1034 昼食兼試食会
昼食会場は大宴の間で、軽食がズラリと並べられていた。
「ようこそ試食会へ! お会いできるのを心待ちにしていました!」
リーナ達に笑顔を浮かべて近寄って来たのはフィセルだった。
「久しぶりですね。軽食課はどうですか?」
「毎日が充実していて楽しいです」
軽食課に異動した人員のやる気は非常に高い。
要望のあった軽食から販売に適していそうなものを選び、試作をしながら試食会に備えていた。
「リーナ様が要望を出されたものもありますので、ぜひ試食していただきたいです!」
「そのつもりです! 好きなお料理を取ればいいのでしょうか?」
「そうなのですが、まずはご挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
フィセルは姿勢を正すとリーナとその同行者に顔を向けた。
「改めてご挨拶いたします。ベーカリー課に所属していましたが、新年からは軽食課に所属しているフィセルです。本日は案内役を務めますのでよろしくお願いいたします」
フィセルは一礼すると、早速リーナ達を軽食ブッフェの方へ案内した。
「こちらのトレーに好きな軽食の皿を取るようになっています」
「こんなにたくさんの種類があるとは思いませんでした!」
リーナとしては軽食を売ること、できるだけ価格を抑えることが重要だと思っていた。
だが、軽食課でどんなものを用意できるのかわからない。
そこで実際に売るメニューや製作数については軽食課の判断に任せていた。
「明日と明後日に販売するメニューを全て用意してあります。一日につき七種類の販売ということになります」
軽食課の所属者は少人数だけに作れる量には限りがある。
どの軽食がよく売れるのかもわからないため、一日に作る種類を絞り、日替わりにすることにした。
「こちらはランチ用に販売される軽食です。サンドイッチ、ピザ、パスタの三種類があります」
日替わりで一種類。一つにつき五ギールということだった。
「毎日お昼になると、この三種類が販売されるのですか?」
「そうです。でも、具材や味付けは違います」
リーナはじっくりと調べるようにランチの軽食を見た。
「これがピザですか……どんな味がするのか楽しみです!」
「もしかして、リーナ様は食べたことがないのでしょうか?」
「そうなのです。屋台で売っていると聞いたので、だったら軽食として販売できるのではないかと思って」
リーナにピザを教えたのはクオンだった。
騎馬訓練で屋台の話題になり、その際に教えて貰った料理だった。
「そうでしたか。パスタを取り入れたのはピザがきっかけです」
ピザといえばデーウェン大公国の代表的な庶民食で、同じぐらい有名なのがパスタだった。
「今回はトマトソースにペンネと呼ばれる乾燥パスタを使いました。クリームソースの方はタリアテッレと呼ばれる生パスタです。生の方がモチモチした食感を味わえます」
「パスタは食べたことがあります」
デーウェンの大公子アイギスとの晩餐会で出ていた。
「もっと細くて紐みたいなものでした。クルクル巻きながら食べるパスタです」
「スパゲッティですね。デーウェンではフォークに巻き取って食べるのが正式な食べ方なのですが、エルグラードでは切って食べる人もいます。うまく巻き取れないみたいで」
「そうなのですね」
リーナがフィセルと話している間に、同行した女性たちがランチの軽食を選んだ。
「全員選んだようですので、次のテーブルへ。間食用の軽食になります」
間食用に販売するのは総菜パン。一つ三ギール。
以前配って大好評だったコロッケパンも販売する。
今回はゆでたまごパンやハムパンも一緒に用意されていた。
「昼食の方にハムチーズサンドがありした。似たようなメニューがあると、間違えませんか?」
「試食会では多くの種類を用意していますが、販売する時は間違えないように作ります。大丈夫です」
午前中は王太子府で販売する軽食を作るため、ランチとスープしか作らない。
それらを買い物部に引き渡した後、昼休みを挟んで午後から間食用を作る予定であることが説明された。
「具材も昼食と間食で同じようなものにならないよう気をつけます」
