1030 従騎士審査
第一王子騎士団で騎士見習い体験をしてきたロビン・デナン・ピックの三人の審査も始まっていた。
馬術及び敬礼所作の審査は訓練中に終わっており、三十一日における最初の審査は武器の技能審査だった。
騎士の武器は原則的に剣・槍・弓の三種だが、体験期間に弓の指導をする時間がなかったため、弓が得意な武器へと変更された。
相手役を務めるのは王宮騎士団の従騎士と騎士。
剣と槍は従騎士、得意な武器は騎士との対戦を各一回ずつ行う。
使用武器は全て木製。
勝敗はなく、十五分の制限時間が終わるまで騎士らしく戦えばいい。
審判を務めるのは担当教官であるユーウェイン。
パスカルと他の役職者達は対戦を見ながら細かい項目を評価する。
「教官と戦うと思っていたのに!」
「王宮騎士団の従騎士が相手とは……」
「勝敗はないのか」
三人は拍子抜けした。
教官あるいは第一王子騎士団の騎士と対戦して勝つか引き分け、負けるにしても見込みがあると感じさせるような健闘ぶりを見せつける必要があると思っていた。
「騎士としての入団審査ではなく、従騎士としての入団審査だからです」
三人は王太子との対戦で全く歯が立たないことがわかり、騎士用の審査内容から従騎士の審査内容に格下げされたのだ。
本来であれば第一王子騎士団に所属している従騎士と対戦して比較するべきなのだが、現在の第一王子騎士団には従騎士がいない。
エリート中のエリートである第一王子騎士団の騎士であれば、実力差があって当然だ。
そこで従騎士がいる王宮騎士団に協力を依頼し、旧来の従騎士審査を参考にしながら実施されることになった。
「まずは審査というよりも緊張をほぐすためのものかもしれません。ですが、最初が肝心とも言います。気を引き締めなさい」
三人はユーウェインの言う通りだと感じ、改めて気を引き締めた。
「相手が従騎士だからといって甘く見てはいけません。全員、騎士学校を優秀な成績で卒業した者ばかりです。これまでの訓練成果を見せるべく、全力で挑んで来るでしょう」
第一王子騎士団への直接入団はほぼない状態で、一旦は別の騎士団か王宮警備隊に入って経験を積み、引き抜きや補充募集のチャンスを待たなくてはならない。
王宮騎士団の者にとっては第一王子騎士団の役職者に自分の実力をアピールできる絶好の機会。
あわよくば三人の代わりに入団のチャンスが巡って来るかもしれないと考えている者さえいた。
「勝敗は関係ありませんが、制限時間内に何本も取るほど評価も上がります。挑発や卑怯な行為は禁止です。正々堂々戦わなければ不合格になると思いなさい」
「わかりました!」
「頑張ります」
「気を付けます」
「では、剣からです。ピックは位置につきなさい」
「はい!」
ピックはやる気満々の表情で腕をぐるぐると回しながら移動した。
「頑張れ! 挨拶も忘れるな!」
「十五分間だよ! 他の武器もあるし、体力の配分には気を付けて!」
「わかってるって。デナンもロビンも心配性だなあ」
ピックは笑いながら位置についた。
対戦相手の従騎士は緊張した面持ちで対照的だった。
「よろしくお願いします!」
ピックは大きな声で挨拶すると、一礼した。
騎士学校の受験や騎士団への入団試験について書かれた本には、必ず礼儀正しく挨拶してから試験に臨むよう書かれていた。
緊張して挨拶や一礼を忘れただけで大減点。不合格になってしまう可能性が上がるために要注意とも。
「構えなさい」
審判のユーウェインが声をかける。
ピックは基本通りに木刀を構えた。
「始め!」
木刀による対戦が始まった。
「ありがとうございました!」
ピックは笑顔で対戦を終えた。
何本も取るほど評価も上がると言われたため、ピックは開始早々飛び出し、全力で先制攻撃を仕掛けた。
相手は緊張していて動きが硬く、ピックはすぐに一本を取ることができた。
それをきっかけに相手が奮起し、猛攻を仕掛けて来た。
しかし、ピックは落ち着いて相手の動きを見ながら対応し、隙をついてまた一本。
時間ギリギリに追加した一本で合計三本を取った。
騎士学校で習った通りと思われる基本の戦い方を順守する相手だったため、かなり戦いやすかった。
「デナンも頑張れよ!」
「気を引き締めて!」
「大丈夫だ」
続くデナンもピックと同じく先制攻撃を仕掛ける戦法を選んだ。
打ちあいながらも鋭い反撃で一本、その後は連続攻撃で二本取った。
多段攻撃に弱そうだと判断したデナンは揺さぶりをかけながらの連続攻撃を試し、最終的には計五本を奪取した。
「先制攻撃も良い感じじゃん!」
「揺さぶりからの多段攻撃も良かったよ!」
「できる限りのことをしないとだからな」
先制攻撃は何本も取るためではあるが、王太子との対戦に敗れたことで防御力のなさを痛感したからでもあった。
よくよく考えてみると、三人は防御力を鍛えるようなことをしてこなかった。
貧民街で襲われた時は相手を倒すか逃げるかの二択で、助けが来るまで攻撃に耐える選択はない。
第一王子騎士団での訓練も武器の扱い方と攻撃の仕方を教えられたが、防御に徹するような指導は受けていなかった。
その結果、防戦に追い込まれた途端に辛くなり、長く耐えられなかったのだと気づいた。
今の三人が勝利を掴むためには自分が有利な状況に持ち込むことや攻撃することが重要だとユーウェインに指摘され、ヨシュアからも攻撃することが防御にもなると助言された。
ラインハルトの言葉通り、強者との出会いが自身を見直す機会になったのだ。
「ロビン、頑張れよ~!」
「俺以上を期待している」
勝敗は関係ないとはいえ、ピックとデナンの実力は王太子騎士団の従騎士を圧倒していた。
そうなれば、三人の中で最も戦闘能力が高いロビンが何本取れるかを気にしないわけがない。
「武器が一本しかないからな……」
ロビンはため息をつくと、位置についた。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「構えなさい」
ロビンは木刀を構えた。
得意なのは二刀流だけに、武器が一本しかないのは心許無いというのが本音だ。
しかし、常に得意な武器を行使できるとは限らない。
ピックにもデナンにも負けられない! 勝ちに行く!
