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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編

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1050 ラブのデビュー



 王宮についたラブはデビュー者用の手続きを済ませ、会場へ入った。


「ウェストランド侯爵令嬢!」


 侍従がカードを読み上げた途端、盛大な拍手が鳴り響いた。


 やっぱり!


 拍手が起きるのは会場に祝福する者が多い証拠でもあるが、会場へ入ることができる者への根回しがしっかりとされている証拠でもある。


 予想通り過ぎて笑いが込み上げるが、腹を抱えるわけにはいかない。


 淑女の仮面を被ったラブはセブンにエスコートされながら堂々と前へ進んだ。


 その先に待っているのは両親。


 ウェストランド一派に加え、第二王子派の貴族も多数揃っていた。


「デビューおめでとう! なんて綺麗なのかしら!」

「心からの祝福を。あまりにも素晴らしくて言葉が出てこない」


 出迎えた両親は感極まっていた。


「ようやく、ようやくだわ!」

「あまりにも長かった……この日をどんなに待ち望んでいたことか」


 ラブのデビューを両親として揃って祝えることもだが、エスコート役であるセブンに対しても同じ。


 自分たちの子供としてのデビューを純白の舞踏会でも披露することができた喜びと達成感に溢れていた。


「今夜の真のテーマはウェストランドの愛ね! おめでとう!」

「まさに白の女王だ。無事デビューできて良かった」


 祖父母も同じく感動中。


 娘のことで散々苦労したからこそ、孫を立派に育てなければという想いがあった。


 社交デビューは一人前の証。


 ウェストランドを支える強き存在の誕生でもあった。


「デビューおめでとう」

「感動するしかないわ。本当にデビューおめでとう!」


 次々とデビューを祝う言葉がかけられた。


 兄の友人たちもほぼ揃っている。


 ラブとセブンのデビューに華を添えるべく、第二王子の側近としての仕事を調整したからだった。


「二人揃っての正式なデビューだな。心から祝福する」


 セブンの親友であるロジャーが声をかけると、周囲の友人たちからの祝福が始まった。


「おめでとう」

「良かったな!」

「最高のデビューだ!」

「何もかもが最高だ!」


 シャペルは第二王子の側に待機中だが、第一部が終わってから祝いに来ることが伝えられた。


「ご祝儀を弾むそうだ」

「楽しみだな?」


 親族や親しい者からの祝福が終われば、第二王子派の貴族の番になる。


 だが、それで終わりではない。


 ラブには高名かつ尊敬されている父親がいる。


「ウェストランド侯爵令嬢」


 ウェストランドと第二王子派の壁を抜けて現れたのは、国王派の若手貴族の中でもエリート中のエリートであるグレゴリー・エッジフィールド。


 ヴェリオール大公妃の側近に抜擢されるほど王太子に高く評価され、パスカル・レーベルオードの友人でもある。


 宰相府から国王府に異動した最高出世ルートの官僚。王立学校卒業生が形成するグループの中において一目以上置かれる白蔦会の会長を務めるだけあって、その交友関係は相当広い。


 同行している友人の顔触れを見ればそれが明らかだった。


「デビューを心から祝福する。ウェストランド、そしてエルグラードを支える強き者としての活躍を期待している」

「デビューおめでとう!」

「心からの祝福を贈る」

「素晴らしいデビューだ」

「さすがはウェストランド。堂々としていた」

「圧倒的な入場だった」


 祝福と賞賛の嵐。


 時間差で若手が崩した壁を抜け、国王派貴族もなだれ込んで来た。


 その中には父親との腐れ縁である大物もいる。


 大の社交嫌いとして有名な国王首席補佐官を務めるエドマンド・クワイエル公爵や内務大臣を務めるザルツブルーム公爵が。


「祝いに来た」

「デビューおめでとう。良かったな」


 ザルツブルーム公爵は極めて価値の高い同行者を連れて来た。


 自身の側近であり懐刀。王太子派に所属するパトリック・レーベルオード伯爵。


「新たなデビューに祝福を」

「来てくれて嬉しい」


 ラグエルドは喜ぶ表情を隠そうとはしなかった。


 妻から不可能に近いミッションを受けていたために。

 

