1023 王立装飾家具工房
王立装飾家具工房に到着した王太子夫妻一行を、工房の職員及び職人は勢揃いで出迎えた。
「王太子殿下、ヴェリオール大公妃にお越し頂けましたこと、誠に光栄でございます。王立装飾家具工房一同、心より歓迎申し上げます」
まずは豪華な家具で飾り付けられた応接間に通され、王立装飾家具工房についての説明が始まった。
王立装飾家具工房はエルグラードにおける最高の家具工房と言われており、極めて高い技術を持つ職人だけが在籍できる。
職人達は日々自らの技能を活かしながら最高級の家具の制作や修繕を行っているが、王家や国からの依頼には家具以外のものも多数含まれている。
新離宮の室内装飾やパーケットフローリング、王立歌劇場関連の品、王太子の婚姻や聖夜の催しに使用された飾り付けも全てここで制作しているものだった。
「現在も王太子殿下とヴェリオール大公妃のために制作しているものがございますので、ぜひご覧いただきたく思います」
リーナはクオンと共に現在制作中の品を確認しに行くことになったが、買物部の用件があるパスカルやカミーラ達は別行動になった。
「こちらの部屋に木材の見本とカタログをご用意しております。買物部の方々には先にご説明を致しました」
リリー、ハイジ、ジゼの三人は到着後から別行動をしており、王太子夫妻が応接間で説明を受けている間に別の部屋に案内され、先にカタログや実物の板材を確認していた。
「気に入った材料はあったかな?」
「これほど多くの種類があるとは思わなくて……」
「色合いが微妙に違うものが多すぎます」
「一番安いのでいいというか」
木箱の材料が欲しいといった三人だったが、あまりにも多種多様な木材があることがわかり、選ぶのが難しいと感じていた。
「ここにはエルグラード中から集められた木材があるからね。まずは色で見てみるのはどうかな? 白や黄色、茶色、こげ茶とかね」
確かに色であれば大まかに分けやすくはある。
だが、三人はどのような色でもいいと思っていることを伝えた。
「ごく普通の板でいいというか……」
「高級品じゃなくてもいいと思います」
「安いのが一番!」
「なるほど。ところで、試作品は?」
パスカルは先に頼んでおいたものを見せた方が良さそうだと感じた。
「ございます」
「先に確認できるかな?」
「かしこまりました」
パスカル達は続き間へ案内された。
「こちらが設計図をいただいた収納です」
パスカルが特注したのは三段式のチェストと付属品の木箱だった。
「箱を積むというアイディアを聞いた時、チェストの天板に付属品の木箱を置き商品を入れて売ればいいと思った。貴族は身分に相応しい行動や礼儀作法を重視する。そのせいで低い姿勢をしたがらないからね」
貴族は平民とは違う感覚や礼儀作法がある。
低い位置にあるものを取るために体を折り曲げたりかがんだりするのはごく普通のことのように思えるが、貴族にとっては無作法になりかねない。
そのせいで買物部の販売方法に対してよく思わない可能性がある。
「買物部は貴族も利用するだろうから、低い位置に商品を置かない方がいいと思う。仕事でなく客として来る時にはかがみたくない者もいるはずだ」
「侍従が明らかに不満そうにしていたのは、そのせいかもしれません」
「よくよく考えたら、足元にある箱から商品を取って買うようなお店に行ったことはないかも……」
カミーラとベルは高位の令嬢だけに、パスカルの指摘した点が重要であることを理解できた。
かがむという行動は貴族にとって好ましいものではない。避けたがるのが普通だ。
高位の者は落としたものを自らかがんで取ろうとはしない。自分より身分の低い者や召使いに取らせるのが正しいとされている。
その感覚を平民は共有できず、理解しにくいだろうと思った。
「買物部は後宮全ての人々のためにある。平民も貴族も関係なく安心して利用できる方がいい。箱を利用するのは良い方法だと思うけれど、利用者がかがむことなく買物できるような販売方法にしよう」
「わかりました」
