1044 立候補
いつもありがとうございます。
一度書いて消えたものを思い出しながら書くのに苦戦中……すみません。
「次は官僚食堂の件です」
部屋の空気が一瞬で安堵からため息に変わった。
「国王府から王宮省に再三改善の指示を与えていますが、状況は悪化の一途を辿っています」
それは誰もが知っている。
「一月から完全有料化の体制に変更されましたが、すでに赤字の見込みです。早急に次の手を打つべきだと思われます。以上です」
国王は深いため息をついた。
「ラーグ、お前の方でなんとかできないのか?」
「管轄外だ。王宮省は国王府の管轄だ」
宰相は即答した。
「リーナに任せるのはどうだ?」
「反対だ」
クオンが即答した。
「王宮のことに口を出せば矢面に立つ。庇いきれない。国王府と王宮省と官僚食堂の失敗の責任を全て押し付ける気か?」
「兄上の言う通りです。女性が上位というだけで敵視する者もいるのですよ?」
「兄上もリーナも新婚だ。これ以上仕事を増やしてどうする? 新婚旅行に行けなくなるぞ」
「絶対に行く」
クオンの決意は固い。
「四月はセイフリードが成人する。春の人事もある。新婚旅行は三月中でなければならない」
王太子府も王子府もそのつもりで動いている。
「部下も一斉に休暇を取る。結婚式・婚約式・新婚旅行・婚前旅行・領地視察などの予定を入れている。変更させたくない」
「この件を解決できそうな者はいないのか?」
「いる」
セイフリードが答えた。
「誰だ?」
「僕だ」
会議に参加する全員が表情を変えた。
パスカルでさえも。
「僕が官僚食堂の件を担当すれば解決できる」
「パスカル」
国王が声をかけたのは王太子ではなく、セイフリードの筆頭側近の方だった。
「そうなのか?」
パスカルはすぐに返事をしなかった。
考えながら周囲の様子を伺う。
「……ヴェリオール大公妃付きの側近として官僚食堂の件は注視してきました。王宮で軽食を販売する以上、無関係ではいられません」
リーナの取り組みである買い物部も軽食課も王宮省と関係している。
王宮購買部も王宮厨房部は王宮省内にあるからだ。
リーナは後宮の抱える問題を解決したいだけで、王宮の抱える問題を解決しようとはしていない。
その権限がないのだ。側妃であるヴェリオール大公妃にも後宮統括補佐にも。
「ヴェリオール大公妃は慈悲深く、後宮と王宮が共に助け支え合いながら益を得られるよう苦心しています。ですが、過剰な期待をされても困ります」
「その通りだ」
セイフリードが同意した。
「リーナは王族ではない。王宮や官僚のことに口を出せば何を言われるかわからない」
ヴェリオール大公妃付き限定ということであればともかく、官僚食堂は全ての官僚を対象にしている。
ヴェリオール大公妃が関わることでも口を出せることでもないのだ。
「僕は王族だ。王宮に口を出せる立場だ」
変更や決定ができるかどうかは別として、いくらでも堂々と文句は言える。
「後宮から王宮に移ったが、くだらない問題で騒いでいる。煩わしい。担当者がいないのであれば僕が担当する。実力を見せてやる」
「丁度いいのでは? 飲食物にうるさいですからね」
エゼルバードが微笑む。
「王宮に住む環境を整えたいのもわかります。正義をふりかざしたいことも」
ジャスティスとして動いている件をエゼルバードは知っているとセイフリードは察した。
「表向きにはなっていませんが、先ほどパスカルが報告した王宮購買部の件はセイフリードの手柄なのです」
メリーネや秘書室のことに関係なく、パスカルとセイフリードはリーナの買い物部の件で共に動く気でいた。
後宮が王宮購買部から必要品を仕入れるのはいいが、そのせいで王宮購買部の在庫が品薄になり、不満の矛先や責任が後宮に向かうのを防がなくてはならない。
そこで王宮省と取引をしている商人との再交渉については王宮省に一任せず、ヴェリオール大公妃側が主導で行った。
交渉にはセイフリードも同席していた。
商人達は後宮のせいで王宮が備品不足になる恐れがあることを知らない。