「パスカルは王太子の側付きをしている。私から祝いの言葉を伝えて欲しいと言われた」


 パスカル・レーベルオードは確保できなかった。


 ヘンデルがエスコート役を務めることもあって、第一部は王太子付きの当番。第二部は国賓当番を務めることになった。


 その代わり、父親であるレーベルオード伯爵を祝福要員として確保した。


 パスカルからの伝言付きで。


「王族付きは誇りだ。プルーデンスもわかってくれるだろう」


 外堀を固めた状態で理解を求める夫に妻は寛大さと慈悲深さを示すことにした。


「わざわざ祝いに来てくれて嬉しいわ」


 さすがに王族当番と国賓当番では仕方がない。父親を呼ぶ対応も合格。


 だが、直接パスカルに祝いの言葉を貰いたいというのがプルーデンスの本音であり、要望だった。


「ご子息には時間がある時に来るよう父親として伝えてくださるわね?」

「国賓の対応もある。伝えるタイミングがあるかどうか」

「ここは混雑している。ラグエルド、また後で。エドワード、パトリックも行くぞ」


 ザルツブルーム公爵はクワイエル公爵とレーベルオード伯爵を連れてさっさと退避した。


 プルーデンスに狙いを定められたレーベルオード伯爵を助けるためなのは言わずもがな。


 大物がいなくなっても、それを埋めるように次々と国王派の貴族が祝福に来る。


 状況を理解した上での連携プレーだった。


「デビューおめでとう!」

「祝福を」

「おめでとうございます!」

「大変素晴らしいことですわ!」


 続々と押し寄せる挨拶と祝福と人波。


 誰なのかわからない者が多数になるまでそれほど時間はかからなかった。


 完全に会場の中心はラブというデビュー者を擁するウェストランドとアンダリア。


 一番の勝者が誰なのかは明白だった。


 ……挨拶ばっかり。早くデビューダンスの時間が来て欲しいわ。


 ラブは悠然と微笑みながら、心の中でぼやいた。





 デビューダンスが始まった。


 ラブはファーストダンスにおいて最上の位置。


 デビューダンスの覇者ポジションだった。


「余裕そうだ」

「いつもと同じよ」


 デビューダンスには一生がかかっていると言っても過言ではない。


 だが、ラブはエスコート役である兄に絶大な信頼を置いている。


 ダンスをうまく踊れるかどうかについての不安はまったくない。


 だが、気になることがあった。


「お兄様、見える?」

「見える位置ではない」


 誰がと言わなくても通じるのが兄妹。


 ファーストダンスの枠にはメロディとヘンデルのペアもいる。


 その位置は真逆。端の方でもあるため、顔を向けなければ確認できない。


 だが、デビューダンスでダンス相手以外の方をあらかさまに見るのはマナー違反。


 視線だけなら動かせるが、踊りながらでは難しかった。


「ちゃんと踊れているかしら? 転んだら最悪でしょう?」

「ヘンデルなら絶対に転ばせない」

「そうなの?」

「腰から支える。技巧的なダンスに見えるよう調整するだろう」

「目立つわね。メロディの引きつった顔が見られそう」

「本番には強い」

「図太いしね」


 ダンスだけでなく会話も楽しみながらのファーストダンスはあっという間に終わった。


 通常はセカンドダンスをする者のために場所を空けなくてはならないが、ラブはサードダンスまで続けて踊る。


 相手役をセブンから引き継ぐのは生まれた時からあれこれ知られているロジャーだった。


