1046 頼もしい協力者
「だが、これは王宮における販売についてだ。後宮における販売については問題ない」
完売続きだが、通常の食事は供給されており、任意で購入する間食の扱い。
食品ロスを出さないようにするためにも、後宮にいる全員への供給を視野に入れる必要はなく、抑え気味の販売で構わない。
リーナが後宮にいる人々の気持ちに寄り添っているからの対策だということも理解されている。
今後も販売状況を見ながら同じように継続していけばいいことをセイフリードは伝えた。
「後宮統括補佐としての仕事はしっかりできている。その点は自信を持っていい」
「はい」
リーナは良かったと感じた。
「個人的な意見だが、王宮のことを王族妃になんとかしてほしいというのはおかしい。しかも、嘆願書を出したのは王太子府と王子府の官僚だ。王族妃がどのような立場なのかをよく知っているはずだというのに、馬鹿なことを言うなと思った」
だが、王太子府や王子府で軽食が販売されるのはリーナや後宮のおかげ。
福利厚生という理由も取ってつけた感があるが、嘘ではない。
軽食販売が中止になれば、後宮と王宮の双方にとって損でしかない。
「だが、対応できないと言えばがっかりされるだろう」
「そうですよね」
リーナはしゅんとしてうつむいた。
「リーナ」
「はい」
「僕を頼れ」
リーナは顔を上げた。
「官僚食堂を活用すればいい。お前の真似をすれば簡単だ」
「真似をされたらダメだという話があったような?」
「詳しく聞きたいか?」
「聞きたいです!」
気になるに決まっているとリーナは思った。
「後宮側の担当者であるリーナの理解と承認を得た上で、パスタとピザは官僚食堂のメニューとして採用する。温かいものを必ず供給でき、材料も安価で益が出やすい。軽食課はサンドイッチか総菜パンに絞って販売する」
多種多様なメニューを作れば喜ばれるが、その分手間がかかる。
そこでリーナたちはレストランではなくパン屋のようなものと考え、パン屋で扱うようなものを売るようにする。
「官僚は男性だ。肉料理が好まれる。チキンサンドのようなものを販売すると喜ばれるだろう」
「そうですね。チキンサンドの人気が高かったという話を聞きました」
「曜日によって具材がわかると、買いに行くかどうかを判断しやすい。便利だろう」
肉の日・卵の日・ハムの日・ソーセージの日などと決めておけば、自分の嗜好と照らし合わせ、事前に買うかどうかを決めやすくなることをセイフリードは教えた。
「単に良い品を安く売ることだけが喜ばれるわけではない。良いサービスもまた喜ばれる」
「そうですね!」
「だが、常に決まっているものばかりではつまらない。一日だけはよくわからない日があってもいい。何でもありの日だ」
「何でもありの日ですか?」
リーナには思い浮かばないことだった。
「余り物でも構わない。魚でも野菜でも。コロッケなら揚げ物だ。この日は一種類ではなく、二種類ということにしてもいい。具材の在庫次第だ」
何でもありの日は食材状況の在庫調整を兼ねたメニューにする。
あまりにも在庫が少なければ、二種類の具材を販売してもいい。
昼食会議の時にコロッケサンドとハムサンドを用意したように、優先的にするものと数量調整のために出しやすいものを組み合わせることもできることをセイフリードは説明した。
「来週は告知期間にしておき、再来週からは官僚食堂との話し合いで決まったものを担当すると言えばいいだろう」
「わかりました。すみませんが、メモを取らせてください」
リーナは素早くセイフリードの指示をメモにした。
「確認します。一週間は現状のまま。再来週からはサンドイッチ等のパン類のみ。肉系の具材に力を入れること」
「一つ三ギールだったな?」
「そうです」
「肉は材料費がかかる。具材によっては四ギールでもいい。全て僕が買い取る」
リーナは目を見張った。
「セイフリード様が買うのですか?」
「販売は全て官僚食堂の方でする。軽食課は作ったものを官僚食堂に卸す形になる」
王宮で売るランチについては、セイフリードの管轄下にある官僚食堂が一括で買い取る。
必ず完売。代金の計算違いをすることもなければ、販売の手間も取られない。
「軽食グループの販売の仕事が減ってしまいます」
「午前中は軽食課の手伝いをさせろ。パンに具材を挟む位できるだろう? 専門技能がなくてもできるような補助作業を担当させればいい」
「それもそうですね!」
軽食課の仕事は調理関係者しかできないと思っていたが、中には未経験の者でもできる作業があることにリーナは気づいた。
「それなら人員を追加しなくても作業者が増えます。多く作れるようになるかもしれません」
「人員は増やしても構わない。但し、調理部からの異動は抑えろ」
他の部署から調理ができる者を優先して異動させるか、未経験でも可能な補助作業を担当させるものにすることをセイフリードは話した。
「わかりました! 考えてみます!」
「先にからくりを教えておくが、買物部から購入したランチ用のパンは水とセットにして売る。五ギールだ」
五ギール札ならおつりがいらない。計算のキリもよく販売しやすい。
「でも、王宮購買部の水は二ギールのはずです。四ギールだと赤字では?」
「水の原価は一ギールだった。五十ギニーに下げさせたが」
王宮購買部はこれまで通り二ギールで売る。
買物部の軽食はセットで五ギールのため、三ギールがサンドイッチ、二ギールが水の価格だと官僚たちは思う。
実際は四ギールがサンドイッチで、一ギールが水の価格。
利益自体は少ないが、買物部も官僚食堂も利益が出る。
「よく下げられましたね? ビンだけでも一ギールしそうなのに」
「ビンは回収して再利用だ。最初しかかからない」
洗浄代がかかるが、新品のビンも洗ってから使う。変わらない。
そして、中身は所詮水。
「王宮では蛇口をひねれば無料で水が飲める。だというのに、わざわざ金を出して水を買ってやっている。安くするのは当然だ!」
さすがセイフリード様というか……強気でも全然違和感がないです!
