1020 合格を願って
すみません。
気が付いたら0時過ぎていました……(汗)
三週間の体験期間が終わり、担当教官達で適性のある職種を一つ決めた時のことをヘンリエッタは説明することにした。
ヘンリエッタとマーサは召使いの追加体験をすべきだと思った。
侍女の仕事ができないということではなく、審査に合格する可能性が高い職種を優先するという判断だった。
だが、メリーネは反対した。
「どう考えても三人は買物部に適しています。正式に採用されるだけでなく、役職者に抜擢される可能性もあります」
ヘンリエッタとマーサは飛躍し過ぎだと感じた。
「一週間しかありません。さすがに役職者への抜擢はないのでは?」
「メリーネが優秀なことは知っています。三人も必死に励んでいます。ですが、一週間の追加で合格するために必要な技能を身につけることができるのですか?」
「三人の技能は未熟です。ですが、それは別の職種でも同じこと。たった一週間で完璧な技能が身につくわけがありません」
「だからこそ、残りの一週間で少しでも多くの技能を身につけるのでは?」
「後宮の召使いは平民ばかりです。技能も身につけやすいのでは?」
ヘンリエッタとマーサは遠慮なく自身の意見を口にした。
「私の見立てでは、技能面ではともかくとして、三人は審査に合格するために必要なものを持っています」
「販売業の経験があることでは?」
マーサは思い切って直接メリーネに尋ねた。
「王太子殿下は三種類の職種を体験させることにしました。だというのに、メリーネ様は書類上の判断を優先しているように思います。判断材料は体験期間の内容を重視すべきでは?」
「私もそのような気がしていました。メリーネ、どうか私達を信頼して下さい。本心を教えてくれませんか?」
ヘンリエッタはまっすぐにメリーネを見つめた。
「体験期間の内容で判断しているのですか? 本当に合格させる気で三人の面倒を見ているのですか? 何か別の狙いがあるのですか?」
王太子がせっかくリーナの味方になりそうな者を取り立てようとしているのに、それを邪魔するようなことをされては困るとヘンリエッタは思っていた。
だが、メリーネが秘書室長として自分達の知らない事情を知っており、密命を受けている可能性もある。
メリーネは強い視線でヘンリエッタを見つめ返した。
「あくまでも個人的な意見ですが、あの三人は合格ありきです」
必ず合格するよう厳しく指導するようにとは言われている。
だが、普通に考えれば無理難題だ。
そして、
「単に就職するだけなら、側近に口添えさせて民間に就職させれば簡単なはず。だというのに後宮に連れて来ました。不採用になれば後宮の情報が外部に漏れてしまいます。それでもいいと? おかしいではありませんか」
それはヘンリエッタもマーサも考えた。
後宮は守秘義務が厳しい。
体験中に後宮の内部事情を知られてしまうことを考えると、採用するかどうかわからない一般人に職種体験をさせるべきではない。
その点に着目すると、合格ありきというのはおかしくない。
体験者だけでなく担当教官にも教えていない何かがありそうだと感じていた。
「三人は平民の孤児。貧民街で生活していただけでなく失業中。そのような者が後宮に来てどう思うのかなど手に取るようにわかります。このチャンスを決して逃さない。必ず審査に合格する。それしかない。違いますか?」
「違いません」
「その通りでしょう」
だからこそ、三人はとにかく必死で頑張っている。
「人は追い込まれると驚くべき力を発揮します。普通は危機的状況に追い込まれることを考えますが、人生最大の好機に追い込み、本心からの努力を引き出そうとしているのかもしれません」
ヘンリエッタとマーサは目を見張った。
「大幸運が訪れたことに慢心する者は不合格。全力で努力する者は合格。勝手な想像ではありますが、そのような審査ではないかと感じました。だとしても、なぜすぐに買物部へ入れないのかという部分がわかりません」
買物部は丁度新設したばかり。平民も貴族もいる。三人が入ってもおかしくない。
異動したばかりの者と一緒に働けば、早く馴染むことができる。
必要な能力を身につけることができるとメリーネは思った。
この件は担当側近であるパスカルに確認した。
調査書を見た段階でわかりきったこと。なぜ、わざわざ三種類の職種を体験させるのかと。
すると、
「すぐに買物部へ入れるのは無駄だよ」
最初の一週間のほとんどは引っ越し作業。何も学べないばかりか疲れるだけ。
