1027 王太子と騎士
いつもありがとうございます!
感想をいただけてとてもとても嬉しいです!
しばらくは返信に時間がかかってしまいそうなのでこちらでお伝えします。
せっかくいただいたのに、本当にすみません。
少しずつ書きますので、よろしくお願い致します!
王太子は仕事中毒で執務三昧。
護身のための武術を習っていたとしても、日々訓練や自己鍛錬を重ねる騎士との差は歴然だ。
自身に勝てば護衛騎士だと言ったのは身分と技能に驕っている証拠。
普通ならそう考える。
しかし、そうではないことをユーウェインはすでに知っていた。
ヨシュアとの対戦を見れば、かなりの使い手であることは一目瞭然。
勝利の対価を示したのは、全力で挑まれても一本を取られるつもりはない。手加減は無用という意志表示だった。
恐らくヨシュアと対戦したのも、自身が弱くも甘くもないことを知らせるためだった。
開始と共に前へ出て先制攻撃を狙う戦法も同じ。
だというのに、三人は事前情報を活かせずに負けた。
担当教官のユーウェインが同じ道をたどるわけにはいかない。
「始め!」
手を抜くわけがない。実力を見せつけてやる!
ユーウェインは全力で攻撃を仕掛けるために走り出した。
目指すのは勝利のみ。
相手の技量も戦法もはかりにくいのであれば、先手で攻め込み自身のペースに持ち込めばいい。
即座に対応できる者でなければ防御は不十分。隙をついて勝利を呼び込める。
クオンと同じ戦法をユーウェインも選択した。
速さには自信がある。必ず先手を取れるとユーウェインは思った。
ところが、クオンは一歩前に出ただけで止まった。
戦法を変えた!
だが、ユーウェインは止まらない。その必要性を感じなかった。
勢いを乗せて攻撃すればいいだけだと判断する。
クオンはユーウェインを見据えながら左右の剣を上方と下方へ構えた。
間合いに入った瞬間にタイミングを合わせ、攻撃を仕掛けるつもりだった。
上と下の二段構え。
両者が激突するまであっという間だった。
下段の攻撃が先。
ユーウェインの予想通りだった。
えぐるような攻撃は強く速い。
むやみに手を出せば勢いに負けて武器を跳ね飛ばされる。
飛び出した勢いを乗せて攻撃できなくなってしまうが、ユーウェインは急ブレーキをかけるのに合わせながら体をわずかに後方にそらせて避けた。
ギリギリの届く範囲の攻撃だからこそ、避けやすくもある。
すぐに上段からの攻撃が襲い掛かって来る。
下方から上に流れた剣もまた戻るように落ちて来る。
三段攻撃!
開始早々驚かされたユーウェインだったが、二撃目と三撃目をしっかり受けると強引に押し込んだ。
この対応はクオンとヨシュアの対戦を見たからこそ。
王太子は押された時に攻撃の手を一瞬だけ止めていた。
恐らく、体勢を崩しながらの攻撃はしない。
試合のみで実戦を経験しない王族だからこそ、無理をしないのだろうと感じた。
それを活かしてヨシュアが攻撃に転じたように、ユーウェインも攻撃を開始した。
必ず勝てる! 速さで負けることはない!
ユーウェインは全速力の連続攻撃を仕掛けるが、クオンは無表情で全ての攻撃を捌き続けた。
完璧な防御。
だが、防御だけでは勝てない。
反撃に転じる隙を与えないという意味において、ユーウェインの作戦は成功していた。
しかし、勝負を決めることもできない。
ユーウェインは叱責を覚悟で、ヨシュアに負けを認めさせた捨て身の戦法を再度試みることにした。
あえて両手のタイミングを揃えた攻撃をすれば、双剣術のセオリーではないために双剣使いは驚く。
揃った攻撃だからこそ一刀で受け、もう一刀の攻撃で決めようともする。
それが普通だ。
だが、そうさせようと誘われているのもわかっている。
ユーウェインが取った行動に対し、どこまで素早く適切に対応できるかで勝負が決まる。
ヨシュアは避けきれないと判断して後方へ跳躍したが、クオンは右手を瞬時にひねりながら下げて角度をつけた。
横から叩きつけるはずの一閃が下から上昇する一閃になり、ユーウェインの突きをはねのけた。
その強烈さにユーウェインの左手が上がって空間が空く。
しまった……!
ここで決める。
クオンは上昇した右手を素早く回転させて攻撃した。
右に続いて右の攻撃だ。
片手剣であれば普通だが、左右の剣を活用する双剣においては選択されにくい。
読みにくい攻撃ほど対応が咄嗟になり、余裕がなくなる。
ユーウェインは身体能力の高さを活かし、後ろにのけぞって避けた。
だが、ユーウェインを通り過ぎるはずの一閃が急激に方向を変えて戻って来る。
ありえない!
ユーウェインの表情が歪んだ。
上半身を立て直す時を狙われているだけに避けられない。
ユーウェインは無意識に反応した右の木刀を当てると同時に力を入れる。
クオンの木刀を押しのけながら一気に状態を戻し、左の木刀を突き出した。
信じられん!