リーナは心の中で拍手した。
「買物部の売るサンドイッチと水のセットは妥当な価格だと思われるだろう。種類が減ってしまうが、官僚食堂も別のセットを販売する。話し合いの結果だけに仕方がないと説明させろ」
「別のセット?」
「温かいスープとパンを売ってやる」
「ピザとパスタは?」
「食べたければ官僚食堂へ来ればいい。運ばない」
強気だった。
「でも、温かいスープとパンは運ぶわけですね?」
「冬籠りの差し入れのようなものだ」
野菜を中心にしたスープを日替わりで用意させ、パンとセットにして売る。
「官僚たちは冬籠りの差し入れを絶賛していた。それで十分だ!」
リーナがしなかったことをセイフリードが官僚食堂を使ってする。
「全員分ですか?」
「いや。買物部から買い取ったサンドイッチの数次第で調整をかける。王太子府の全員分は供給できるようにする。王子府がどの程度買うかは状況を見る」
王太子府全員分……。
一気に供給量が増えた。
「凄いです! ちなみにいくらで売るのですか?」
「セットで十ギールだ」
「高いです!」
「嫌なら買わなければいい。だが、官僚食堂に行く必要もなく、二十ギールの不味い食事を食べるよりよっぽどましなはずだ。たった十ギールをケチるような官僚は王太子府や王子府に相応しくない!」
どこまでも強気。
「わざと高くしているのもある。この値段にすれば、ほとんどの者は五ギールで肉入りパンのセットを買うだろう」
買物部から仕入れたサンドイッチと水を組み合わせたセットの方が売れるため、絶対に完売させることができる。
「言い忘れたが、スープはボウルで量を多くする。特別なトッピングが必ずつく」
肉団子・ソーセージ・角切りベーコン・ゆで卵のようなものが日替わりで入っている。
「喜ばれそうですね!」
「パンは二個まで。一個でも二個でも好きな方を選べる」
「一個じゃないわけですね!」
「紙袋は無料だ。代金に含まれている。パンを二個貰い、一つを紙袋に入れて後で食べてもいい」
「高いようですが、実は色々とサービスがあるわけですね!」
「細かい部分も考えると妥当だ」
スープ三ギール、トッピング二ギール、パン二個二ギール、紙袋一ギール、出張販売代で二ギール。それらを合わせて十ギール。
「便利で味が良くて官僚食堂の半額。売れないわけがない」
「妥当というよりも、お得な気がしてきました!」
「それを官僚たちにも感じさせるような宣伝活動もする」
「セイフリード様のおかげで、王太子府も王子府も昼食に困らなくなりそうですね!」
「そうなる予定だ」
そして、他の中央省庁に勤務する官僚もセイフリードが率いる官僚食堂を絶賛し、ひれ伏すことになる予定でもあった。
「食堂ごとき、黒字にするのは簡単だ。お前が担当すべきことはわかったな?」
「任せてください! 美味しいサンドイッチを沢山作ります!」
やっぱりセイフリードは頼もしいとリーナは思った。
だが、セイフリードも同じ。
リーナの協力があるからこそできる。
楽勝だ。
リーナ本人が思う以上に、ヴェリオール大公妃の力は強く大きいことをセイフリードはわかっていた。