「そうですね。考えが足りませんでした」
「貴族って大変だね。簡単にかがむことができないなんて!」
「このチェストは高さを調整しながら商品の補充を素早く効率良くできるようになっている」
引き出しは木箱と同じサイズになっており、手前に引いて完全に取り出すことができる。
天板の上の箱が空になったら、商品の入った引き出しとまるごと交換してしまえばいい。
すぐに商品を補充できるだけでなく、空箱の置き場所にも困らない。
「商品を入れると重くなるだろうから、箱のサイズはあまり大きくしていない。よほど重いものを入れない限り、女性一人でも交換できると思う」
「このチェストがあればバッチリだね!」
満面の笑みでジゼが叫んだ。
「シンプルなのに機能的だし、木目がとっても綺麗ね!」
「自然な色合いが素材そのものの素晴らしさと上質さを感じさせます」
ベルとカミーラもチェストを絶賛した。
「こちらのチェストは木目を活かしたナチュラルテイストで仕上げております。装飾的な箱や置物もご用意しておりますのでぜひご覧下さい」
家具や箱をシンプルにするとスッキリするが、寂しい印象や物足りない感じになってしまうこともある。
そこでパスカルは自然をモチーフにした飾りになりそうなものも用意するよう指示していた。
「とっても可愛いわ!」
ベルは木彫りのウサギやリスを見て喜んだ。
「これを飾ったら可愛らしい雰囲気になりそうね! お花の置物も素敵!」
「陶器と違って素朴な印象が特徴でございます。落としても壊れにくい利点もございます」
「素晴らしい細工箱です」
カミーラの目に留まったのは繊細な模様が刻まれた小物入れだった。
「個人的に欲しいほどですが、こちらは全て王族用や宮殿用なのですか?」
「正式な手続きを取れば、貴族でも王立装飾家具工房に注文できます」
但し、王族用や王宮等の公的な場所で使用されるものの制作が優先されるため、納品までにかなりの日数がかかる。
また、全てが高品質の材料かつ特別な職人の製作品ということから、一般的に流通している品よりも高額になってしまうことが説明された。
「キルヒウス様、このような箱をこちらで注文することは可能でしょうか?」
「ここに来たのは仕事だ。個人的なものを見にきたわけではない」
カミーラはため息をついた。
「申し訳ありません。あまりにも素晴らしいので、思わず魅入ってしまいました」
「ベルは木彫りの動物が欲しいの? ここで制作されたものでなくてもよければ、すぐに手配するよ?」
「気にしないで。買う気はないから」
「精巧な馬やクマの木彫りなら実家にあった気がする」
「絶対にいらないから。勝手に手配して部屋に持ち込まないでね?」
二組のカップルが装飾や小物類を確認している間、体験者の三人は試作品のチェストを確認していた。
実際に引き出しを取り出し、上にある箱と入れ替えて見る。
これなら箱を取り換える作業が楽になると思ったものの、取っ手の部分が気になった。
「この金具は何度も引っ張ることになるけれど、大丈夫かしら?」
最初はしっかり止められていても、使っている内に壊れてしまうのではないかとリリーは懸念した。
「手が入るようにくりぬいた方がいいかも?」
「片手だと重いかもしれないから、両手で引き出せる感じにしたいわ」
「すぐにできるかな?」
パスカルは職員に尋ねた。
「職人を呼びますので少々お待ち下さい」
「実は背の高い棚も欲しくて……下の方は箱を置けるようなスペースにしたいというか」
「下に置く箱には車輪を付けて欲しいです。そうすれば移動も出し入れもしやすくなります」
「それはいいね。簡単でいいから紙に書いて欲しい。メモはあるかな?」
「実は大まかに書いてみたものが……」
リリーとハイジはポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「あまりうまくはないのですが、絵で見て貰った方が伝わりやすいかもしれないと思って」
「文具は細かい物が多いので、トレーも欲しいです」
