1026 特別な対戦相手
「整列!」
すぐにユーウェインは号令をかけ、体験者三人は慌てて身だしなみを整えながら横一列に並んだ。
「おお!」
ヨシュアは嬉しそうに叫んだ。
「久しぶりだな! 弟達よ!」
その場にいる多くの者がギョッとした。
ヨシュアに血縁上の弟はいない。
そのことを知っていれば、弟弟子のことを指しているとわかる。
ヨシュアはすぐに水のボトルを置くと、入室して来たばかりの一団に近づいた。
パスカルが盾になるべく前へ出ると、ヨシュアは勢いよくパスカルに抱き付いた。
「会えるかどうかわからないと聞いていたのだが、元気そうだな?」
パスカルの頭をガシガシと乱すように撫でながら、ヨシュアはクオンに話しかけた。
「元気でなければ困る。ヨシュアは相変わらずのようだ」
「俺は元気だけが取り柄だからな! 今日は双剣の講師として来ている。兄弟子として話してもいいか?」
ヨシュアは許可を取ろうとするが、すでにヨシュアの態度は自身よりも高位の者に対するものではなく、弟弟子に話しかける兄弟子そのものだった。
「訓練場内であれば許すが、ラインハルトが来たら注意しろ」
「承知」
「四人はどうだ?」
四人?
ユーウェインは平静を装いながらも驚いていた。
ヨシュアが来たのは体験者三人への双剣指導をするためで、自分との対戦も手本を見せる一環だと思っていた。
少なくともラインハルトからは双剣の臨時講師が来るため、訓練させておけとしか言われていない。
「俺の近況について聞いてくれないのか?」
「双剣の講師として来たはずだ。優先しろ」
「ユーウェインとロビンは問題なさそうではある」
ヨシュアはすぐに双剣術の講師として答えた。
「だが、残りの二人は止めた方がいい。ピックは小柄で体力が少ない。デナンは利き手を使い過ぎる。二人は別の武器を訓練した方がいいだろう」
双剣は両手に武器を持つことから、両利きの方がいい。
幼少より訓練をしていないと利き手とそうではない方の差が大きくなってしまい、双剣を十分に活用することができない。
そして、両腕を激しく動かすからこそ腕力も体力も必要になる。
小柄な体格は機動性を高めやすくはあるが、攻撃範囲が狭くなる。
双剣に限らず武術全般において不利になりやすい要素だった。
「年齢的にも遅すぎる。ロビンは両手短剣が得意だけに転向しやすいが、今よりも強くなれるかどうかは別だ」
両手短剣の技能を双剣に転向させようというのはわかるが、ロビン自身が望んだことではない。
たしなみの一つとする程度であればともかく、胸を張れるほどの技能になるためには期間がかかりそうだとヨシュアは感じた。
「せっかくだ。一戦やらないか?」
ヨシュアがそう言うのは想定内。
真っ先にクロイゼルが反応した。
「気分が高揚しているのはわかるが、少しは控えたらどうだ?」
「木刀でちょっとだけならいいだろう? 絶対に怪我はさせないようにする」
ヨシュアの言葉は挑発と同じだ。
王太子という身分のせいで対戦に手を抜かれることをクオンは嫌がる。
効果があるのを知っているだけに、クロイゼルは心の中で舌打ちした。
案の定、クオンは不機嫌そうに眉をしかめた。
「わざとらしい。だが、相手をしてやろう」
「申し上げます。ヨシュアは騎士服ではありません。またの機会にされては?」
「せっかくの機会だ。先延ばしにはしない」
クオンとヨシュアが対戦することになった。
ヨシュアを知る者にとっては自然かつ避けるのが難しい成り行きだったが、ヨシュアを知らない者にとっては驚くべき展開だった。
「デナン」
ピックは囁くように呼んだ。
「何だ?」
デナンもまた囁き声で答える。
「あれって……リーナの旦那さんだよな?」
「リーナ様だ。敬称をつけないと無礼になるぞ?」
「そうだった」
「ロビン」
「何?」
「あの方はリーナ様の御夫君だと思うのだが間違いないか?」
「たぶん」
貴族。かなり高位の。
三人の認識ではそうだった。
だが、目の前にいるのはヨシュアを相手に猛攻を仕掛ける双剣使い。
ヨシュアは自ら対戦を提案したにもかかわらず、防戦に追い込まれていた。
「俺にも攻撃させてくれよ!」
「二本入れてやる!」
「マジで怒らせたか?」
ヨシュアはクオンの攻撃をしっかりと受け止めると力を込めて強く押した。
押されたクオンの体勢が後ろ下がった瞬間、攻撃が止まる。
その一瞬をついてヨシュアが反撃に転じた。
「凄い!」
「一瞬でチャンスを作った!」
「やばっ! 旦那さん、頑張れっ!」
二人の対戦に熱中したロビン、デナン、ピックは思わず叫んだ。
ヨシュアの猛攻が続くが、クオンは無表情で攻撃をさばき続ける。
