1052 第二部
幸せな時間はあっという間に終わった。
エゼルバードはため息をつく。
その理由は第二部における一番の見せ場が終わったせいだった。
今年の純白の舞踏会は二部制で、第一部が国内デビュー者のデビュタント。
その間に王族は別会場で国賓をもてなす晩餐会があった。
第二部は国王・エゼルバード・リーナの三人だけがデビュタント会場に移動し、エゼルバードの外務統括デビューの披露を行う。
エゼルバードのダンス相手はヴェリオール大公妃の国外お披露目を兼ねるためにリーナが務めた。
しかし、ダンスが終わればリーナは退場。
国王もリーナのエスコート役を申し出て退場してしまったため、会場にいる王族はエゼルバードだけ。
国王代理を務める王族の証。主役として会場の注目を集めるためだが、国外デビュー者のダンスを見なければならないという退屈な役回りもこなさなければならない。
「一時間だけです」
「早過ぎです」
シャペルと交代して側付きを務めるロジャーが小声で返した。
「不機嫌な私を披露してもいいのですか?」
「面白いものを探しては?」
国王代理として会場中の注目が集まるだけあって、さすがのロジャーも丁寧な口調による対応をしていた。
「面白いわけがありません」
「問題行為を把握しておくのも重要です」
「パスカルも災難ですね」
国賓当番は面倒でしかない。
若い王族は自国で散々持ち上げられているため、エルグラードでもそれが通用すると勘違いする。
今回もすでに問題が起きていた。
クオーラ王国のジェンナ王女は二十三歳の今年になってようやくファーストダンス最上の位置を手に入れた。
兄の王太子はエゼルバードの学友で、なんとか妹の願いを叶えて欲しいと言われていたが、友情だけでなんとかなるほどエルグラードもエゼルバードも甘くない。
大きな国益をぶら下げてくるよう助言した成果がようやく出た。
但し、手に入れたのはファーストダンス最上の位置の権利であって、国賓序列の一位ではない。
晩餐会の席は国力・友好度・貿易・軍事等の項目を総合的に判断して決まっている。
だというのに、ファーストダンス最上の位置で踊る自分がなぜこの席順なのかとジェンナ王女は不満を口にした。
本国から同行していた特使と駐在大使は青ざめ、エルグラード側に平謝り。
駐在大使から王女に伝えた説明が詳細ではなかったということで収まったが、ジェンナ王女は納得していなかった。
その後のファーストダンスは何事もなかったように笑顔で踊ったが、セカンドダンスを踊るトルバール王国のブランカ王女と交代する際に嘲笑するような態度を取った。
トルバール王国は晩餐会の席順が高いのもあって嫉妬した。
パスカルはダンス中に技巧的な見せ場を作ってブランカ王女の機嫌を取った。
その後のブランカ王女は終始笑顔だったが、見学していたジェンナ王女の気分は真逆。
どうして自分の時には見せ場がなかったのか、手抜きリードとして文句をつけると大使に話していたという情報がすでにエゼルバードに届いていた。
ターザナイト王国のマーリカ王女も問題を起こした。
サードダンスで踊り終わると足が痛いと言い出し、パスカルに運んで欲しいと頼んだ。
パスカルに抱えられて退場すれば目立つ。自慢話にもなる。
うまくいけばパスカルのリードやエスコートに問題があったと難癖をつけ、保証して何らかの特別待遇や保証が得られると考えた。
だが、このような要望や企みは毎年のこと。
パスカルはすぐに車椅子を手配するように指示を出した。
車椅子での退場も目立つが嬉しくない。自慢話にもできない。
医務室で何も問題がないと診断されれば、祝事で大げさなことを言って大勢を心配させた責任を問われてしまう。
マーリカ王女は時間が経てば大丈夫だと言って車椅子を断った。
そこへダンス枠を逃したガーベラ王国のバラベル王女が来た。
パスカルとのダンスを個人的に約束するためだ。
大勢のいる場では身分がものを言う。下の者からは断りにくい。これもよくある手法。
しかし、マーリカ王女はこのままパスカルにエスコートされ、できる限りの時間を独占したい。
離れないとばかりに腕に抱きつき、バラベル王女と言い合いを始めた。
お目付け役が懸命に場を収めようとしても王女たちは聞かなかった。
結局、パスカルが二人の王女を両手でエスコートして会場から連れ出した。
その後、どうなったのかを知りたがる貴族がぞろぞろとついて行くのも恒例の様子だった。
「セブンも頑張っています。見習ってください」
セブンはエルグラード貴族において最上位、四大公爵家筆頭のウェストランドの跡継ぎ。
母親の再婚によって宰相が父親になったため、これまで以上に注目されるに決まっている。
今夜はラブへのデビュー祝いを伝えるという理由でエスコート役のセブンに近づけるため、大勢の貴族が挨拶に殺到していた。
「楽しそうですね?」
ロジャーと交代したシャペルがベルを連れてセブンの側にいた。
ヘンデルも一緒。メロディのエスコート役をしているため、仕事をする合間に戻っているようだった。
「ベルはなかなかのやり手です」
ヘンデルは側近の仕事があるため、エスコート役を引き受けたがらない。
だが、なんとかならないかという話は常に来る。
年齢的にも独身という意味でも今年が最後と思われているヘンデルだが、ベルの紹介者を選んだ。
メロディはヴェリオール大公妃関連という立派な理由がつく。エスコート役になればダンスは一回で終わり。他の誘いもエスコート役だからと言って全部断れるとアピールして採用された。
シャペルのおかげでベルだけでなく王太子派の情報も流れて来るのは非常に良かった。
「残りは何人ですか?」
国外デビュー者でダンスを披露するペアの数だった。
第二部の国賓当番はエゼルバードの側近であるジェイルなどの王子府の者が務めている。
パスカルも王太子府の官僚ではなく、王子府の官僚としての国賓当番だった。
これは外務統括であるエゼルバードが指揮を執っているということ。
国王の下にいる宰相と担当組織である外務省に対し、今後は外務統括である自身を通さなければならないということを示すためでもあった。
「一時間はここにいてください」
人数ではなく時間。それほど多いということ。
「今なら書類を見てもいい気分です」
音楽会に書類を持ち込んだことのある兄の気持ちを、今のエゼルバードは理解した。
じっと座っているのは辛い。
いつもは適度にくつろいでも問題ないが、国王代理としてふさわしくないといけないと思うとくつろげない。
どう考えても自分は王太子にも国王にも向いていないとエゼルバードは思った。
「足を組みたいのですが?」
「今夜は我慢してください。国王代理です」
一番つらいのは足を組むのが禁止ということだった。
来年もよろしくお願いいたします!





