1031 クオンの審査
クオンは昼食をとっていた。
午前中の謁見が時間延長になってしまったせいで昼食時間がずれ込み、書類を確認しながらの軽食だ。
どうしてもすぐに判断して欲しいというもの以外は後回し。
サインも最低限。
今、確認しているのは特別な庇護の下、職種体験をさせることにした六名についての報告書だった。
一カ月間、六人は後宮と第一王子騎士団に分かれ、担当教官の指導を受けながら働き、生活して来た。
期待通り、全員が真面目に懸命に働いている。
向上心も高く、自ら積極的に学ぼうとしながら日々を過ごして来た。
それを証明するための資料も提出されている。
後宮や第一王子騎士団と聞けば優秀な人材ばかりが集まっていると思われるが、その仕事は多く細かい。
専門的な技能がなければ難しい仕事もあるが、特別な技能がなくてもできる仕事もある。
働きながら知識と実技を身につけ向上していける者であれば、必ずしも最初から優秀でなければならないわけではない。
真面目に働き続けることができるか、信用できるかどうかを重視した方がいい場合もある。
見直すべきかもしれない……。
クオンは能力主義の王太子府を率いるだけに、優秀な人材を多く集めるのが当たり前だと思っていた。
優秀な人材かどうかを判断するのは官僚試験と面接試験の結果、素性調査書や経歴調査書、推薦状も参考にする。
全員が同じ条件や基準に照らし合わせて判断されるため、公正だと思える。
しかし、その優秀さの多くは学校や試験における優秀さであり、目に見えやすく比較しやすい能力の一部分でしかない。
人の能力や素晴らしさは奥深い。
大勢の中から優秀な者を選ぶ方法のはずが、選別するための条件に合うか、基準を満たすか超えるかどうかだけに特化した者だけを育て、集めてしまっているようにも感じた。
現在の教育制度が悪いわけではないが、完璧でもない。
柔軟性に欠けていること、埋もれてしまっている人材がいるのは確かだ。
エルグラードを統治するためには個性豊かな幅広い能力と人材を活用していきたい。
国の体制によって身分や貧富の差があるからこそ、身分や貧富の格差が人としての格差にならないような工夫や努力をする必要がある。
身分が低い者や貧しい者なら軽視しても切り捨ててもいいというわけではないのだ。
全ての国民には人としての権利がある。
その権利を奪われることなく、一人一人が自分の願う未来や幸せに向かっていけるようエルグラードの統治者として支え、守っていきたい。
クオンが掲げる理想は高い。だが、幻想では終わらせない。
王太子という存在は理想を現実に近づけていくための力があるはずだ。
そして、確認したくもあった。
クオンの気持ち、その考えと行動が正しいのかどうか。
人々の喜びや笑顔、幸せにつながるのかどうかを。
「失礼致します」
待ちわびていた者が来た。
「どうだ?」
自分が審査を受けているわけではないというのに、クオンはやや緊張した。
「男性女性共に上位者審査において合格の基準を満たしていると判断されました。最終審査をお願いしたくご報告に参りました」
クオンは安堵するように息を吐いた。
そうなるように指導しろと命令はしたが、内容の伴わない偽りの合格であってはならない。
審査は厳しく公正に判断するよう厳命もしていた。
「評価はどうだ? ギリギリか?」
「いいえ。こちらをご確認ください。まずは女性達です」
パスカルは担当教官審査と上位者審査の内容と評価が書かれたものをクオンに手渡した。
「大丈夫そうだな」