「よかったです。ところで、コロッケパンですけれど、前よりもコロッケが大きくなっていませんか?」
「その通りです! 実は改良しました!」
前回のコロッケパンはふっくらしたコロッケを丸いパンで挟んだものだった。
味やボリュームについては良かったが、厚さがあるために食べにくい人もいた。
王宮には貴族出自が多くいる。男性はともかく、女性が大口を開けて食べるのはマナー違反ということで、もっと食べやすくしてほしいという意見があった。
「コロッケを平たくして伸ばしたので、ひと回り大きなサイズになりました。パンから具材がはみ出ることによってボリューム感が出ますし、全体の厚さが減って食べやすくなっています」
「確かにお得感がありますね!」
「ゆでたまごパンも具をたっぷり挟みました。ハムパンはハムを厚切りにすると三ギールで販売するのは難しいので、マヨネーズソースで味付けをしたマッシュポテトを挟んでいます」
昼食用は肉やチーズといった高い食材を使用するために五ギールになってしまうが、間食の方は安い食材を活用し、たっぷりの具でも三ギールで販売できるように工夫されていた。
「スープで野菜を取ってもらおうと思いまして、食材の端の方まで使っています。一杯につき三ギールです」
スープは日替わりで一種類の販売。
冬籠りの時に活躍したマグカップで提供される。
試食会では野菜のスープとホワイトシチューの二種類を用意されていた。
「間食には甘いものもあります。一つ二ギールです」
試食会に用意されたのはスイートポテトパイ、カボチャのパイ、チョコレートパン、甘く煮た豆のパン、レーズンのパン、ハチミツのパンの六種類。
このようなものから日替わりで二種類が販売される。
「季節に応じた食材を活用することで低価格を維持していきたいと思っています。ご質問はありますでしょうか?」
次々と手が挙がった。
「カミーラから順番に聞くことにしましょうか」
リーナが質問する順番を決めた。
「スイートポテトパイについて質問です。これはヴィルスラウン領のスイートポテトを材料にして作られたものでしょうか?」
「そうです」
「スイートポテトは無償のはず。今の価格が二ギールということは、無償でなくなった時は値上げですね? いくらになるのでしょうか?」
「……それは計算係に聞かないとわからないです。原価計算と価格設定をするのは計算係なので」
フィセルは申し訳なさそうに答えた。
「計算係に確認してから答えるということでいいでしょうか?」
「構いません」
「次の方は?」
「一月の新年謁見で多くの貴族が自領の特産品の寄付を申し出たはずです。こちらにある軽食にも使われていますよね?」
ベルが尋ねた。
「はい。使われています」
「貴族が特産品を寄付したのは宣伝したいからです。スイートポテトパイに使われているのはヴィルスラウン領の特産品だけですか? 複数の貴族の特産品が使われている品だと、アピールしにくいですよね?」
「……すみません。それも確認してから答えます」
「私からも質問を。お茶の販売はどうなっているのでしょうか? 説明がありません」
ヘンリエッタが尋ねた。
王宮では官僚食堂で温かいお茶やデザートを買って楽しむことができる。
後宮でも同じようにお茶を楽しめるようにしたらどうかという意見が出ており、要望として出していた。
「お茶の販売は見合わせることになりました。一杯につき五ギール以上になってしまうらしくて」
たった一杯のお茶よりも昼食やパンなどの食品の方が安い。
スープでさえ三ギール。
お茶を常飲するのは身分が高い者や役職者などの上位者で、そういった者はお茶の時間になればお金を払うことなく飲むことができる。
わざわざお金を出してまで飲みたい者が大勢いるとは思えないということになったことが説明された。
「それでもお茶を販売した方がいいでしょうか?」
フィセルはリーナに尋ねた。
「全く利益が出なくていいなら五ギールにできますか?」
「計算係でないとわからないことが多そうなので呼んできます! テーブル席を用意してありますので、そちらで試食していてください!」
「わかりました」
リーナは同行者を連れてテーブル席へ向かい、フィセルは計算係を呼びに向かった。