「美しいダンスだった。足だけでなく口もしっかり動いていたな?」

「余裕だもの」

「技巧的にするか?」

「やめて。これ以上目立ちたくないわ」


 ロジャーは返事をしなかった。


 途中でくるりと一回転。目立つポイントが加算された。


「ドレスのためにもう一度だ」

「私のためじゃないのね……」


 ラブのドレスは美しいダンスを踊るために計算し尽くされている。


 普通に踊るだけでも綺麗に見えるが、一回転すると薄くて軽い布地がフワリと浮かび上がる仕様になっている。


 ロジャーはそのことを知っていたため、ドレスをデザインした女性三巨頭に配慮した。


「私の判断は絶賛されるだろう」

「ロジャーが媚びを売るなんて」

「お前への賞賛はいくらあってもいい。私はもう一人の兄も同然だからな」

「説教レベルはおじい様と同じよね」


 セカンドダンスも終了。


 三人目の相手はグレゴリーだった。


「意外な人選」


 ラブは社交界で人気の高いジェイルになると予想していた。


「閣下のためだ」

「国王派への配慮ってわけね」


 第二王子派の者であれば、ラブの相手は選び放題と言ってもいい。


 だが、それでは国王派である父親の人選ではなく、母親とウェストランドの力で揃えたと思われてしまう。


 そこではずしようがない二人をファーストとセカンドのダンス相手に据え、三人目を父親の威光が示せる国王派の人物にして調整した。


「アンダリアは国王派だ。次代はわからないが」

「次代はヴェリオール大公妃派よ」

「ヴェリオール大公妃付きの側近として歓迎する」

「私が次期当主で良かったでしょう?」


 サードダンスも無事終了。


 グレゴリーとは初めて踊ったが、全く問題がなかった。


 それだけ互いの技量も調整も完璧だということだ。


「感謝する」


 セブンはラブを引き継ぐと、グレゴリーに言葉をかけた。


「閣下のご息女と踊ることができて光栄だ。良い夜を」


 立ち去る姿は公爵家の跡継ぎに相応しく堂々としたものだった。


「初めて組むとは思えないほど完璧だった」

「ファーストの方が完璧だったわ。ちょっと緊張しちゃったもの」


 ダンス相手の選考も全て両親に任せた結果だけに、予想外であっても仕方がない。


「飲み物を取りに行こう。ヘンデルと待ち合わせをしている」

「了解」


 ラブはメロディと合流すべく飲み物コーナーに向かった。





「デビューおめでとうございます」


 メロディはラブが来ると深々と腰を落として挨拶をした。


「そっちもね。大物エスコートがいてくれるのは友人として安心だわ」

「ウェストランド侯爵令嬢、デビューおめでとう」

「ありがとうございます。ヴィルスラウン伯爵」


 社交辞令。


「キュピエイル侯爵令嬢、デビューおめでとう」

「ありがとうございます。ディヴァレー伯爵にも心からの祝福を。白い衣装が神聖さを感じさせますわ」

「嬉しい」


 こちらも社交辞令。賛美とお礼付き。


「じゃあ、俺は仕事に行って来るよ」


 ヘンデルは王太子の首席補佐官。


 王太子に張り付く当番は免れたが、別の仕事をしなければならなかった。


「俺のいない間はウェストランド侯爵令嬢の側にいて欲しい。見つけやすいし守って貰える」

「はい」

「状況次第では戻って来ることができるかもしれない。でも、約束はできない」

「わかりました」

「俺がいなくなるのは寂しい?」

「寂しいですわ。ヘンデル様はとても強くて頼り甲斐がありますもの」


 茶番過ぎて笑えるわ!


