1047 純白の舞踏会
毎年二月の第一日曜日になると、王宮では純白の舞踏会が開かれる。
純白の由来はその年から社交デビューする者達が参加する衣装から来ており、その年最初の公式な舞踏会かつ最も格式高いデビュタントの場とされていた。
由緒あるデビュタントでのデビューを望む者は多く、社交デビューをする年齢の子供を持つ親はこぞって純白の舞踏会でのデビュタントを狙う。
身分・コネ・金を駆使するのはもちろんのこと、中には人には言えないような手段を用いるとまで言われている。
「どんな方法だと思う?」
ヘンデルに尋ねられたメロディは小首を傾げた。
「さあ。ヘンデル様はご存知なのですよね?」
「偽りの参加者は月の光を浴びて踊る」
メロディは驚きのあまり目を見開いた。
ヘンデルが言ったのはメロディの大好きな恋愛小説のタイトル。
デビュタントに参加するはずのヒロインは意地悪な姉のせいで参加できなくなってしまう。
だが、お見合いをすっぽかしたい友人から身代わりを頼まれ、友人のふりをして舞踏会に参加するというあらすじだ。
「誰かに譲って貰うのもありだよね?」
「もしかして、今夜の権利はどなたかに譲っていただいたものなのでしょうか?」
メロディは社交デビューすることは決まっていたが、デビューダンスの予約をしていなかった。
そこで急遽エスコート役を務めてくれることになったヘンデルの方でデビューダンスの予約枠を探してくれることになったのだ。
「特別な枠を譲って貰った」
エルグラードは大国で国際的な地位も高い。
それゆえに周辺国の王族貴族は国際的な知名度を向上すべく、エルグラード社交界にデビューすべく、デビュタント関連の催しに参加したがる。
純白の舞踏会は国外からのデビュー参加者も受け付けてはいるが、舞踏会への参加権とデビューダンスの予約は完全に別だ。
通常は王宮省の方で手続きをするが、王家や外務省を通じてなんとか融通して貰おうと思う者もいる。
よほどのことがなければ王宮省へ申し込むよう伝えるだけだが、国益に絡むような場合は別の返事をすることもある。
「国益枠とも言うね」
国賓枠ではない。
国賓であっても、国益になると判断されなければ駄目だと言うことだ。
「ヘンデル様の凄さを感じずにはいられません!」
メロディはまさかそこまでヘンデルがしてくれるとは夢にも思っていなかった。
「でも、ご無理をさせてしまったのでは?」
「ウェストランド侯爵令嬢と一緒にデビューしたいかなと思って」
できるだけ格が高い有名なデビュタントに参加したい者もいるが、親しい友人と一緒にデビューしたがる者も多くいる。
社交場に姿をあらわしたがるような友人がほとんどいないメロディにとって、ラブはとても大切な友人だ。
そこでヘンデルはメロディがラブと一緒の催しでデビューできるように配慮した。
「ただ、仕事もあるからずっとは一緒にいられない。ごめんね?」
「大丈夫です。エスコート役を引き受けてくださっただけでも感謝しています」
「ご両親にも悪いことをしたと思っている。せっかく愛娘がデビューするのに、見届けることができない」
ヘンデルは王太子の側近という資格で参加する。
メロディはヘンデルのダンスパートナーという参加資格だ。
通常の参加資格ではないため、両親の参加資格は付随しない。
キュピエイル侯爵夫妻は純白の舞踏会への参加権を別に申し込んだものの、抽選で外れてしまったのだ。
「その点についてもご心配なく。純白の舞踏会でデビューできると聞いて、私以上に興奮していました。白い馬と馬車で迎えに来て下さるなんて……本当に夢のようです!」
ヘンデルは多忙だけに当日は王宮で待ち合わせになると思っていた。
ところがわざわざ仕事の調整を行い、キュピエイル侯爵家まで迎えに来てくれた。
しかも、白馬に引かれた白い馬車で。
純白の舞踏会に白馬の引く白い馬車で向かう。それは社交デビューする女性にとってのあこがれだ。
屋敷の前に停まっている白馬と白い馬車を見た瞬間、メロディもキュピエイル侯爵夫妻も信じられないと思った。
白い礼装姿のヘンデルがエスコート役として用意した白い小さなブーケを差し出した時、メロディは感動のあまり泣き崩れてしまうのを必死に堪えた。
