1051 デビューの令嬢たち
白の舞踏会は二部制。
第一部は国内貴族のデビュー者をメインに据えたデビュタント。
デビューダンスをした者が次々と踊り、一方で挨拶と祝福、縁をより強く拡大するための社交が繰り広げられる。
第二部は第二王子エゼルバードの外務統括デビューを祝うもの。
国外から列席する者が多く、社交デビューをする国賓もいる。
「王太子派は残念だったわね」
パスカルにはエスコート役やダンス相手の申し込みが殺到したが断られた。
当初は仕事上の理由ということだったが、期日が迫るとデビューする国賓のダンス相手を務めるために調整中だとわかった。
パスカルが踊るのはファースト・セカンド・サードダンスの三回のみ。
国賓デビュー者は国を巻き込んで三つしかない枠を取り合った。
「ダンスと言えば、ベルーガ様もいないし」
「男性デビュー者はショックよね」
ベルは王太子派におけるダンス助っ人要員。
ダンスが苦手であっても一緒に上手く楽しく踊れると評判で、毎年ダンス相手の申し込みが殺到する。
今回は恋人のシャペルに配慮して一切受けないことを去年の内から明言していた。
シャペルとの交際に反対しているベルの両親が勝手に予約を了承してしまったが、ベルとシャペルの方からきっちりと断っていた。
「あの二人は春に結婚かしらね?」
「ディーバレン子爵の本気度が見え見えだもの」
シャペルは結婚当事者の合意に基づく婚姻を成立させるため、外堀を埋めるべく動き出していた。
王太子と第二王子だけでなく国王にも内々に伺いを立て、結婚の許可を得ている。
カミーラと婚姻したキルヒウスと親しくする姿が目撃されるようになり、義兄弟になる準備も進行中。
祖父であるシャルゴット侯爵には自身が学生時代に作り上げた商業グループから領地に有利な取引を持ち掛け、父親と伯父がいる銀行連盟からも資金援助の申し出をさせている。
ベルとの結婚にイレビオール夫妻が反対しても、シャルゴット侯爵の当主権限で切り抜け、王太子派はキルヒウスの了解で黙らせ、王族の許可で法的に成立させる気なのは明らかだった。
「ベルーガ様は猛烈に愛されているわね……」
「羨ましいわ」
「私も素敵な人を見つけたい!」
若い女性に好まれる話題は恋愛と結婚。
婚活ブームがエルグラードに訪れた影響もあるが、社交デビューは人生のパートナーを本格的に探すことが始まる。
独身者だけでなく既存カップルの動向にも強い注目が集まり、情報交換としての意味もあって話題が盛り上がった。
「キュピエイル侯爵令嬢、ヴィルスラウン伯爵とはどのようなご関係ですの?」
「エスコートをしていただけるなんて凄いわ!」
「独身男性の中ではラストチャンスと言われるほどの大物だわ!」
ラブのデビューに注目が集まることから、その周囲にいる同年代の女性たちにも注目が集まった。
「ヴェリオール大公妃のおかげですわ」
メロディはヴェリオール大公妃のブライダルシャワーに参加したことやブライズメイドのサポートメンバーになった縁でベルと親しくなったことを話した。
「父にエスコートして貰うとデビューダンスが踊れません。そこでダンス相手についてベルーガ様に相談したら、とても親身になってくださって」
ヘンデルはヴェリオール大公妃付きの側近を兼任している。
ブライズメイドのサポートメンバーを務めたメロディに配慮し、エスコート役を務めてくれることになった。
「今夜、ここにいられるのもヘンデル様のおかげです。王立大学の受験が優先だったので、デビューダンスの予約が遅れてしまって……」
デビューより受験優先はありがちな理由。
エルグラード最高難易度の王立大学を狙うなら当然の選択。
「本当に夢のようです。何から何までヘンデル様が手配してくださって」
「ドレスも?」
「ティアラも?」
「さすがにそれは両親が用意しました。ですが、白い馬車と白馬で迎えに来てくださいました。ブーケもいただきましたわ」
「重要な部分だけを抑えたわけね」
「さすが王太子殿下の側近だわ」
「経験が豊富過ぎるほどですもの」
「かなり年上だしね!」
さりげなく嫌味が混じった。
「私のように社交経験が少ない者にとっては本当に頼りになる方ですわ。すでに何人かに絡まれてしまいましたが、ヘンデル様がきちんと対応してくださいました」
メロディの笑みはすでに極悪美少女モードに変化していた。
「両親がいないので、今夜はどんな些細なことでもヘンデル様に相談するよう言われています。皆様のこともお話しておきましょうか? きちんと対応してくださると思いますわ。ご実家の方に」
ヘンデルに告げ口すれば、その内容が実家伝わる。
相手が大物だけに問題化。相応の代償を支払うことになるという警告。
「優秀だと言いたかっただけよ。本当に羨ましいわ」
「私は心から褒めたわよ!」
「新人よりも経験者だわ。失敗したら大変だもの」
「やっぱり年上が安心よね! 素敵だわ!」
謝罪代わりに持ち上げ、ウフフオホホと笑い合って場を収める。
この程度は日常茶飯事。それが貴族の社交。
「ヘンデル様のおかげで王太子派の若手グループの方と挨拶できました。クレマン・ラクローワもいましたわ。ご興味はおありかしら?」
ヘンデルのおかげだとアピールしながらメロディは話題を変えた。
「ラクローワ子爵に?」
「ぜひ、詳しく!」
「取り巻きも凄かったでしょう?」
「妹のレベルは?」
女性たちはすぐ話題に飛びついた。
王太子派の美形貴公子のことが気にならないわけがない。
……今夜のメロディは頑張っているわねえ。
ウェストランドの陣営につく前にメロディはセブンの腕から手を離した。
セブンやラブに近過ぎると第二王子派の貴族に注目される。実家が中立派ということもあって嫉妬も強くなるからだ。
その配慮もむなしくたちまち若い女性に囲まれてしまったが、メロディは落ち着いており、一人でうまく対応している。
極悪美女になるための修業? それともヘンデルの言いつけを守るため?