実務に入ったとしても、三人の能力を活かせる状況ではない。
むしろ、後宮も礼儀作法も知らない平民の三人が口出しすれば、生意気だと思われ反感を買ってしまう。
身分や階級、年功序列の意識が強い後宮はそうなりやすい。
だからこそ、買物部には入れない。
三人が最初に学ぶべきは自分達の知らない世界だ。
「順番に学ばせることが最も適切かつ効率的だ」
掃除部長は後宮に来たばかりの平民をどのように指導すればいいのか知っている。
真珠の間付き室長は必ず礼儀作法を教える。
「秘書室長が教えることは何かな?」
「管理・事務業です」
「そうだ。基本的なことだけでなく、買物部に関係することも教えて欲しい」
メリーネは基本中の基本である日誌や報告書の書き方を三人に教えた。
その後は帳簿のつけ方や在庫管理に必要な表や資料の作成方法を教えた。
すぐに覚えなくてもいい。メリーネが見本を作って渡す。参考書も渡した。
それを見ながら同じように作れば、それなりのものができる。
三人が作成した書類を技能が身についている客観的な証拠として揃え、上位者審査や最終審査用に提出するつもりだった。
「ですが、ただの合格では不十分だと私は思いました。採用されてもリーナ様の近くにいることができるとは限らないからです」
リーナは婚姻して側妃になったばかり。
大勢の人々に王太子の妻に相応しい女性かどうかを見られているといっても過言ではない。
そのような重要な時期に、足を引っ張るような者を側に置くわけにはいかない。
だが、能力がある者、可能性のある者であれば違う。
それを周囲が認めなくてはならない。
「これこそ無理難題ではないかと感じました。短期間で功績になるようなことはないかと考えましたが、良い案が浮かびません。ですが、三人は自力で道を切り開いていました」
「自力?」
「どういうことですか?」
「掃除部は三人を必要としていますか? 信頼されていますか? 一緒に働こうと思う者が大勢いますか?」
マーサは困惑した。
掃除部には多くの人員がいる。どうしても三人が必要なわけではない。
一緒に働くことは問題ないが、信用はこれから築いていく段階だ。今の時点で十分にあるとは言えない。
「真珠の間はどうですか? 三人を受け入れることはできるでしょう。ですが、部屋付きの侍女としてやっていくのは難しいと思っているのでは? 後宮の侍女は全員が貴族出自。平民出自というだけで合わせにくいはずです」
ヘンリエッタも答えに困った。
「買物部は三人を必要としています。信頼しています。一緒に働こうと思っている者ばかりです。三人の居場所は買物部に決まっています」
メリーネは管理と事務の能力については辛い評価だったが、別の部分に着目していた。
懸命に努力すること。諦めないこと。
そして、誰かに必要とされ、信頼されること。
それもまた重要な能力の一つだと考え、高く評価していた。
「このことを審査で考慮しないわけがありません。よほどのことがない限り合格します。だからこそ、私が指導します。買物部で働くことを見据え、管理・事務業に力を入れながら、より厚い信頼を築いていくべきです。違いますか?」
メリーネは本心を明かした。
だからこそ、ヘンリエッタとマーサも決めた。
追加体験は買物部。担当教官はメリーネだ。
「メリーネを信じてお任せ下さい。私もマーサもメリーネを信じ、担当教官としてサポートしています。カミーラ様とベル様、買物部の全員が三人の合格を願い応援しています」
「とても心強いです!」
リーナは瞳を潤ませた。
三人が買物部に受け入れられていることを担当教官達が把握し、評価してくれていることが嬉しかった。
「クオン様はきっと考慮してくれます。三人の努力も、担当教官の指導も、皆が応援していることも。私からもしっかり伝えます!」
良かった……。
心の中でヘンリエッタは安堵の息をついた。
三人が合格するためには、リーナが三人を信じて応援してくれることが極めて重要だった。
とはいえ、ヘンリエッタは知っている。メリーネもマーサも。
不合格になる可能性はゼロではない。
なぜなら、三人は最大の試練を受けていない。
それは、リーナの身分を知ることだ。
三人がヴェリオール大公妃になったリーナの側にいたくないと思うのであれば、技能や適性等の理由によって不合格にする。
それが王太子の考えであり、リーナの心を傷つけないようにするための配慮ではないのか。
担当教官の三人が本心を打ち明けて話し合い、辿り着いた結論だった。