 ラブがそう思っていると、ヘンデルがニヤリと笑った。


「さすがメロディだ。逃さないね?」

「デビューしたからには大事なことを見逃さないようにしないとですもの」

「期待には応えるから安心していいよ。セブン、頼む」

「わかった」


 メロディの片手に口づけのふりをした後、ヘンデルは仕事へと向かった。


「大物にエスコートされてどんな気分?」

「完璧過ぎて怖いほどよ」


 メロディは早速ラブに本心を打ち明けた。


「白い馬車で迎えに来てくれたの!」

「馬は?」

「白に決まっているじゃないの!」

「へえ、わかってるじゃない」


 ヘンデルは多忙だけに王宮で待ち合わせだろうとラブは予想していた。


 だが、ちゃんと迎えに行った。白い馬車と白い馬で。


 メロディが興奮気味なのも納得だった。


「ファーストダンスはどうだった? 私からは全然見えなかったわ」

「ディヴァレー伯爵を見る余裕はなかったわ。位置が遠かったし。でも、ヘンデル様とのおしゃべりが楽しくてあっという間だったわ」

「年齢差があるのに何を話すわけ?」

「ちゃんとネタを振ってくれるの!」


 話題じゃなくて、ネタなのね。


 ラブは苦笑した。


「お勉強しているわけね。ベルの仕込みかも?」

「そうかもしれないわね」

「二人も妹がデビューしているわけだし、完璧だって当然よ。ただ」


 ラブはそう言った後、メロディに顔を近づけて声を潜めた。


「例の件は?」


 お芋強奪計画。


「ああ!」


 メロディは満面の笑みを浮かべた。


「それこそ完璧よ!」


 メロディは王太子派の偵察に行った際、正統派美人風味に絡まれたことを話した。


 極悪美少女モードで反撃したが、ヘンデルもしっかりと対応をしてくれた。


 また、絡まれてしまったことへのアフターケアの一つとして、最高級品を一箱くれると言われた。


 しかも、今夜の状況次第では箱数が増える。


「さっきのおねだりタイムを入れて、五箱になったわ!」


 正統派美人風味に絡まれ、ストーカー風味に絡まれ、高慢令嬢に嫌味を言われ、デビューダンスを無事終え、仕事で離れる今の五回で各一箱ずつ。


「ヘンデル様が戻って来てくれないと困るわ。本当に寂しいのよ。チャンスがなくなってしまうもの!」


 メロディはヘンデルが提供するおねだりタイム、つまりはお芋増箱タイムが待ち遠しくて仕方がなかった。


「問題が起きれば一箱増えるわ。ヘンデル様がいる時に誰か絡んでくれないかしら?」


 すっかりメロディは夢中。


 芋というより、増箱チャンスに。


「純白の舞踏会でそんなことを考えているのはメロディだけね」

「一生に一度どころか、世界でただ一人だけの特別な楽しみだわ。素敵な思い出になるのは確定ね!」

「すっかりヘンデルに攻略されているじゃないの」


 ヘンデルは社交デビューにやる気がでないメロディのために、純白の舞踏会を心から楽しめるように工夫した。


 白い馬と馬車もだが、芋の増箱タイムもその一つ。


 トラブルが起きても嫌な気分になりにくい。


 歓迎するほどの余裕が生まれているほど効果的だった。


「ストーカー風味がいつ来るかわからないから、その方がいいのよ」


 メロディとしては、ストーカー風味の全員をヘンデルに撃退して貰い、アフターフォロー案件に入れたいほどだった。


 そうすれば人生における安全度が増すばかりか、芋の箱数も増える。


 一挙両得だった。


「でも、大物だけに牽制効果が強すぎて。残念だわ」


 メロディはため息をついた。


「そんなメロディも違う意味で残念ってことをわかってる?」

「極悪美女ってこと?」

「まだ美少女ね。攻略され過ぎだもの」

「精進しないとね」

「そろそろ行く。ここは壁が薄い」


 ラブとメロディはハッとした。


 飲み物コーナーには大勢の人々がいる。


 ついつい調子に乗って話をし過ぎてしまった。


「もっと早く言ってくれれば……」

「心配ない」


 ラブ達の周囲にはウェストランド一派の壁ができていた。


「いつの間に」

「さすがウェストランドですわ!」

「二人の要望を聞こう。手と腕、どちらがいい?」

「腕」

「ラブと同じがいいです」


 セブンの腕をラブとメロディは片方ずつ確保する。


 両手に花だった。



*ラブの貴族呼称についての説明。


 母親のプルーデンスは最初の結婚でゼファード侯爵夫人の称号、二度目の結婚でウェストランド侯爵夫人の称号を得ました。

 

 その結果、ラブの称号はウェストランド侯爵令嬢に変更になりました。

 (格上の称号優先なので、ゼファード侯爵令嬢やアンダリア伯爵令嬢の称号は使いません)


 よろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
[一言] デビューのお話のなかで、ラブが、祝ってくれる家族やいろいろな人に、感謝やお礼を心からしていないような記述だったため、まだ、自分から祝ってくれた相手を嬉しくさせるお礼が言えないのだなと、ついつ…
[良い点] 芋箱増量チャンス→大拍手 両手に花→号泣 [一言] ラブがすごすぎた!!!! ロジャーが素敵だった(笑) グレゴリーさんが躍るんだ(驚)! メロディちゃんお芋増量チャンス発言に撃沈しまし…
2021/12/17 17:20 みんな大好き応援し隊
[一言] ラブも大人の仲間入りですか。と言っても年齢的にまだまだ子供だけど。 ラブがパスカルと結婚して、リーナの義妹になる未来があるといいね。確率は高くないけど、低くもないはず。
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