だが、その方がいい。化粧室に逃げると別の者に絡まれてしまう。
ラブとセブンの目の届く範囲にいた方がはるかに安全だった。
ラブはメロディの様子を注視しながら、第二王子派内の高位令嬢との社交辞令をこなしていた。
私の方が先にギブアップだわ……。
周囲に陣取った女性たちの話題にうんざりしたラブはメロディを呼ぶことにした。
「メロディ! ちょっと来て!」
「白の女王がお呼びだわ。失礼します」
メロディはすぐにラブの所へ来た。
「何か?」
「楽しくなるような話題が欲しくて」
「ラブの方が情報通でしょう?」
「目新しさがないわ。極秘情報はないの?」
メロディは笑みを浮かべた。
「マーリカ王女も釣れたらしいわ。姉妹全員なんて凄いわよね」
第二部でデビューダンスをパスカルと踊るターザナイトの王女。
最初はエルグラードに留学していた長女がパスカルに熱を上げ、続いて留学した次女が熱を上げ、ついに三女までということ。
「縁談は?」
国賓のデビュー者は年齢的にセイフリードとの縁談やエスコート・ダンスを希望していた。
だが、セイフリードのデビューは四月の誕生日に合わせる。国賓の要望で前倒しされることはない。
顔合わせだけでダンスは別の者ということになった。
「互いの名前を伝え合ったらすぐに退出されたらしいわ」
「期待を裏切らないわね。さすがだわ!」
「なだめ役に情が移るのはよくあることでしょう?」
セイフリードの塩対応に王女は大激怒。
当然、第四王子の筆頭側近であるパスカルが対応することになる。
そして、マーリカ王女の狙いはセイフリードからパスカルに移った。
「情報源が誰かわかってしまうわね」
ヘンデルに決まっていた。
「一人になると不安でしょう? ラブと話せるようなことがあるといいからって」
いくらウェストランドの情報網が凄くても、当日の午後にあったばかりのことでは入手しにくい。
「確かに完璧すぎて怖いわ」
「ベルお姉様のことも聞いたわ。許してあげるって」
シャペルのことだ。
「決まったわね!」
シャペルにとって最も手ごわいのはヘンデル。
「でも、愛の日を無事越えたらって」
二月には愛の日がある。
正式なプロポーズや交際を申し込む日として定番。
「平日だし大丈夫かしら? 仕事で終わりってことはないでしょうね?」
「王族専用の礼拝堂の使用許可を申請したのよ」
王宮内で最高のプロポーズスポットは王族専用の礼拝堂。
王族にコネのある者でなければ無理な場所だった。
「ヴァークレイ子爵がカミーラお姉様にプロポーズしたのも王族専用の礼拝堂だったんですって」
「いつ?」
「王太子の婚姻日。一生忘れない日でしょう?」
その日にプロポーズした理由までメロディは知っていた。
王太子は結婚記念日を公休にできる。側近も休める。
キルヒウスは毎年カミーラと一緒にプロポーズ記念日を過ごせるようにした。
「さすが過ぎるわ……未来を見据えているわね!」
「ベルお姉様も羨ましがったのよ。そうなれば、プロポーズする場所は一択でしょう?」
「愛の日は激戦日なのに」
王族専用の礼拝堂でのプロポーズを望む者は多くいる。
婚活ブームでカップルが多く誕生しただけにニーズも高い。
「愛の日の情報を仕入れたら教えてよ?」
「ラブもね」
ラブはため息をつく。
愛の日は受験日だった。
「別にラブの予定じゃなくていいから。受験日でしょう?」
「メロディも受験日?」
「練習日よ。翌日が二次なの」
二月は受験シーズン真っ只中。
受験生の二人は同時にため息をついたあとに笑い合った。