「はい。三人共に買物部で働き続けたいと強く希望しております」
「リーナの側ではないのか?」
「どこへ配属するかよりも、最終審査に合格するかどうかの方が重要ではないかと」
クオンは女性達について書かれた書類を数枚めくり、男性達の書類へと移った。
「パスカル」
「はい」
「あの三人は実力者なのか?」
パスカルにとって想定内の質問だった。
「はい。一般的には実力者です」
「ならば、もう少し手応えがあっても良いと思うのだが……」
「王太子殿下は実力者以上の実力者です。一般的には達人です」
「最近はまともに運動していない。腕も落ちる一方だろう」
クオンは自身の能力に謙虚だ。
広い世界には多くの強者がいると思っており、自らの双剣術に驕ることはない。
それは素晴らしいことだとパスカルは思うが、破格の強さが少々落ちたところで強いことには変わらない。
「三人と対戦された時、なぜ攻撃されたのでしょうか?」
「防御の構えを取れば威圧になる。仕掛けにくくなると思った」
対戦時間は限られている。
勝利を目指し、勇気を持って前に出て欲しかった。
だが、三人はその場を動くことなく、迎え撃つ選択をした。
途中で止まるわけにもいかず、クオンは攻撃した。
「反撃に合わせて防御に切り替えるつもりだったのだが、その前に一本取ってしまった」
「もっと加減していただきたかったです」
「訓練ではなく審査だ。特別な対価を示している以上、甘くすることはできない」
「では、最終審査は予定通りということで」
クオンは腕時計を見た。
「まだあるな?」
「少しでも時間があるようであれば、執務室に寄っていただければと」
王太子の仕事が尽きることはない。
側近達がいくらでも仕事を用意するのが常だった。
「残るは最終審査だ!」
「どんな審査になるのか」
「正直に言うと、王太子殿下との対戦だけは遠慮したいかも」
上位者審査が終わった三人は王宮で昼食を取りながら待機を命じられていた。
第一王子騎士団で見習い体験ができるのは三人にとって予想外かつ大幸運だったが、あくまでも一カ月限定。
最も入団するのが難しい騎士団だと言われるだけに、審査は相当厳しい内容だろうと思っていた。
だが、いざ審査が始まって見ると、三人の想定よりもはるかに難易度が低く感じられた。
その理由は騎士ではなく従騎士としての入団だからという説明だったが、王宮騎士団の従騎士や騎士との対戦を通じ、意外となんとかなるのではないかという希望が湧いていた。
上位者審査で対戦した第一王子騎士団の騎士には勝てなかったものの、ロビンは引き分けに持ち込むことができた。
ロビンの相手をしたのはユーウェインだけに、一本取られなかっただけでも嬉しかった。
「技能・筆記・面接のどれかだよね?」
「全部かもしれないが」
「全部一回ずつはこなしてはいるよね」
担当教官審査として技能と筆記試験があり、上位者審査として技能と面接試験があった。
「技能は必ずしているし、また技能と何かかな?」
「筆記と面接をすれば各二回ずつになる」
「あれ以上難しい問題が来たら答えられるかどうか……」
「俺が一番ヤバい!」
「そんなことはない。頭のレベルは一緒だ」
「直前まで鍛錬の方を優先していたしね」
ユーウェインの作成した小テストで赤点ばかりだった三人は、自らの知性に期待できないことを自覚していた。
そして、ついに部屋のドアがノックと共に開いた。
「最終審査に行こう。全員一緒だ。大丈夫だよ」
三人を迎えに来たパスカルがにっこりと微笑んだ。
リーナのお兄さんは癒し系!