攻撃だけでなく防御においても優れていることが明らかだ。
「見応えはあるのだが、再会した途端これでは困る」
クロイゼルは対戦から目を離すことなく呟いた。
「パスカルも対戦したいのではないか?」
「言葉を返しても?」
「機会があればとは思うが、今ではない」
「そろそろ不味い気がする」
アンフェルが呟いた。
その予感は当たる。
新たに入室して来た者達は対戦を見た途端、憤怒の形相になった。
「すぐに武器を収めろ!」
「ヨシュア! わきまえろ!」
ラインハルトとタイラーの二人だった。
すぐにヨシュアは後ろへ下がり、木刀をおさめた。
クオンも追撃はしない。
「今日の相手は体験者だろう!」
「講師がそんなことでどうする!」
ラインハルトとタイラーの叱責にヨシュアは懐かしさを感じながら深々と頭を下げた。
「大変申し訳ありません」
「整列!」
ラインハルトが号令をかけると、護衛騎士を含めた第一王子騎士団の者全員が整列した。
ヨシュアも同じく列に揃えて並ぶ。
「これから模擬試合を行う。体験者は最も得意な武器で挑むように。準備しろ!」
「はっ!」
三人はすぐに得意とする木製武器を用意した。
パスカルが模擬試合についての説明をする。
「模擬試合は一人につき十五分まで。一本先取で勝ちとします。体験者が勝った場合、第一王子騎士団の騎士採用の内定が貰えます」
「採用!」
「騎士?」
「従騎士ではなく?」
三人は驚愕した。
「そうです。騎士団の人事権を持つ方が直接実力を確かめてくださることになりました。入団と同時に騎士になれるチャンスですので、全力で挑んで下さい。但し、飛び道具や体術は禁止。自身の得意とする武器のみの行使に限定します」
パスカルはクオンの方を向いた。
「どの者からに致しましょうか?」
「デナンからにする」
三人と対戦するのはクオンだった。
リーナがヴェリオール大公妃であることを教えれば、夫が王太子であることもわかってしまう。
その前にクオンは騎士団の人事権を持つ者として、三人と対戦することにしたのだった。
約二十分後。
「あまりにも不甲斐ない! 一人十五分だというのに、三人合わせてこれほど早く終わるとはどういうことだ!」
ラインハルトに叱責された三人は必死に歯を食いしばり、拳を握りしめた。
得意な武器を選択したにもかかわらず、あっさり負けた。
疲れていたということは理由にならない。
どのような状況においても騎士は自らの任務を完遂しなければならない。疲労や体調不良によって護衛対象を守れなかったでは済まされないのと同じだ。
負けた理由もわかっていた。防御力の低さだ。
これまでの模擬試合では様子見から始まることが多く、開始早々猛攻を仕掛けてくる者はいなかった。
三人に全力を尽くすように言ったからこそ、クオンもまた全力を出した。
開始の合図と共に自ら間合いを詰め、双剣で容赦なく攻撃したのだ。
三人は激しい攻撃に耐えきれず、早々に一本取られてしまった。
大チャンスが与えられたというのに、一瞬で失われてしまった。
三人自身、これほどあっさり負けるとは思っていなかったのもあり、込み上げる悔しさは到底言葉にできない。
「さすがにこのままでは第一の名誉にかかわる」
ラインハルトの視線がユーウェインへ移り、次にパスカルへと移った。
「パスカル、担当として責任を取れ。対戦相手を務めるのだ」
「ユーウェインも担当教官です。実力を示す機会をいただけないでしょうか? ヴェリオール大公妃付きになりましたが出向のままです」
パスカルはユーウェインの実力を王太子直々に判断して貰えるチャンスだと思った。
「得意な武器は何だ?」
「片手剣と短剣の二刀流です」
「双剣も扱えると聞いております」
ユーウェインの答えにパスカルが付け加えた。
「ヨシュア、お前は対戦したのだろう? 強さの目安を言え」
「双剣だけしか知らないが、パスカルと戦えそうだった」
「パスカルとユーウェインで対戦しろ」
ラインハルトがすかさず変更しようとする。
だが、
「いや、私が実力を見る」
クオンはユーウェインの方に顔を向けた。
「使用する武器を選べ。私から一本取ったら護衛騎士だ」
勝利の対価が跳ね上がった。
周囲は驚きを隠せなかったが、ユーウェインは表情を変えなかった。
喜べない。それがユーウェインの本音ゆえに。
とはいえ、本心を言えるわけもなければ、悟られるわけにもいかなかった。
「光栄です。では、双剣を選択します」
クオンの武器は双剣。
片方を短剣にすれば攻撃距離の短さから不利になり兼ねない。
得意な武器を指定されなかったのはそのせいだとユーウェインは思った。
「手を抜くな。全力で来い」
対戦する二人が位置について構えた。