ロビンも二人と同じく先制攻撃を狙って前に出たが、相手も同じ戦法だった。
「ハッ!」
相手が気合を込めた声を上げ、勢いよく剣を振り上げた。
その動きはユーウェインとの対戦に慣れたロビンから見ると遅かった。
ロビンは両手で中段に構えていた剣を右手だけに持ち変えた。
両手で攻撃する力よりも、片手で攻撃する速さを選択したのだ。
貰った!
まずはわき腹に一本。
相手が痛みに顔を歪めた。
ロビンはすぐさま木刀を左手に持ち変え、相手の剣をはねのけるように振り上げた。
カーン!
高い音を響かせながら木刀が吹っ飛ぶ。
よし! できた!
これはクオンの戦闘術を参考にしたものだった。
ユーウェインとの対戦において、クオンは開始早々の迎撃や咄嗟の防御にも下方からの動きを活用していた。
ロビンはその戦闘術に惚れ惚れし、自身も積極的に下方からの動きを活用していこうと思ったのだ。
「待て!」
審判であるユーウェインが制止した。
武器を失った相手に攻撃を加えるのは騎士らしくない。
ロビンはそれ以上の攻撃をすることなく、後方へ下がると木刀を両手で持って構え直した。
相手は一瞬で脇腹を攻撃されただけでなく、逆側にあったはずの武器を失ったことに驚愕と痛みが混ざり合った表情になっていた。
振り上げた剣が落ちるよりも速い攻撃と防御を兼ねた反撃。
神技としか思えなかった。
「戦えますか?」
両手使いであるロビンの攻撃は片手でも威力が高い。
見ただけでも強打だとわかるほどの攻撃で、騎士服を着用していてもかなりのダメージだったことは想像に難くなかった。
相手の従騎士は真っすぐ立とうとしたが、すぐに顔を歪めた。
「かなりの痛みが……」
「診断のため、試合を中断します」
万が一に備えて待機していた医師が確認した結果、医務室でより詳しく診察することになった。
「すみません……」
ロビンが肩を小さくしながら謝ると、従騎士は痛みに耐えながら微笑んだ。
「気にするな。審査、頑張れよ」
騎士だ……!
怒りでも嫌味でもなく気遣いと励ましの言葉を発した従騎士に、ロビンは騎士らしさを感じずにはいられなかった。
「はい! 一生懸命頑張ります!」
泣きそうな表情でロビンが頭を下げた後、怪我人を乗せた担架が訓練室を出て行く。
誰かが怪我をするかもしれないということは想定内だったが、剣の審査からというのはあまりにも早すぎた。
この次は槍の審査がある。
従騎士は二人しかいない。一人足りなくなってしまう。
「槍の審査はどういたしますか? どちらかの従騎士に二回相手をさせますか?」
パスカルは従騎士の二人を見た。
意気消沈しているどころか、顔色がすこぶる悪い。
相手が予想を完全に上回る強さだったからに他ならない。
「騎士が代理を務めるように」
王宮騎士団の騎士たちの顔色も良くはない。
ロビンの戦い方とその速度を見て、レベルが違うと思っていた。
「もう一度言っておく。勝敗は関係ない。この後のこともあるし、重症にならない程度の攻撃に留めて欲しい。軽く当たっただけでも一本になる」
「本当にすみませんでした!」
ロビンは訓練室にいる全員に向かって何度も頭を下げた。
全然一般人じゃない。
もっと実戦慣れした騎士を呼ばないと駄目じゃないか?
武器が一本でも両利きの長所を活かして来たか。
見た目を裏切る戦闘能力だ。
心の中で呟きながら、役職者たちは審査書類に最高評価を書き込んだ。