心強い。
大丈夫だって信じたい……。
三人は気合を入れ直しながら席を立った。
最終審査の場は謁見の間。
上座の中央には豪奢な黄金の椅子に腰かけたクオンがいる。
その両脇には特別な権限を持つ側近、第一王子騎士団の役職者と護衛騎士達。
第一王子騎士団に所属する多くの騎士達も整列していた。
三人のすぐ近くには担当教官であるパスカルとユーウェイン。
まるで、第一王子騎士団の全員に審査されるようだと三人は感じた。
「これより従騎士の最終審査を始める」
宣言をしたのは第一王子騎士団を真に率いているクオンだった。
「すでに担当審査と上位審査の二つを終了した。騎士団長は総評を述べよ」
「申し上げます」
ラインハルトは重々しい口調で口を開いた。
「第一王子騎士団は王太子殿下の盾。入団できる者は選ばれるに値するための理由がなくてはなりません」
第一王子騎士団に従騎士がいたのは新設当初の頃で、現在は一人もいない。
即戦力を求める傾向が強まり、他の組織から有望な者を引き抜く方式に変更されたためだった。
そこで別の騎士団における状況も踏まえながら、王宮騎士団の協力を得て審査を行った。
「ここにいる三名は従騎士審査において合格水準の評価が出ました。ですが、あくまでも旧来の方法かつ全ての技能項目についての評価ではありません」
三人は一般人。
見習い期間は一カ月。
審査を受けるまでの期間があまりにも短く、指導も判断も難しかった。
「今回の審査においては合格としても問題ありません。技能項目の不足から不合格だとしても、期間を考慮すると公正とは言い難くもあります。その場合は公正度を重んじ、体験期間の延長並びに再審査を認めていただきたく進言申し上げます」
クオンは筆頭護衛騎士で側近でもあるクロイゼルを見た。
「クロイゼルはどう思う?」
「近年は騎士学校のカリキュラムが充実し、平民出自の騎士も増加しました。騎士の平均能力は上がりましたが、特出した才能や個性の多様化が伸びません」
第一王子騎士団は入団するチャンスが他の騎士団に比べて圧倒的に少なく、入団審査においても高度な専門技能が求められる。
そのせいで入団審査へ向けた取り組みに重きが置かれ、入団審査で評価されにくいことへの取り組みが消極的だ。
常設騎士団と違って全体数も少ないため、得意技能が騎士において必須とされる三種固定になりやすい。
戦闘技能も武器も時代と共に変化し、日々進化する。
伝統的な騎士やその技術に固執したままでは、時代にも危険にも遅れを取り、任務の遂行を妨げる要因になりかねない。
クロイゼルは単に三人についてだけでなく、第一王子騎士団の将来を案じた意見を述べた。
「そこで、異種技能を考慮した人員を入れるのはどうかと思っておりました。国軍も特殊部隊を設立し、特殊技能や個性を重視したスペシャリストの確保を積極的に行っております」
騎士は兵士や戦士とは違う。
極めて高い忠誠心と志を持ち、主君を絶対的に守る使命を完遂する者でなければならない。
使命を完遂するためであるならば自らの命も投げ打ち、全能力とあらゆる武器を行使する。
それを妨げるような制約は実態にそぐわない。
「この三人は若く異種技能があります。学校教育の訓練だけでは身につけることができない実戦的な能力と感覚もあります。その力を第一王子騎士団に取り入れ、活用してみてはどうかと思います」
パスカルもラインハルトもその通りだと思いながら頷いた。
「団長より進言のありました体験期間の延長についても異存ありません。ですが、懸念すべき点があるのも事実です」
クロイゼルはロビン、デナン、ピックを見つめた。
「王宮はエルグラードで最も守られている場所。ゆえに緊急事態が生じた場合の危険度も極めて高くなります」
王族の命を狙い、極めて狡猾な方法を駆使して侵入を試みる者がいる。
王宮で敵と思われる者に遭遇すれば、それはエルグラードで最も厳重な警備をくぐり抜けて来た証拠だ。
最高クラスの侵入者や暗殺者と考えてもいい。
そのような者に対峙する騎士は、絶対に倒されるわけにはいかない。
騎士の使命は王族とその家族を守ること。
覚悟がない者は騎士に相応しくない。
「第一王子騎士団で真摯に務めるとしても、騎士である必要はありません。職員になる道もあります。だからこそ、三人が騎士を目指す覚悟があるのかどうかを確認したく思います。よろしいでしょうか?」
