1055 新婚の広間
ラブとメロディが連れていかれたのは純白の舞踏会用に用意された広間の一つだった。
中心にいるのはヴェリオール大公妃であるリーナで、その周囲にはカミーラを始めとした女性たちがいた。
男性たちの方はキルヒウスを中心として集まっていた。
「お兄様!」
「楽しんでいるかな?」
「とっても! 結婚式の話を聞くだけでも時間が経ってしまいました!」
この部屋にいるのは結婚したばかりの新婚夫婦ばかりだった。
「婚姻の方法がいろいろとあることに驚きました。先に婚姻届だけを出す者も結構いるのですね。カミーラたちだけが特別ではないとわかりました」
「貴族の婚姻手続きには時間がかかるからね。ところで、デビューしたばかりの女性を連れて来た。一言貰えないかな?」
「もちろんです!」
リーナは満面の笑みを浮かべた。
「ウェストランド侯爵令嬢、キュピエイル侯爵令嬢、デビューおめでとう! これからもよろしくお願いしますね!」
「光栄です」
「心より御礼申し上げます」
ラブとメロディは深々と腰を落として一礼した。
「私も今夜は初めて国外の方々と顔を合わせる正式な機会になりました。国際デビューらしいです」
エルグラードの貴族であれば全員知っている。
だからこそ、顔見世のための盛大な晩餐会があり、エゼルバードのダンス相手もリーナになった。
「お食事をしてダンスを一回踊るだけでしたけれど、とても緊張しました。ラブはダンスで緊張しませんでしたか?」
「恐れながら申し上げます。緊張はしませんでした」
ラブは淑女の仮面をしっかりと被って答えた。
「エスコート役の兄に任せれば絶対に安心です。兄という存在の偉大さと心強さを改めて感じながら踊りました」
「私にも兄がいるのでよくわかります」
リーナはにっこりと微笑んだ。
「ディヴァレー伯爵の白い装いは貴重ですね。とても似合っています」
「光栄です」
セブンもまた言葉をかけられ、うやうやしく一礼した。
「メロディはどうですか? 楽しめていますか?」
「恐れながら申し上げます。自分でも驚くほど楽しんでおります」
メロディもまた淑女の仮面をしっかりと被り直していた。
「エスコート役を務めていただけたヴィルスラウン伯爵、ご支援いただいたディヴァレー伯爵、ウェストランド侯爵令嬢、そして、こちらにお誘いくださいましたレーベルオード子爵に深く感謝しております」
「お兄様は大変そうですね。国賓当番は毎年苦労すると聞きました」
「否定はしないかな」
パスカルは微笑んだ。
「でも、ご褒美もある。ヴェリオール大公妃が退出する際のエスコートを任されたからね」
「そろそろ時間のようです。とても楽しい時間を過ごせました。改めて皆に感謝と祝福を。素敵な家庭を築いてくださいね。私も頑張ります!」
部屋中のカップルはうやうやしく頭を下げる。
リーナへの返事であり、見送りでもあった。
「時間がなくてごめんなさい。また」
「お会いできて光栄でした」
「栄誉に思っております」
「ヘンデルが来るまでここで待ってて欲しい」
パスカルはそう言うと、リーナをエスコートして部屋から退出した。
ラブとメロディはこれからすべきことを確かめ合うように頷き合う。
真っ先に動いたのはセブンだった。
「キルヒウス、話がある」
「緊急か?」
「早い方がいい。この場で話す」
ラブも負けてはいなかった。
「カミーラ、じゃなくてヴァークレイ子爵夫人!」
「今後はどちらでも。何か?」
「すごいことがあったのよ! 国外組がやらかしてくれたわ!」
「楽しそうな話ね。ぜひ、伺うわ」
セブンはキルヒウスに話すことで男性陣に、ラブはカミーラに話すことで女性陣に国賓の王女及び国外組がリーナに対して無礼な言動をしたことを伝えた。
「ウェストランド侯爵令嬢はご立派でしたわ! 毅然とした態度で、ヴェリオール大公妃への配慮がないということをしっかりお伝えくださいましたの。エルグラードの者の声を代弁してくださったのです。感動しましたわ!」
メロディもまたその場にいた第三者として、ラブの武勇伝を付け加えた。
「レーベルオード子爵もきっとそのことを考慮されて、エスコートされたのだと個人的には思います。相手は王女ですし、とても言いづらい状況でしたから」
「ここだけの話だけど、よくあれでデビューさせたわね。恥をさらすだけなのに!」
「今年のデビュー者は何かしそうだと言われていましたが、想定以上のようですね」
デビュー者の場で問題を起こすのは賢明ではない。
だというのに、ヴェリオール大公妃の悪口に聞こえるような言動をした。
それは養女先であるレーベルオード伯爵家への軽視になるというのに、パスカルと親しくなりたくて取り合うようなこともしている。
矛盾しているとしか言いようがなかった。
「側妃だからじゃない? でも、側妃も正式な妻だわ!」
「国によって制度が違うとはいえ、さすがに勉強していないということはないはずですが」
「私見ではありますが、元の御出自が関係されているのかもしれません。その点を指摘されていた方もいましたので」
広間は完全にヴェリオール大公妃への無礼を働いた国外組の話題一色になった。
