1041 夕食前に
久しぶりの更新です。
またしてもパソコンが壊れてしまいました(泣)
その影響で、更新・感想や誤字脱字もゆっくりになってしまうと思いますが、よろしくお願い致します。
もうすぐ夕食時間になるという頃。
時間ギリギリまで仕事をする気だったクオンの執務室にパスカルが来た。
「今日中に目を通していただきたいものが提出されました」
書類を受け取ったクオンは眉をひそめた。
「早いな」
王太子府に所属する官僚からの嘆願書だった。
その内容は軽食販売について。
販売量を増やし、廊下に並ぶ手間を減らすための改善を求めるものだった。
クオン自身は並んでいないが、ヘンデルやパスカルから廊下の状況については報告されており、そのような要望が出るだろうとは思っていた。
「まだ始まったばかりだ。リーナ達も試行錯誤している。こちらから細かく口出しをするのはどうかと思うのだが?」
「改善要望が出ているのは高い期待のあらわれです。無駄な時間と手間を省くための解決案も官僚達なりに考えています。参考にして貰ってはどうかと」
「俺にも見せてよ」
ヘンデルが側へ寄ってくる。
クオンから嘆願書を渡され、素早く目を通した。
「なるほどねえ。まあ、解決案については検討して貰えば? すぐに頷けるような案じゃないけれどね」
王太子府の官僚は優秀だが、軽食販売を手がける買い物部や軽食課の事情を詳細に把握しているわけではない。
後宮ほどの組織が作るにしては販売数が少ない。
王太子夫妻の茶会を開けるだけの力があることを考えれば、すぐにでも販売数を増やせると思っているはずだ。
しかし、後宮全体が軽食販売のために動いているわけではない。
調理部は全面的に協力しているが、毎日催事用のシフトを組むわけにはいかない。
日替わりの品を考えて作るための計画を立てて各所に通達しつつ在庫を確保し、加工作業の一部を担う軽食課の人数も少ない。
何よりも、軽食販売は後宮の福利厚生のためであり、王太子府と王子府での販売が優先されるわけではない。
後宮内での販売分が不足であれば、逆に王太子府と王子府での販売分が減少するかもしれないのだ。
「軽食販売は試験的なものだしね。本来は官僚食堂へ行くべきだよ」
王宮にいる全ての官僚の福利厚生として官僚食堂がある。
後宮が行う軽食販売はそれを補うものであり、王太子府と王子府の官僚全員の飲食物を提供することを目的にはしていない。
販売数が少なく、買えない者がいるのは当然の結果なのだ。
「ただ、俺も嘆願書に署名したい気持ちはある。官僚食堂よりもリーナちゃんの軽食販売の方を利用したい。日替わりが何か楽しみで仕方がないんだよね!」
「廊下に並ぶつもりはないのだろう?」
「特権を上手く使うのも俺の務めだしねえ」
王太子府の長であるクオンが軽食販売について判断するためにも、ヘンデルは軽食を手に入れなければならない。
王太子だけでなくヴェリオール大公妃の側近でもあることを活かし、クオンの分と共に自分の分を確保するのは簡単だ。
プレオープンについては官僚達の様子を見に行くこともあって側近自身や部下が買いに行ったが、正式な販売日からは別枠で用意して貰うつもりだった。
「さすがに毎日は並べない。俺の時間は貴重だし?」
「王太子府は抑えても、王子府の方を抑えることができるかどうかわかりません」
軽食販売は王太子府が有利で、王子府の官僚にとっては不利だ。
ヴェリオール大公妃付きの側近枠でシャペルが確保できる分をエゼルバードにまわすつもりではいるが、側近全員分はない。
プレオープンにおいても確保できたのは男性分のみで、女性分は確保できなかった。
おかげでエゼルバードの女性側近は大荒れだったことを、シャペル・クローディアを通じてパスカルは知っていた。
そして、王族側近でさえ手に入れられないとなれば、王子府の官僚が大人しく諦めるということでもない。
逆にそれを理由にして全体で結束するのが王子府なのだ。
「いずれ第二王子殿下が動くのではないかと」
「いつまで持つかなあ」
その時、ドアがノックされた。
「失礼します。第二王子殿下がお見えです」
噂をすれば、だ。
「お通ししても?」
「待て。書類を片付けろ」
クオンが指示を出すよりも早くヘンデルとパスカルは書類を片付け始めていた。
王太子の執務室には第二王子であっても見ることが許されない書類が多くある。
エゼルバードが正式な外務統括になったからこそ、内務統括であるクオンの管轄する書類の取り扱いがより厳しくなったのもある。