王宮省は事情を話して取引量を増やすつもりだったが、相手の足元を見るのは商人の常套手段。
取引量を増やす対価として単価の引き上げを要求され兼ねない。
セイフリードは王宮省から後宮に関係する情報提供を禁止した。
そして、セイフリードから後宮が従来からの取引先を変更する予定であることを伝えた。
王宮も同じく従来からの取引先の変更を検討している。
変更されたくなければ即決できる好条件を出せと話し、取引単価を下げさせた。
その上で、今までよりも取引量を多くする見返りに再度取引単価を検討させ、最終的には大幅値引きに成功した。
王宮と取引している商人は王宮御用達を商売上のウリにしているため、取引がなくなることを恐れ、なんとしてでも阻止しようとする。
商人達の心を見透かし、足元を見るような交渉をしたのだ。
「セイフリードでなければ、これほど好条件での取引を成立させることはできなかったかもしれません」
「そうなのか」
レイフィールは驚きつつも喜びの笑みを浮かべた。
「凄いじゃないか! 最近は何をしているのかと思えば、成人に向けて着々と経験を積んでいるのだな!」
「知らなかった」
国王も初耳だった。
「クルヴェリオン、お前が指示をしたのか?」
「いや。どのような勉強や経験をさせるのかについてはパスカルに任せている。キルヒウスと同じだ」
クオンが成人する際も、キルヒウスが側近としてついた。
キルヒウスがどのような案件で勉強や経験を積ませるかを選定し、事後報告だけを国王にしていた。
「王宮省はヴェリオール大公妃側が責任を持って交渉するのを喜んで承諾しましたので、私の一存でセイフリード殿下を同席させました。勉強の一環ですので、王子としての身分は伏せました。王太子府の官僚だと思ったはずです」
商人達はセイフリードが王子だからこそ譲歩したのではない。
王子とは知らず王太子の担当官僚と勘違いし、その上で譲歩に応じたということだ。
交渉の難易度が上がっていたにもかかわらず、成功させたということだ。
「官僚食堂も王宮省の管轄だ。すでに担当経験がある。問題はないはずだ」
「やる気があるのは何よりです」
「父上、セイフリードに任せてみたい」
「期待できそうだな!」
セイフリード、エゼルバード、クオン、レイフィールの視線が集中する。
父親兼国王に。
「父上は僕の実力を知りたくないのか? 息子だというのに信じてくれないのか?」
とどめだった。
「……わかった。この件はセイフリードの担当にする」
「僕にはまだ成人王族の権限がない。王宮省に正当な命令ができるだけの地位が欲しい。非公式で試用期間でも構わない。リーナにも後宮統括補佐の地位を与えた」
「王宮統括は反対だ。補佐も駄目だ」
すぐに宰相が進言した。
「当然です。セイフリードにそのような地位を与えるのであれば私が貰います」
その部分についてはエゼルバードも宰相に肩入れした。
「何が良い地位があるか?」
「国王特務補佐官」
エドマンドが呟く。
「官僚食堂のみという条件付きにすれば良いでしょう」
エゼルバードが権限の制限を提案した。
「王宮厨房部の全体に関わることだ。王宮厨房部への権限は絶対に欲しい」
セイフリードが要望を出した。
「可能であれば今後を見据え、王宮購買部についても権限をいただきたく」
パスカルも側近として進言した。
「王宮購買部と王宮厨房部の担当でどうだ?」
クオンの提案に国王は頷いた。
「そうしよう。国王特務補佐官で、担当は王宮購買部と王宮厨房部だ。それでいいか?」
「賛成する」
「兄上を支持します」
「同じく」
「様子を見る」
決定だ。
「父上に感謝します。兄上達にも。ご期待に添えるようパスカルと共に頑張ります」
セイフリードのものとは思えない発言。本心かどうか疑わしい。
だがしかし。
「そうか。とても嬉しい」
クオンはしみじみと呟いた。
これは本心だとわかる。
待ち望んでいた言葉であることもまた。
だからこそ、セイフリードの言葉を疑う者も嫌味を言う者もいない。
良かった。
誰もが素直にそう感じ、一件落着ということにした。