「確認せよ」
「では、三人に問う。騎士を目指す覚悟のある者は一歩前に出よ」
デナン、ピック、そしてロビンは一歩前に出た。
三人が選択したのは職員ではなく騎士になることだった。
「デナン」
「はい!」
「お前は王太子殿下のために命をかけることができるか?」
「できます!」
デナンは迷わなかった。
最初から答えは決まっている。
どれほど厳しい試練が訪れても、揺るがない自信があった。
「自らの体を盾にしてでも、王太子殿下を守れるか?」
「必ずお守りします!」
「では、尋ねる。お前の目指す騎士、その心とは何だ?」
「不屈です!」
誰もがデナンの答えに頷いた。
第一王子騎士団の騎士に相応しい答えだった。
「ピック」
「はい!」
「お前は王太子殿下のために命をかけることができるか?」
「できます!」
ピックも迷わなかった。
未熟だとわかっていても、諦めたくはない。
騎士になれるのであれば、命をかける意味があると思った。
「自らの体を盾にしてでも、王太子殿下を守れるか?」
「絶対にお守りします!」
「では、尋ねる。お前の目指す騎士、その心とは何だ?」
「全力です!」
ピックの答えもまた第一王子騎士団の騎士に相応しいものだった。
「ロビン」
ついに来た。
その場にいる全員が思った。
クロイゼルがロビンを最後にした理由もわかっている。
ロビンはすでに結婚している。心から愛する妻がいる。
騎士になる覚悟を持ちにくいだろうと思われていた。
「はい」
「お前は王太子殿下のために命をかけることができるか?」
「できます」
ロビンはリリーと話し合い、最後は自分で決めた。
「自らの体を盾にしてでも、王太子殿下を守れるか?」
「お守りします」
「では、尋ねる。お前の目指す騎士、その心とは何だ?」
「向上心です」
「なぜ、そう思った?」
クロイゼルはなおも尋ねた。
「騎士になれたとしても、それで終わりではありません。始まりです」
ロビンは冷静に答えた。
「自分にとって騎士とは何か、どうあるべきかを考えながら正しいものを見つけ、目指すものに近づいていけるよう向上していくことが大切だと教わりました。一生向上心を忘れない者が騎士だと思います」
ロビンの言葉はパスカルと第一王子騎士団の騎士達から教わったことだった。
「その通りだ」
同意したのはクロイゼルだけではない。
全員だ。
ロビンの示した答えは正しい。
第一王子騎士団の騎士に相応しいものだった。
「ロビン、よく言ってくれた」
ラインハルトは感動していた。
実力に関係なく、ロビンは騎士になりたくないだろうと思っていた。
だが、ロビンは覚悟を決め、騎士を目指すことを選んだ。
その答えは騎士になるだけでなく、その後に続く未来、一生を見据えていた。
騎士になることを真剣に考え、自らが正しいと信じる答えを出した証拠だ。
「デナンとピックも同じく。素晴らしい答えばかりだ。お前達を預かって良かった。一カ月間、よく頑張ってくれた。体験者という立場に甘えることなく、騎士と共に特別訓練も乗り越えた。その努力は胸を張り誇れるものだ」
それはラインハルトの本心でもあり、第一王子騎士団長としての本心だ。
「団長の言葉はまさに第一王子騎士団の騎士達の気持ちをあらわしているように思います。ぜひとも、王太子殿下にはこのことをご考慮いただきたく思います」
クロイゼルが目礼した。
確認は終わった。
クオンは謁見の間にいる全員を見渡した。
「第一には優秀な騎士しかいない。一人前の騎士とは言えない従騎士を抱えれば、騎士達の負担が増えるかもしれない。ゆえに、我が盾である騎士全員に問う。お前達はこの三人を従騎士として受け入れる覚悟があるか? 覚悟のある者は敬礼せよ」
騎士達は迷うことなく敬礼した。
第一王子騎士団は第一王子の盾。
その使命を果たすべく、全ての騎士が覚悟をしている。
従騎士もまた同じ使命を果たす者。
三人が第一に相応しい覚悟をしていることも知った。
問われずとも、受け入れる覚悟があった。
「覚悟は十分のようだ。ならば、従騎士としての入団を認める。我が盾に相応しくなるよう育てろ」
「はっ!」
第一王子騎士団の覚悟を示す答えが謁見の間に響き渡った。