突き出された木刀を避けながらクオンは驚いていた。
会心の反撃から連続攻撃をした。
右、右と続けば相手の注意は左に向く。
それは左の攻撃というよりもクオンの左手ということだ。
右手を戻した左からの攻撃ではない。
振り切る前、急激な方向転換による三撃目は避けられない。
威力は強くないが、当たれば一本だ。
ところが、攻撃は防がれた。
体勢を立て直しながら反撃まで繰り出してきた。
無表情だったクオンの眉間にしわが寄る。
攻撃の主導権をユーウェインが奪い返した。
「取り返した!」
「なんて対戦だ!」
「熱過ぎるーーーー!!!」
息つく間もないほどの戦いに全員の視線が釘付けだった。
すでに二人が相当な実力者であることだけでなく、双剣戦の常識にとらわれることなく臨機応変に戦っていることは明らかだった。
勝ちたい!
ユーウェインは連続攻撃を続けながら作戦を練る。
反撃は決して甘くない。少しでも油断すれば一本になってしまう。
速さで押し続けても駄目ならば、クオンと同じく反撃からの一本を狙うのも悪くないとユーウェインは考えた。
攻撃が単調になったことをクオンは見逃さなかった。
反撃を誘われている。
ならば、自分も誘うまでだった。
「この程度か?」
一言。
だが、効果は抜群だった。
ユーウェインの攻撃の速さと力が増した。
騎士が王太子に負けられるか!
とはいえ、時間が経つほどに体力が削られる。疲労度も増す。
速度重視の連続攻撃をしているのであれば余計に。
さすがのユーウェインも疲れを感じずにはいられない。
間合いを取りたいが、すぐに詰められてしまうこともわかっていた。
攻めきれない……!
無表情で完璧な防御に徹する王太子に隙はない。
それどころか決して崩れない巨大な壁のような存在感だ。
勝負がつくまで対戦するかどうかだけでなく、いつ誰がどんな理由で止めるかもわからない。
勝機が見えないことに、ユーウェインは焦りを感じた。
冷静にならなければならないのはわかっていても、頭と心は別だ。体も。
ユーウェインの攻撃の速度が落ちたと感じたクオンは防御に徹するのをやめ、木刀を出すタイミングを突然速めた。
不味い……!
一瞬にして先手と後手が入れ替わる。
攻撃側がクオン、防御側がユーウェインになった。
クオンはここぞとばかりに連続攻撃を開始した。
傍目には両者共に譲ることなく激しく打ち合っているように見えるが、ユーウェインの動揺は着々と膨らんでいた。
現役の騎士としての実力を見せなければならないというのに、このままでは負けと同じ。
王族を守るためにいる騎士が王太子に負けられるわけもない。
わかってはいるが、攻勢へと転じることができない。
しかも、一撃が重い。
双剣は二本の武器から繰り出される手数の多さを活用した戦い方をする。
それだけに速さを重視し、一撃の重みは他の武器よりも劣りやすいはずだった。
なぜ?
その答えは自然とはじき出された。
両利きなのだ。腕力もある。力の乗せ方が巧みでもある。
強さの理由は思いついても弱点はわからない。
このままでは木刀が折れそうだ……。
重い攻撃を受け続ければ武器にダメージが蓄積される。
ユーウェインの攻撃は速く鋭くても一撃の重みが少ない。
先に木刀が悲鳴を上げるのはどう考えてもユーウェインの方だった。
パスカルと戦った時のように、武器を失うことで負けてしまうかもしれない。
かといって、受ける場所をうまく変えるほどの余裕もない。
たまらずユーウェインは間合いを取ることにした。
クオンは逃がさないとばかりに猛追して来る。
クオンの狙いはユーウェインではなく木刀になっていた。
木刀を落としても亀裂を入れても勝ちになる。
現役の騎士から一本を取るのは難しい。
頭部は危険で狙えない。手を怪我すれば仕事に影響が出る。クオンが長身かつ標準仕様の長さの木刀だけに下の方を狙いにくい。
だからこその判断だ。
状況的にクオンが優勢だった。
このままユーウェインを追い詰めることができそうな雰囲気でもあった。
しかし、突如としてクオンは攻撃を止めると、後ろに下がって距離を取った。
その行動に全員が驚いたが、瞬時に何かあると察した。
「そこまでだ!」
「止めろ!」
元より間合いを取りたかったユーウェインに追撃する気はなく、止める声がかかると同時に構えも解いていた。
「いかがなされましたか?」
「かすったのでしょうか?」
クオンは左手首を見ていた。
速い攻撃が連続していただけに、かすった程度の攻撃はわかりにくい。
武器以外に触れてはいないと思っても、別の問題が生じる可能性はある。
ひねったのか? 手に痛みが?
違和感だけだとしても、執務に差し障りが出れば大問題。
相手は王太子。
対戦用の衣装でもなければ防具もない。
勝負に集中していた時には感じなかった緊張と不安が一気に押し寄せ、ユーウェインの心臓は運動量以上に激しく大きな音を立てていた。
「ベルトが緩んだ」
え?
ベルト?
すぐに正しく理解できる者は少なかった。
「腕時計だ。先に外しておけばよかった」
「時間の方もご確認ください」
パスカルが進言した。
クオンは袖をめくり、外れかかった腕時計で時刻を確認した。
「夕食に遅れそうだ。ここまでにする」
よし!
終わりだ。
クロイゼルとラインハルトは喜ぶ表情になり、アンフェルとタイラーは安堵の息を小さくついた。
「勝負は持ち越しだ。次までに鍛えておけ」
次があるのか……。
正直にそう言える者は一人としていなかった。
ユーウェインの答えも一つしかない。
「はっ!」
リーナを待たせたくないクオンはクロイゼル達を伴いすぐに退出した。
模擬対戦の決着をつけるよりも、愛妻との夕食の方が比べるまでもなく優先だった。





