1058 集まる場所
「リーナ様、大変申し訳ありません」
起床したリーナは侍女長のレイチェルに深々と謝罪された。
「何かあったのですか?」
「大ありです」
リーナは純白の舞踏会で問題が起きたことを知らされた。
大勢の人々が集まる場所では守るべきルールやマナーがある。国外からの参加者がそれを守らず非礼なことをした。
エルグラードが主催国として抗議及び注意するのは当然であり、二度と同じことが起きないよう対処しなければならない。
この件は政治的かつ外交案件になる。国外関係者とのやり取りが多くなることから王宮の警備体制が変更されることにもなった。
リーナの護衛も増えるため、配備が整うまでは部屋を出られない。
王宮内を歩く場合も、事前に問題ない場所かどうかを確認しなければならなくなったことが説明された。
「いずれ新聞の方にも載ると思われますので、そちらでも状況把握ができるとのことです」
純白の舞踏会で起きたことについては公式発表がある予定で、新聞の一面を飾るのは間違いない。
そこでリーナが新聞記事を見る前に知らせておくという判断になった。
「この件については第二王子殿下が指揮を執られるそうです」
午後になるとエゼルバードが簡単な説明をするために来る。
カミーラとベルは側近補佐の仕事があるため、買物部の定時報告等の業務はメリーネが代わることになった。
「何かありますでしょうか?」
リーナは考え込んだ。
「エゼルバード様が来るのは午後の何時頃ですか?」
「何も聞いていません。未定ではないかと」
「お茶の時間にはセイフリード様が来ます。もしかすると、かぶりますよね?」
ブレッドがお茶の時間に合わせて新作サンドイッチのメニューと試食品を持って来る。
リーナはセイフリードと一緒にサンドイッチを味わいながら、ランチ販売の意見交換をする予定だった。
「すぐに時間を確認いたします!」
第二王子と第四王子の関係は改善方向に向かっているが、突然顔を合わせるような状況は不安でしかない。
そして、
試食のサンドイッチの数が足りなくなってしまったら大変だわ!
レイチェルは急いで一礼すると慌てて部屋を退出した。
そして、お茶の時間になった。
リーナの部屋にはクオン、エゼルバード、レイフィール、セイフリード、国王まで揃っていた。
このような対応と調整になったのはレイチェルがパスカルに相談したからで、他の王族にもお茶に誘えば家族で情報や意見を交換することもでき、エゼルバードとセイフリードが対立しても困りにくいと考えられた。
「それで、あの件はどうだ?」
国王は数種類の一口サイズに切り分けられたサンドイッチを見ながら尋ねた。
「一週間の猶予を与えます」
まずはリーナと家族を安心させるのが最も重要だとわかっているだけに、エゼルバードは笑みを浮かべていた。
「遠方の国は不利だな?」
「それは別枠で考慮します。使者がどのタイミングで本国に向かうのかはレイフィールの方で把握できるはず。それをこちらに伝えてくれれば逆算できます」
「国境を出た日も伝えるつもりだが、関係者以外の連絡は来ない」
レイフィールもどのサンドイッチにするか悩んでいた。
一人につき二種類まで。全ての種類を食べることはできない。
「それは仕方がありません」
「大学でも話題沸騰だ」
午前中は大学に行っていたセイフリードが発言した。
「新聞系のサークルが号外を出していた」
大学には様々な話題を新聞にして配布するサークルが多数ある。
純白の舞踏会のための号外は用意されていたが、目撃者がネタを提供したために急遽記事を差し替えていた。
「僕への問い合わせが多くて大変だった。大学の方も同じで対応しきれていない。国境は封鎖するのか?」
エルグラードへの留学生は非常に多く、国際情勢に敏感なのが常。
自国とエルグラードの間に問題が起きれば、周囲に情報提供や支援を依頼する。
「一時的に封鎖します」
エゼルバードはすでにその指示を出していた。
但し、あくまでも警告としての処置。
経済活動に影響が出にくいよう目的に応じて条件付きでの出入国については認めることにしたことが説明された。
「いつ解除されるのかは相手国次第でしょう」
自らの非を認めて頭を下げて来るのは必須。
重要なのはいかに低姿勢かつ猛省しているかどうかが示されるかどうかだった。
「エゼルバードの条件はきつそうだ」
「当然です」
「エルグラードにいる駐在大使は優秀なはずだ。対応を間違えないことを期待するしかない。軍としても対象国が少なくなるのは歓迎だ」
レイフィールはサンドイッチに手を伸ばした。
「随分と肉厚だ。豚肉だな?」
「それはカツサンドです」
リーナはブレッドから渡された書類を見た。
「塩コショウで味付けた豚肉に卵をつけてパン粉の衣をつけてあげたものをカツレツといいます。それに特製ソースをかけたものを挟んだサンドイッチです」
「美味い!」
「こっちは羊肉だろうなあ」
国王も選んだ。
「ケバブサンドです。香草やスパイスで味付けした羊肉を串焼きにしたものを挟んだサンドイッチです」
「肉の具材が多いですね?」
「肉がいいとセイフリード様に言われたので」
「官僚の多くは男性だ。肉料理が喜ばれる」
セイフリードもサンドイッチを選んだ。
「ハンバーグサンドです」
