1056 怒っている人々
純白の舞踏会が終わった。
政治的にも貴族的にもデビュー者においても極めて重要な催しだった。
それだけに取りあえずは終わったことに安堵した人々が多数いた。
一方で怒りを感じている人々もいた。
王宮の一室に集まった者は後者。
エルグラード国王、王太子、第二王子、第三王子。
そして、宰相夫婦、レーベルオード親子。
このメンバーなのは、純白の舞踏会においてリーナとラブが国外からの参加者に悪く言われたことについての対応を協議するためだった。
最優先は王家の一員であるヴェリオール大公妃のこと。
現在、ヴェリオール大公妃の国際的な評価は良いものと悪いものに分かれている。
全般的には良い方。だが、各国の王家だけに絞ると違う。
エルグラード王太子の婚姻を歓迎し心から祝福しようという場合と、そうではない場合があるのだ。
クオンが直接親しくしている者がいる王家は祝福してくれている。
クオンが自身でしっかりと選んだこと、養女先がレーベルオード伯爵家であること、結婚式や披露宴でのリーナを見て大丈夫だろうと判断している。
一方で、リーナのことをよく知らない王家は情報だけで判断しているせいもあって、礼儀を失することがない程度の対応だった。
クオンとリーナの結婚式と披露宴は盛大に行われたが、側妃だけに王家の私的な催しという扱い。
招待者はあくまでも身内のみ。つまりは親族や個人的に親しくしている友人・知人が中心で、周辺国の代表者を儀礼的に招待してはいなかった。
結婚式にも披露宴にも呼ばれていない。その不満とリーナの出自への嫌悪感、国益に結びつかないという三拍子が合わさり、裏では良い顔をしていない。
外務省を通じ、結婚式や披露宴は王太子の個人的な願望を叶えるための開催であるため、国家行事とは違う。各国の代表を招待することもないと伝えてある。
だが、それだけでは収まらない状況や思惑がエルグラードで国際デビューを飾る者にも影響を与え、リーナに対する印象が悪くなっていた。
第一部の国内デビュタントの裏で開かれた晩餐会においてもそのような雰囲気が見られた。
エゼルバードの外務統括就任を祝い持ち上げることに終始することで、ヴェリオール大公妃については触れないようにしていた。
だからこそ、第二部におけるリーナの予定も短くなった。
開幕の後にするエゼルバードとのダンスが終わり次第退出。国外デビュー者のダンスを見届ける必要はないという判断だ。
エゼルバードとリーナが親しいことを見せつけるのは逆効果。
王家の一員として大事にされている印象よりも、王太子の妻なのに第二王子と親し過ぎるということで誤解を招く恐れがある。
リーナがいなければ話題に上がりにくい、悪くは言いにくくなると考えられた。
だが、若い世代が集まる広間において問題が起きた。
目付け役がいないことに気が緩んだのか、心の中に不満が溜まり込んでいたのかはわからない。
しかし、ヴェリオール大公妃とエルグラード最高位貴族であるウェストランド直系のデビュー者に無礼な言動が飛び出したのは事実だ。
「パスカル」
国王は真っ先に声をかけた。
「大変申し訳ございません」
「そうではない。よくやった」
叱責ではなく褒め言葉だった。
「リーナの悪口をすぐ側で聞くのは辛かっただろう。だが、冷静に対処してくれた。これでリーナのことを悪く思っていることがはっきりとした」
「その通りだ」
クオンもパスカルを叱責する気は毛頭なかった。
「向こうに落ち度がある。エルグラードの力を思い知る機会になるだろう。そうだな、エゼルバード?」
「リーナが作ってくれたチャンスです。最大限に活かします。抗議と制裁はお任せ下さい」
外務統括に就任したエゼルバードは全身全霊で取り組む気でいた。
「すでに警告は伝えてあります。正式な抗議の文書も作成中で、王宮に呼び出して正式な謝罪を要求します。制裁内容については検討中ですが、レイフィールにも協力して貰わなくてはなりません」
「協力するに決まっている。だが、該当国が多い」
「大使館と宿泊先を包囲しなさい。簡単でしょう?」
相手国への威嚇・牽制として国境へ軍を送るのは常套手段。但し、手間も費用も日数もかかる。
そこで問題を起こした要人や大使がいる場所だけを狙うことにした。
「治外法権がありますので、敷地内への立ち入りはしません。あくまでも交渉で解決します」
エゼルバードは外務統括。軍務統括ではない。
それだけに管轄するのは外交による事態の収拾だ。
デビュー者が問題を起こした場合は外交的な問題にはしないことになっているが、限度がある。
公の場でエルグラード王族妃を蔑むような行為を許すわけにはいかない。
「正式に謝罪及び事態が決着するまでは帰国を許しません。対象人物の外出には注意して下さい」
「わかった。リストアップしてくれ」
「できるだけ早く届けさせます。ですが、今夜の出席者がメインです。その写しはあるのでは?」
「届くまではそれを目安にする」
「エゼルバードに任せておけば良さそうだ。宰相もそれでいいな?」
国王に尋ねられた宰相は頷いた。
「外務統括が指揮する案件にするのはわかった。但し、決定事項については通達と文書が欲しい」
相手国との交渉をエゼルバードや王子府が仕切るのはいいが、宰相府や外務省を完全に蚊帳の外に置かれても困る。
「交渉の場にも同席したい」
「セブンをメインの担当者にします。情報はセブンから聞きなさい。交渉については相手の反応次第です」
エゼルバードは唯一の女性メンバーである宰相夫人に顔を向けた。
「ウェストランド侯爵夫人に言っておくことがあります」
「どのようなことでしょうか?」
妖艶な笑みには激しい怒りと憎悪に近い感情が滲み出ていた。
「娘のことを思うのであれば、決して暴走してはいけません」
頷いたのは夫の宰相とその盟友の国王だった。
「ウェストランドとして報復したいでしょう。ですが、エルグラードとしての報復が優先です。ヴェリオール大公妃への無礼行為の件が片付くまでは気取られないように」
何もするなとは言わない。
だが、相手に悟られぬよう水面下で動かなければならない。
そうでなければ、交渉テーブルに貴族からの個人的な報復を抑える条件がつきかねない。
報復しようとしても、エルグラード王家や国の力で抑え込まれてしまう。
「レーベルオードも同じです。独自の報復は慎重に。パスカルから情報を聞いてうまくやりなさい。望ましいのは三段報復ですが、状況によっては足並みを揃えます」
「御意」
レーベルオード伯爵もまた激しい怒りを抑えながら答えた。
「ここにいる全員が力を合わせれば、国際的にも大きな影響を及ぼすことができます。父上、外務統括である私に任せていただけますね?」
「当然だ! エルグラードの力を見せつけるのだ!」
「兄上もそれでよろしいでしょうか?」
「任せる。外務統括に就任して早速の大仕事だ。期待している」
エゼルバードは微笑んだ。
「そう言っていただけると嬉しいです。不謹慎だと思われるかもしれませんが、外務統括としてどのような国際情勢図を作り上げていくかを楽しむつもりでした。リーナのおかげでより壮大なものになりそうです」
「お前は天才だ。誰もが感嘆する美しくも力強い作品になるだろう」
「そのつもりです」
エゼルバードは自信に溢れた表情で答えた。