そこに王太子府と王子府に務める貴族たちを連れたヘンデルがやって来た。
「盛り上がってるなあ」
「ヘンデル」
キルヒウスがすぐに呼んだ。
だが、ヘンデルは手を挙げて応えた後、メロディの元へやって来た。
「ごめん。後でね」
「お気遣いなく。緊急ですので」
「俺の方が出遅れてそうだ」
すぐに事情が説明され、ヘンデルは何が起きたのかを知った。
「……やってくれたねえ」
「王太子殿下の所へ行け。パスカルから報告されていなければ伝えろ」
「了解」
「私はヴァークレイに伝える」
ヴェリオール大公妃のことは王太子関連。
王太子派の貴族で結束し、援護する行動に出るということだった。
「カミーラ、会場に戻る」
「わかりました」
カミーラは頷くと周囲をぐるりと見渡した。
「これで失礼します。皆様もどうか親しい方やご家族と交流されてください。この話題はすぐに広まります。遅れを取るかどうかは自分次第でしょう。ではまた」
颯爽とキルヒウスに合流するその姿はすでに公爵夫人といっても遜色がないほどの貫禄と優雅さがあった。
しっかりとこの話題を拡散するようほのめかしたことも含めて。
「結婚してますます貫禄が出たって感じねえ」
感心するラブもまた最愛の兄から声がかかった。
「ラブ、ウェストランドに伝える。メロディと一緒に来い」
エスコートはしない。友人同士で手をつなげという指示だ。
「私がエスコート? それともメロディがエスコート?」
「どっちでも。手が塞がっていることが重要よ。誰かに勝手に取られる心配がないもの」
「ガッチリとタッグを組めば安心ね」
ラブとメロディは手をつなぎながら頭も口も動かした。
「今夜の出席者だと……どこに伝えるのが効果的かしらね?」
「私の知り合いはいないし、広められないわ」
「じゃあ、私と一緒に来なさいよ。ついでに知り合いを紹介してあげるから」
「あまり喜べそうにないわね」
「大丈夫! 女性だから!」
「男性なら逃げるわよ」
「ラブ」
先を行く兄が呼んだ。
「何?」
「一人で回れ。護衛を離れてつける」
「メロディは?」
「母上の側だ」
メロディは心臓が止まりそうなほど驚いた。
「可哀想だけど、お兄様がそう言うなら決定ね」
「おばあ様の側でもいい」
「どうする?」
「どちらにせよ、泣きながらラブの武勇伝を披露する役目ね……」
メロディは自らがこなすべき役目を悟った。
「大丈夫。きっと、赤髪の騎士様が迎えに来てくれるわよ」
「さすがにそれどころじゃないってわかるわよ」
ニヤニヤと笑うラブにメロディは深いため息をついた。
純白の舞踏会に新たな話題が加わった。
国賓及び国外有力者によるヴェリオール大公妃への無礼な言動があった。
ウェストランド侯爵令嬢の武勇伝も加わり、出席者たちに伝わっていく。
ダンスフロアに向かったシャペルとベルも、交代待ちの間にその話題を知り合いに披露した。
周囲の者の耳に入らないわけがない。
デビュー者が家族や友人に話し、それがまた家族や友人へも伝わる。
愛娘のデビューに満面の笑みを浮かべていたウェストランド公爵家の一派は真っ先に怒りを爆発させた一派にもなった。
「パールをつけすぎですって!」
ウェストランド侯爵夫人は手に持っていた扇をねじり曲げた。
「ウェストランドの愛が込められたドレスを公然と蔑むなんて! 絶対に許されないわ! そうよね、貴方?」
「今宵はデビュタントだ。礼儀を失する行為は許されない」
宰相の表情は冷え冷えとしており、鋭い眼光には睨んだ者を瞬時にして石化させてしまうような凄みがあった。
「ヴェリオール大公妃への無礼も許されない。国王の所へ行く。セブンも来い」
「できればレーベルオード伯爵と一緒の方がいい」
「そうだな。そうしよう」
「パスカルはヴェリオール大公妃のエスコート役がある。送り届けた後は第四王子の所へも行かなければならない。後から来そうだ」
「わかった。プルーデンス」
宰相は頷くと妻であるウェストランド侯爵夫人に目を向けた。
「側を離れる。あとから呼ぶために待っていてほしい」
「政治的な対処が先なのはわかっているわ。でも、必ず呼んでね?」
「約束する。私はラブの父親だ」
「誰よりも頼もしい父親だわ」
宰相はセブンと共にウェストランドから離れると、早速待機している部下達に指示を出しながら会場を抜けていく。
その姿を最後まで見送ることなく、ウェストランド侯爵夫人は周囲を見回した。
「ラブは?」
「拡散しに行ったわ」
答えたのは側にいたマルロー侯爵夫人だ。
「私も行きたいところだけど、女性から見てどうだったのかしら? 別の情報があるのではなくて?」
マルロー侯爵夫人が視線を向けたのはメロディだった。
「ラブの側にいたわね? 詳しく話しなさい」
「一字一句、覚えていることは全てよ!」
こ、怖い……!
極悪美少女であっても、裏の社交界を牛耳る大物には敵わない。
その隣にいるマルロー侯爵夫人は表の社交界を牽引してきた人物。
表と裏が揃ったウェストランドを敵に回すなんてありえないわ!
そう思いながら、メロディは若い世代が集まる広間で起きたことをできるだけ詳細に説明した。