「見ればわかる」
「どれも美味しそうで悩む。書類を見てもいいか?」
「どうぞ」
リーナから説明書類を受け取ったクオンはすぐに返した。
「もう読んだのですか?」
一瞬で返却されたリーナは驚いた。
クオンはカツサンドに手を伸ばしていた。
「記載順で選んだ」
最初に説明が書かれているのはカツサンド。
二番目はハンバーグサンド。
売り切れでなければ、この二種類でいいとクオンは判断した。
「はちみつパンが食べたかったです」
「はちみつパン?」
軍本部の方に入り浸っているレイフィールは買物部が販売している飲食物を全く味見していなかった。
「プレオープン中に販売されていたものの中では一番美味でした」
「エゼルバードが美味というなら相当だろう。食べてみたかった」
「再販する日が決まったらレイフィール様にお知らせしますね」
「ぜひそうしてくれ!」
「僕は仕事上買物部が販売するものを把握しておく必要がある。来週からの一週間だけはサンドイッチがほしい」
セイフリードは自分の仕事に関連するとして軽食を確保したがった。
「何食分ですか?」
「官僚食堂の担当者にも試食させたい。三食分だ」
「わかりました」
「狡い。私も把握したい」
レイフィールは不満をあらわにした。
「レイフィールは外出ばかりしている。王宮で食事を取る機会は少ないだろう?」
「不在の時は王子府の方で貰えばいい。私の部署の者が喜ぶ」
「それは良くない。特権乱用だ」
クオンがたしなめた。
「兄上はどうしている?」
「プレオープンと今日のランチは側近が持って来たが、命令も指示も出していない」
「兄上の側近は優秀だ。何も言わなくても持ってくる」
「正式な販売からは持ってこなくていいと伝えてある」
王太子府の長としてどういったものを販売しているのかについては把握しておきたいが、毎日購入して味わう必要はないとクオンは思っていた。
「一人でも多くの官僚が美味しく温かい食事を得られるようになってほしい。王族がすべきは真摯に支えてくれる者を守ることだ。特権を利用して部下の食事を奪うようなことをはしたくない」
さすがだという空気が広がった。
「ただ、ヘンデルが買う時は持ってきそうではある。半分でいいと言っていた」
今日のランチがまさにそうだった。
ヘンデルは自分が買ったサンドイッチを半分にしてクオンに渡した。
「もしかして、ボリュームがあり過ぎるのでしょうか?」
「食べる時間がないだけだ」
純白の舞踏会のことについてはエゼルバードと王子府の担当だが、クオンや王太子府への謁見希望や各種問い合わせも殺到している。
できるだけ平常通りの業務をしつつ、パスカルの負担を減らすために動いているヘンデルはとても忙しかった。
「悩ましいですが、これにしましょうか」
エゼルバードもサンドイッチを選んだ。
「クリームチーズサンドです」
エゼルバードは一口食べると眉を寄せた。
「どうだ?」
「このようなものは初めて口にしました。はちみつが塗ってあります」
「クリームチーズだけではないのか!」
レイフィールは手を伸ばそうとしたが、途中でピタリと止めた。
「次で終わりだからな……慎重に選ばないと」
そう言っている間に、国王とセイフリードがクリームチーズサンドを取ってしまった。
「売り切れだな」
クオンは予定通りハンバーグサンドを手に取った。
エゼルバードも続いて取ったため、ハンバーグサンドも売り切れた。
レイフィールはまだ食べていないリーナに視線を向けた。
「説明がなかったが、同じ種類を選んでもいいのか?」
皿の上に残っているのはカツサンドが一切れ。ケバブサンドが二切れ。
「駄目です。別の種類にしてください」
リーナはおしぼりで手を拭くと、すぐさまカツサンドを確保した。
「美味しいですね!」
「そのせいで一口だけでは物足りない」
「販売時のサイズはもっと大きいので、ボリュームがあると思います」
レイフィールはケバブサンドを手に取って食べた。
「美味いじゃないか! 父上の反応がイマイチなせいで警戒していたというのに」
「私は国王であり父親だ。相応の威厳は保たねばならない」
美味い美味いと連呼していてはの威厳を損ねると考え、静かに食べていただけだった。
「何種類ものハーブが使われていてスパイシーな味付けだった」
「お茶のおかわりは?」
「貰います」
「私もほしい」
「僕もほしい」
「全員分で良さそうだ」
皿が片付けられ、温かいお茶が用意された。
「リーナと仕事の話をしても?」
セイフリードが尋ねた。
「構わない」
「二人共頑張るのだぞ! 応援しているからな!」
「パスカル、資料を持ってこい」
セイフリードがそう言うと、お茶係を務めていたパスカルが書類封筒を持ってきた。
「こちらに」
「一部しかないのか?」
「機密書類ですので」
「それもそうか」
そして、
「セブン」
もう一人のお茶係であるセブンもまた書類封筒から資料を取り出した。
こちらも機密情報だけに一部のみ。
国王、クオン、レイフィールの順番で回し読むことになった。
「では、私の方からもより詳しい説明をします」
エゼルバードを中心とした諸外国への対応協議も始まる。
リーナの部屋は家族がお茶を楽しむ場所から極めて重要な話し合いの場に変わった。