「一生の思い出です。ヘンデル様のおかげで、最高のデビュタントになりました」
「まだ王宮にさえ着いていないよ?」
ヘンデルは柔らかく微笑んだ。
「そうですね。ダンスを無事乗り越えられるかどうか……」
デビューダンスの予約はファーストダンス。
その順番で踊ることができるのは、純白の舞踏会でデビューすることができる勝者の中の勝者だ。
キュピエイル侯爵家では絶対に予約できないだけに、メロディはそのこと自体も奇跡的かつ不安に思う要素の一つだった。
「大丈夫だよ。端っこの方だし、間違えても目立たないよ?」
「でも、ファーストダンスです」
「ウェストランド侯爵令嬢の方が目立つって」
「足を踏んでしまわないかも心配です」
ヘンデルに任せた結果、何から何まで最高のデビュー条件が揃っている。
メロディはプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「大丈夫。足を踏まれても痛くない靴を履いてきた」
「準備万端ですね。ちょっと安心しました」
メロディは笑みを作った。
自分を気遣ってくれるヘンデルに少しでも応えたくて。
「俺に任せておけば大丈夫。どんなに失敗してももみ消すから」
「どうやって? まさか、全員の記憶を操作する魔法を使うとか?」
「知りたい?」
「ぜひ。その方が安心できます」
「そっか。じゃあ、教える。まずはコネを使って王太子派に緘口令を出して貰う」
ヘンデルが親しくしている友人に頼めば、王太子派は協力する。
協力しないのは王太子派ではないとみなされるため、協力しない者はいない。
また、シャルゴットは侯爵位、イレビオール伯爵位だ。そのコネで、侯爵家や伯爵家も抑えることができる。
下級貴族は上位貴族のことだけに空気を読む。目を付けられたくない者も同じく。
「公爵家は?」
「より大きな話題を作ればそっちに飛びつく」
デビューする者がちょっとした失敗をするのは珍しくもない。
小さな話題でひそひそと陰口を楽しむよりも、大きな話題を堂々と楽しむ方が好まれる。
「どんな話題にするかも用意してある」
「どんな話題でしょうか?」
「状況次第。でも、どんなことがあっても対応できる」
「自信があるのですね」
「うん。実際に何度ももみ消して来たから。そのことを知ってる?」
「いいえ」
「だよね。つまり、そういうこと。その場にいた者さえ口をつぐめば、何も問題ない」
やっぱり大物なだけあるわ!
メロディは安心した。
だが。
「ただ、使えない手もあるんだよね」
ヘンデルはため息をついた。
「年齢差が半端ないじゃん? 軽くでもキスしたり交際の申し込みをしたら間違いなくひかれる。それは封印かなあ」
「前者はともかく後者は問題ありませんわ。エスコート役ですし」
交際を了承するかどうかは別。
返事はいずれということで誤魔化せばいいとメロディは思った。
「優しいなあ。今夜だけ若返りの薬があればいいのに」
「そのままで十分素敵だと思いますけれど?」
「俺が気を遣われちゃってる。不味い不味い。マジで今夜は頑張るから!」
ヘンデルはニヤリと笑う。
「炎の騎士に溺愛されています、みたく?」
またもや恋愛小説のタイトルが飛び出し、メロディは硬直した。
「なぜご存知なのですか?」
実は隠れファンなのではとメロディが疑った時、
「俺の色に染めたいよ。深紅。炎の色だ」
メロディの耳元でヘンデルは炎の騎士の台詞を囁いた。
リ、リアル赤髪イケメンボイス!
メロディは鼻血が出てしまうのではないかと思うほど興奮した。
「初々しくて可愛いなあ。マジで真っ赤だよ?」
ヘンデルは笑みを浮かべた。
「エスコート役を引き受けて良かった。おかげで純白の舞踏会に行くのが楽しみで仕方がない。今夜は沢山楽しもうね?」
「はい」
メロディは心からの笑顔を浮かべた。
何もかもが予想外。
ベルの紹介でエスコート役を引き受けてくれただけでも十分だと思っていただけに、ヘンデルが細かい気配りをしてくれているのが嬉しかった。
胸が高鳴るばかりなのは王宮へ近づくせいか。それともヘンデルのせいか。
少なくともお芋のせいじゃないわね!
メロディは心の中で呟いた。





