1049 白の女王
ウェストランド公爵邸は朝早くから多忙な人々で溢れていた。
それもそのはず。
直系の孫娘であるラブがついに社交デビューを飾る純白の舞踏会当日だからだ。
ウェストランドの色は黒だけに、催しがあれば黒を多用する。
そのせいでウェストランドのイメージが黒々としたものになってしまうが、ウェストランドの常識を叩きこまれた人々にとっては当然のこと。
直系跡継ぎの結婚式で花嫁が黒いドレスを着用しても納得。
むしろ、極めてウェストランドらしいと歓喜・賞賛するほどだ。
しかし、純白の舞踏会は別。
純白という指定がある以上、白になる。
純白の舞踏会が終わった後は、ウェストランド公爵邸で夜が明けるまでを楽しむ白日の大舞踏会が行われる。
黒いウェストランドが一日中白く染まる日だった。
「ついに……当日ね」
友人のメロディは大物のエスコートが決まったこと、自力では絶対に参加できない純白の舞踏会に参加できること、何よりもお芋強奪計画のために気合を入れているだろうとラブは思った。
だが、自身も負けていられないとは思わない。
すでに絶対的な勝者であることは確定済。
そうでなければそれこそ絶対に納得しない者達がゾロゾロいる。
筆頭は両親。
その次は祖父母。
後はウェストランドを妄信して固める一族だが、予想外の人物が気合を入れまくっていた。
マルロー侯爵夫妻。
ラブにとっては再婚した両親の元パートナー同士で、現在は親戚筆頭の座にいる。
二人はラブを実子同然と思い、デビューについては全力支援を明言していた。
「想像以上の美しさだわ! 白の女王としか言いようがないわね!」
ラブの衣装テーマは『白の女王』だった。
実の母親であるウェストランド侯爵夫人プルーデンスと祖父で当主でもあるウェストランド公爵の二人で決めた。
極めて重要なことは当主と跡継ぎが決めるという伝統だ。
「私が取り寄せたパールのおかげよ。王家とレーベルオード伯爵家と競い合って集めたのだから」
王太子と結婚するリーナの花嫁衣装にあしらう最高品質のパールが買い集められる中、ウェストランド公爵夫人もラブのために最高品質のパールを買い集めていた。
おかげで最高品質のパールは市場から消えたと言われるほど品薄になり、値段が一気に高騰するほどの影響が出た。
「全てダイヤモンドにしようと思っていたけれど、上品に仕上がったわね」
「私のコレクションからとっておきのレースを選んだおかげでもあるわ」
マルロー侯爵夫人はエルグラード有数のレース収集家。
ラブのためにウェストランドに縁のあるアンティークレースを見本にして同じデザインの再現品を制作させた。
「レースも確かに効いているわね」
「見本があって良かったわ」
アンティークレースは手に入りにくいだけなく、必要量を確保しにくい。
まずは見本になるアンティークレースを確保し、ドレス制作に十分な量を再現品として作らせるのが主流なのだ。
「ちゃんとハートのデザインを取り入れたことも評価して欲しいわ」
「とても評価しているわ。ハートは大事だもの」
「ラブにはかかせないわね」
ウェストランドに君臨する女性三人は揃って華やかな笑顔を浮かべていた。
「トレーンをつけて長くしたかった」
「舞踏会なのでダンスに適したものでなければなりません。ラブは女王に相応しく踊らなければ」
「そうだな。ダンスは重要だ」
今もお気に入りの息子であるマルロー侯爵と話していたウェストランド公爵は新しく息子の座に加わったアンダリア伯爵でエルグラード宰相でもあるラグエルドに顔を向けた。
「ラブに最高のデビューをさせてやれるのはウェストランドの力があればこそだ」
ウェストランド公爵は自身の力と立場を新しい息子に誇示しようとした。
だがしかし。
「トレーンをつけると花嫁衣装のようになってしまう。ウェストランドはデビュードレスを結婚式に使いまわすのが伝統か?」
「馬鹿なことを言うな。そんなことをするわけがない」
「完全に刺繍も宝石も変えたが、ウェディングドレス自体は非公式のデビュードレスにトレーンをつけたものだとプルーデンスから聞いた」
驚愕の事実にウェストランド公爵は目を向いた。
「なんだと! 本当か?!」
「……本当です。ご報告が遅くなり申し訳ありません。ドレスは女性の領域。押し切られました」
ラグエルドの反撃は続く。
「ティアラの宝石は金庫にあった秘宝を削ったとも聞いた」
「秘宝だと! まさか代々伝わる大原石を削ったのか?」
「原石のままでは役に立たないからと……宝石も女性の領域なので」
「秘宝のティアラとはそう言う意味だったのか!」
「気づかれていなかったことを今まさに理解した次第です」
数十年前の暴露話にも花が咲いた。
私を生贄に濃すぎるメンバーが仲良く話しているように見えるんだけど……。
とはいえ、不仲よりはずっといい。
ラブの要望通りにもなっている。最高のものばかりが揃えられているのは間違いない。
自分であれこれ悩む必要もなく、準備は非常に楽だった。
当日を待つだけ。終わり。
おかげで受験勉強もしっかりでき、王立大学の一次試験にも合格した。
「楽しめばいい」
最高にお洒落をしたとわかる兄セブンも真っ白な衣装に身を包んでいるせいでご機嫌だった。
ウェストランドの跡継ぎだけに自由な服装をすることが難しい。
正装は黒ばかり。ロングダブレットかローブのような装いと決まっている。
宝飾品もウェストランドや跡継ぎをあらわすようなデザインでなければならない。
男性は短髪という前提から髪留めについては規定がなく、唯一自由にできるからといって髪を伸ばしてまとめていたほどだ。
「お兄様も楽しそうね」
「白い服が好きだ」
わかりやすい。だが、続きがあった。
「髪留めを見て欲しい。特別仕様だ」
ラブは言われた通り、後ろを向いた兄の髪留めを見て驚いた。
ハートだわ!