「色はさっきのチェストと同じにしたら?」
三人はあったら良さそうなものについて説明した。
「シンプルな椅子もできれば……」
「ナチュラル系の家具で揃えた方が良さそうよね」
「椅子でいいのかな? それともスツールにしようか? 両方でもいいよ」
「じゃあ、両方で!」
「立て看板も作って欲しいです」
作業にあたる職人と打ち合わせをした結果、希望する品を制作すること自体には問題はなく、できるだけ早く買物部へ納品するということになった。
「来て良かったね!」
「そうね。これで安心だわ」
「買物部の皆に報告しないと」
三人は買物部の代表として来た責任を果たしたと感じてホッとした。
「この後は二択になる。王太子夫妻の予定に同行するか、先に戻るかだ」
ピタリと三人が固まった。
「同行すると……会うのでしょうか?」
リーナのことだった。
「そうなるね。その時は礼儀正しく侍女として振る舞って欲しい」
黙り込む三人の表情にはまたしても不安と緊張が浮かんでいた。
「無理はしなくていいよ。明日も仕事があるからね」
「どうする?」
ジゼは自分では決められないと感じ、ハイジとリリーを見た。
「大変申し訳ないのですが、先に帰りたいです。買物部にどのようなものを発注したのか説明する書類を作りたいので」
ハイジは答えを出した。
「そうね。ただ、発注するだけじゃ駄目よね」
「課題もまだだし」
ジゼがそう言うと、リリーとハイジはため息をついた。
審査日が近くなるにつれ、メリーネからの課題が増えていた。
今日が締め切りの課題もあるが、まだ終わっていなかった。
「私達がいるとむしろ足手纏いになりそうですので……」
「わかった。じゃあ、シャペルが連れ帰ってくれるかな?」
「了解。ベルも一緒でいいのかな?」
「側近補佐の用件は買物部のことだけだ。王太子夫妻に同行する必要はない。侍女長に任せておけばいいよ」
「私も戻る」
キルヒウスが言った。
「構わないか?」
「大丈夫です」
「先に行け」
「ではこれで」
パスカルは王太子夫妻の所へ向かうために部屋を出て行った。
「王太子殿下の側にいなくてよろしいのですか? レーベルオード子爵は指揮のために離れることもあるのでは?」
カミーラは自分のせいで夫が早く帰ることにしたのではないかと感じ、確認せずにはいられなかった。
「クロイゼルがいる。訓練だけにどのようなことでもパスカルが判断しなければならない。私が側にいたところで見ているだけに過ぎない」
「そうですか」
「仕事は終わりだ。ところで、本当に細工箱が欲しいのか? 買い取ることができそうな品であれば、許可を貰うが?」
カミーラの表情が一気に明るくなった。
「よろしいのですか?」
「正直に言うと、価格による。ここの品は天井知らずだ。まずは一つ選べ」
「すぐに持ってまいります!」
「一緒に見に行く」
嬉しさを抑えきれない表情のカミーラも、それを優しく見つめるキルヒウスも普段の冷静な様子とは打って変わって別人だ。
今のカミーラは普通に恋する女性って感じ……。
ベルが苦笑していると、シャペルが声をかけた。
「ベルも何か選んでくれないかな? 王立装飾家具工房の品を手に入れるのは難しいから、お土産にしよう」
「気を遣わなくていいのよ。かなり高そうだし」
天井知らずと聞いたベルは遠慮した。
「カミーラはきっと買って貰えるよ。ベルも一緒に買っておけば、二人揃って思い出話ができるじゃないか。たまには僕にも恋人らしいことをさせてくれないかな?」
ベルは小さく息をつくと微笑んだ。
「わかったわ。だったらシャペルも一緒に選んでくれる? そうすれば二人で選んだ思い出の品になるでしょう?」
「勿論だよ!」
「ちなみに私は目利きじゃないの。だから、できるだけ安そうなのを選んでね?」
「普通は一番高そうなのを選ぶよう言わない?」
シャペルにエスコートされたベルが品物を見に行く。
まさに夫婦。恋人。そして、デート中。
リリー、ハイジ、ジゼはその様子に憧れを感じずにはいられなかった。