「なんとか。パスカルは?」
「裏にしました。大丈夫です」
「通していい」
クロイゼルがドアを開けると、エゼルバードが悠然と入って来た。
「もうすぐ夕食ですので、その前にと思いまして」
「何かあったか?」
「王子府の官僚達が嘆願書を提出しました。軽食販売のことです」
エゼルバードだけでなく、王子府に所属する官僚の動きも早かった。
「まだプレオープンだが?」
「週末中に検討して欲しいのでしょう。こちらです」
エゼルバードは持ってきた王子府の嘆願書をクオンに手渡した。
「王宮内の販売は王太子府のみ。王子府が不利になるのはわかっていたので、あらかじめ準備をしていたようです。あっという間に署名が集まったとか」
王子府の官僚達は負け戦になることを予想し、すぐに嘆願書を提出できるようあらかじめ作成し、各部署で嘆願書の署名集めができるようにしていた。
「王太子府が優先だとしても、王子府には第一王子やヴェリオール大公妃の部署もあります。そのことを考慮していないのではという懸念の声もありました」
軽食販売はヴェリオール大公妃の発案だ。
第一王子の妻であるヴェリオール大公妃の部署があるのは王子府であって王太子府ではない。
そのことを指摘し、リーナの再考を促したい思惑が透けて見えた。
「リーナが頑張っているのはわかっています。私も支援するつもりですが、官僚達に我慢を強いるのも可哀想です。少なくとも嘆願書が出ていることを伝え、早急に検討をして欲しいところですね」
「気持ちはわかるが、さすがに図々しい」
王子府の嘆願書に目を通したクオンはそう感じた。
大まかには王太子府の官僚達と似通っているが、資金提供の規模が大きい。
それはつまり、金を出すから王子府を優先しろと言っているのと同じだ。
「軽食販売は後宮の福利厚生だ。金を積めば王宮側が優遇されると考えてはいけない」
「それはわかっています。ですが、王子府の官僚を後宮に派遣するわけにもいきません。資金援助をするしか方法がないのでは?」
「専用厨房を作るなどありえない」
王子府の案の中には現在使用されていない水星宮の厨房を活用する案もあった。
水星宮はセイフリードが王宮に移ることよって、新年から正式に閉鎖になったばかり。
後宮統括である宰相が閉鎖の解除を許可するわけがなかった。
「水星宮の厨房を使えば、管理負担も警備負担も増えるではないか!」
当然のことだが、経費がかかる。
「それは宰相の方でうまく考えればいいだけのこと。私や王子府が考えることでも調整することでもありません。それこそ管轄外です」
エゼルバードも王子府も資金を出すだけで、諸問題は後宮側に丸投げするということだ。
「調理関係者の人材も限られている。軽食販売に力を入れるほど、後宮における催事活用も難しくなる」
エゼルバードは自身の管轄している王立歌劇場を催事に活用している。
クオン自身は後宮を管轄していないが、妻のリーナは後宮統括補佐であり、身分や階級に関係なく強い支持を得ている。
それを活かし、王太子夫妻としての催事を後宮で行っていくことをクオンは視野に入れていた。
「王宮側の事情については官僚食堂が解決すべきだ。後宮への丸投げは許さない」
「官僚食堂は改善するどころか悪化しています」
官僚食堂はかなりの赤字運営になっていたため、新年度からは完全有料化をすることになった。
官僚食堂はメニューを絞り、販売量を調整することにした。
そのせいで最も安いセットが早く売り切れるようになり、高いセットをしぶしぶ買わなければならなくなり、値上げも同然だと憤慨されていた。
「改善は無理だと思っている者も多くいるようです。だからこそ、リーナの取り組みに期待がかかるのです」
「王宮のことをリーナに任せるのは危険だ。叩かれる材料を与えてしまう」
官僚食堂は王宮内にある一施設。官僚は政治的な存在になる。
リーナが官僚食堂のことに口を出せば、側妃には何の権限もないというのに王宮内のことや政治的なことに関わっていると思われ、非難されてしまう。
「慎重さが求められるのはわかっています。ただ、合同会議の前にお伝えした方がいいと思いまして」
「そうか」
「ところで兄上」
エゼルバードは甘えるような視線をクオンへ向けた。
「私もリーナが販売する軽食を試食しました。その感想をリーナに直接伝えたいのです。夕食をご一緒しても?」
それで夕食前に来たのか。
クオンだけでなくヘンデルもパスカルもエゼルバードの狙いを正確に把握した。





