り付けようとするかどうかも考慮対象になる。
但し、極めて重要な部分はエルグラード王家だけでなくレーベルオード伯爵家とウェストランド公爵家に謝罪しているかどうかだった。
通常、王家と貴族の問題は別に取り扱われ、一貴族への非礼行為が国家間の問題に影響を与えることは少ない。
しかし、レーベルオード伯爵家とウェストランド公爵家は王家の外戚。
その当主も家も国内外に強い影響を与えることができる。
三家に対して真摯に謝罪しなければ、問題を起こした国はいかに国際的な立場が脆弱かを思い知ることになる。
「現時点ではトルバール王国の対応が一番早い」
事件当日の夜中、白日の大舞踏会を開いているウェストランド公爵家に行き、ブランカ王女・特別大使・駐在大使は白日の大舞踏会を開いているウェストランド公爵家に行って頭を下げた。
朝になるとレーベルオード伯爵家へ謝罪しにも行った。
但し、レーベルオード伯爵は王宮に宿泊していたために不在だったため、火曜日に面会する約束を取り付けている。
その時に謝罪する予定であることが報告されていた。
「ウェストランドとレーベルオードへの謝罪も必要だとわかる者がいて良かったです。あえて公示しなければならないのではないかと懸念していました」
「トルバールは必死だろう。通貨交換協定の期限が三月末だ。金額の上乗せもしたいに決まっている」
トルバール王国の対応が早いのには切実な状況があるからに他ならない。
周辺国にとって最大の輸出入先はエルグラード。その通貨ギールは信用が高く、ほとんどの国際取引はギール建てだ。
トルバールはそこそこ大きな国ではあるが、近年経済状況は芳しくなく、自国通貨の信用が下がっている。
ギールが多く必要だが、二国間の通貨交換協定の期限は三月末。
その後はギールを安定的に入手できなくなるため、なんとしてでも通貨交換協定の期限延長と増額を取り付けたい。
ブランカ王女がパスカルと話をしたがったのは、特別大使がその件でレーベルオード伯爵に相談をするための約束を取り付けたいからだ。
グランディール国際銀行の助力を得て、エルグラード財務省や中央銀行との話し合いに臨みたいという話だったに違いない。
他にも似たり寄ったりの国があるが、女性を政治に関わらせないことにしている国が多いせいか、問題を起こした当人は自国の状況を把握していない。
自らの失言が国を危機的状況に追い込む可能があることを理解していないということだ。
「今回の事件は王女の失言が国の危機に直結することを証明することになるでしょう。女性の教育がいかに重要かわかります」
ミレニアスとの関係も一時的に戦争が危ぶまれるほど悪化したが、エゼルバードがかなりの調整をした。
しかし、今回は裏からの救済処置を考えない。
「友人であれば私の性格をわかっているはず。しっかり考慮した上での対応をしてくるとは思いますが」
ノックの音が響く。
護衛騎士が顔をのぞかせた。
「レーベルオード子爵が来ました」
「通しなさい」
パスカルはすぐにセブンの側まで来ると頭を下げた。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
「仕方がありません。どうですか?」
「手配しました。最速で来ていただけるようお願いしていますが、相手次第かと」
「最速で来るに決まっています」
エルグラードは同盟国及び準同盟国の見直しをする。
そう聞けば、目の色を変えるに決まっていた。
「デーウェンのアリアドネ王女とフローレンのベロニカ王女から伝言があります」
パスカルは最速で同盟国の王族に来て貰うため、留学中と遊学中の王女達へ連絡をした。
エルグラード国内であればパスカルの方で最速で出国できるよう手配をすることができるが、国境を越えた後は相手国の対応次第。
外交特権がある者であっても素通りとは限らないが、王女の許可があれば話は別だ。
「伝令の便宜を図る手紙の対価と合わせ、王太子が来るまでの代理人を務めるために了承しておいて欲しいとのことです」
緊急事態になった場合、王女達は全権特使として国益や自国民の安全を守るよう言われていた。
王太子である兄が到着するまでの間ではあるが、その権利を行使する状況だと判断したのだ。
「同盟国の王女達は優秀そうですね。問題を起こした女性達とはレベルが違います」
「二人はブライズメイドを務めた縁もあってリーナの味方です。個人的にも協力することを明言してくれました」
すでに二人はデーウェン大公国とフローレン王国における純白の舞踏会に出席した者のリストを確認し、問題行為の当事者ではないことを確認していた。
だが、国外組の留学生や大使同士の交流はある。
状況を静観しながら情報取集に専念していたことを不手際として謝罪する必要があるかどうかの確認もあった。
「当事者ではないので謝罪の必要はないと伝えておきました」
「二人は年齢的にも若いので、同じような年齢層の女性へのアピールに丁度良さそうですね」
「王立学校では学生の方が先行しています。留学生に対しては慎重な言動を心掛け、自身の安全を確保するよう生徒会からの通達が行われたとのことです」
若い世代の社交界を牽引するのは王立学校や王立大学の学生だ。
パスカルがその状況を把握しているのは白蔦会に所属していることに加え、他にも情報提供者がいたからだった。
「見習いにした甲斐があったようですね?」
ディランとアーヴィンのことだった。
「二人はヴェリオール大公妃のグループを設立しています。個人的にも活動するようですが、私の指示ではありません。情報提供も本人達の判断です」
ディランとアーヴィンの描く夢は大きい。
未来を自身の手で切り開いていきたいと思ってもいる。
だからこそ、自ら動くことを迷わない。
「将来的に王子府を支える優秀な官僚になってくれればとは思いますが、許可をいただかなくてはと思っています」
優秀な人材は取り合いだ。
できるだけ早くから目をつけておくにこしたことはない。
身分主義を掲げる貴族はエゼルバードを強く支持する第二王子派と親しくしており、現状として第二王子派の一部とみなされている。
それを考慮すればディランとアーヴィンの実家はみなし第二王子派だが、未成年であることを理由に中立派を掲げていた。
生徒会役員になるためには家や両親の主義・主張よりも生徒や学生の権利を守る方が重要で、派閥に関係なく支持を集めることができることをわかっている証拠でもあった。
「若い世代は着々とレーベルオード派になっていそうですね?」
「いいえ。若い世代はヴェリオール大公妃派です」
ラブ。メロディ。アリアドネ。ディラン。アーヴィン。
これからの未来を担っていく未成年達はリーナを強く慕っている。
だからこそ、自らリーナを擁護するための行動を起こした。
「リーナのためであれば仕方がありません。現時点での許可は出しておきましょう」
「ありがとうございます」
「王子府ですよ。間違えないように」
「御意」
パスカルは恭しく頭を下げた。
*ラブの貴族呼称について
母親のプルーデンスは二度目の結婚でウェストランド侯爵夫人の称号を得ました。
その結果、ラブの称号はウェストランド侯爵令嬢に変更になりました。
格上の称号優先になり、ゼファード侯爵令嬢やアンダリア伯爵令嬢の称号は使いません。
ややこしくて申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします!