細かい模様が刻まれているためにわかりにくいが、ハート型の宝石がはめ込まれていた。
しかも、青。
ラブの瞳の色だった。
「ラブのおかげで私は嬉しくなれる。両親も祖父母も親戚も団結した。今はそれぞれの望みを叶え、幸せと喜びを感じながら楽しんでいる。名前が示す通り、お前はウェストランドの愛だ。兄として誇りに思っている」
ラブの胸に強烈なまでの感情が込み上げた。
感動。歓喜。幸せだ。
「ああっ!」
「涙が!」
「お化粧を直さないと!」
女性三巨頭は真剣な表情で叫んだ。
「早く!」
「急いで!」
「ドレスは絶対に汚したら駄目よ!」
男性三巨頭は優秀揃いのはずが、この時ばかりは役立たず。
顔をしかめ、困った表情、心配そうな表情で黙り込んだ。
突然の状況に使用人達も大慌て。
ラブはおかしな気分になってきた。
笑える。何もかもが。
楽しまなければ損。だって、白の女王なんだから!
「笑わないで下さい」
「直せません」
「はいはい」
「一回で大丈夫です。耳がいいので」
優秀な侍女達によって完全修復が終わったラブはご機嫌になっていた。
勝ち気で自信満々の姿はまさに白の女王。
「行きましょう!」
ラブはセブンにエスコートされ、馬車乗り場へ向かった。
この後はウェストランド地区一帯をパレードしなくてはならない。
両親達はラブとセブンがパレードをしている間に王宮へ向かい、会場で二人を出迎える準備をすることになっていた。
廊下に並ぶウェストランドの者達も正装。
元王家の名残が色濃く残っており、私兵は完全に騎士服仕様。一部は甲冑や装甲付き。
「なんだか物々しいわね」
「気合が入っている証拠だ」
ウェストランドは元王家の威信にかけて催事に力を入れている。
貴族でありながら王家並みにしっかりとした伝統に従って華々しく盛大にするのだ。
「パレードなんて、寒いのに」
自分は馬車の中にいるだけだが、沿道に並ぶウェストランド地区一帯の人々は大変だとラブは思った。
兄が成人する時もパレードを行ったが、雪が降ったせいで余計に寒かったと言う。
「雪が降ると景色も全て白になる。美しく清浄さを感じられるのだが」
セブンとしてはその方が嬉しいが、ラブは違う。
「馬車は寒い?」
「寒い。だが、白いマントとひざかけがある。大丈夫だ」
「お兄様はブーツだからいいわよね。私はヒールだもの」
「抱き抱えて運ぶと、ドレスがしわになる」
「今日の私は凄く重いわよ」
「羽のように軽くはないだろうが、無理ではない」
正面玄関についた。
外に出たラブは準備万端の馬車を見て表情を固めた。
「何これ」
「馬車だ」
それはわかる。白い馬が何頭もつながれている。
だが、普通の馬車ではなかった。
ほぼガラス張り。
「景色もラブの姿もよく見ることができる」
「これって伝統?」
「父上が作らせた」
衣裳デザインから締め出された父親は馬車のデザインを担当した。
「もしかして、温室馬車って名称?」
「氷の馬車だ。雪の結晶の模様で装飾されているだろう?」
「丸見えじゃない。ずっとニコニコして手を振るわけ?」
「座っていればいいだけだ」
同行する騎士達が壁になっている。
極めて珍しい馬車だと思っている内に通り過ぎるため、中の様子はよく見えない。
そもそも沿道に並ぶ人々はウェストランド公爵家の一大イベントへの参加に意味を感じている。
一番の目当ては馬車の前後にいる盛り上げ役がばら撒く富くじだ。
「だったら普通の馬車でよくない?」
「全てが最高。普通は一切ない。お前自身の要望だろう?」
そうだった……。
ラブは覚悟を決め、氷の馬車に乗り込んだ。
中にはすでに上着とひざ掛けが用意されている。
セブンはラブのドレスがしわにならないようにした後、肩からマントをかけ、ひざ掛けを整えた。
「デビューおめでとう」
デビューする女性へ贈る小さなブーケを貰えば完成。
「ありがとう。お兄様は最高のエスコート役だわ!」
「出発する」
セブンが片手を振ると、待機した護衛がラッパを鳴らした。
「出発!」
馬車が動き出した。





