1015 夜中のシャペル
夜中。
シャペルはベルの部屋に戻った。
時間的にベルが寝ていることを見越し、起こさないようそっとドアを開ける。
部屋の中は薄暗いが、新月でなければ窓から光が入って来る。
冬用の厚い生地で作られたカーテンがあるのだが、シャペルが帰って来た時に部屋の中が見やすくなるようベルは絶対にカーテンを閉めない。
代わりにシャペルが購入した天蓋ベッドのカーテンを閉めている。
男女が一緒の部屋だと着替えに困る時があるということで、カーテンをつけることができる天蓋ベッドに買い替えたのだ。
カーテンを閉めればベッドの上で着替えができる。冬の寒さ避けにも丁度いい。台座には収納用の引き出しがある特注品だ。
「ただいま、ベル」
一応は不審者でないことを伝えるため、シャペルは声をかけた。
返事はない。寝ている証拠だ。
わかってはいるが、寂しくもある。
シャペルは小さくため息をついた後、バスルームに向かった。
疲れているためすぐに寝てしまいたかったが、ベルに不潔だと思われたくない。
手早くシャワーを浴びると、足のはみ出ないソファと入れ替えた二段ベッドのはしごをのぼった。
一段目はシャペルの荷物を置く場所になっている。
部屋の中に二人分の荷物を置かなければならないため、シャペルのスペースを横ではなく縦に増やすことになった。
ベルがベッドの下に置けばいいと言ったため、シャペルは二段ベッドを部屋に入れた。
その方がベッド下のスペースが多くなると考えた。
この件は王太子や第二王子の側近間で知れ渡っており、大金持ちのくせに恋人の部屋にある二段ベッドで暮らすことを自ら選択した不憫な男と思われていた。
「ん?」
枕の上に手紙があった。
シャペルは手紙を手に取るが、暗くて読みにくい。
カーテンを閉めていないことに気づき、窓辺によると月明りを利用して読んだ。
「材料……」
買物部の店内に置く木箱を沢山作るための材料が欲しい。リーナの許可は貰っているため、取り寄せて欲しいということが書かれていた。
どのような箱を作る気なのかも絵があり、細かい説明が書かれている。
頑張っている。ベルも。
シャペルは力になりたいと思った。
だが、さすがのシャペルも木箱の材料というだけでは難しい。
あまりにも多種多様で選定しにくい。材料だと持ち込み検査も厳しい。
工具が必要にもなる。刃物ではなくても危険物扱いだ。
完成品では駄目なのかと聞きたいが、ベルは寝ている。
確認というか……寝顔だけでも見たい。
シャペルはそう思い、ベルが寝ている天蓋ベッドのカーテンをそっと開けた。
「目が覚めてない? 手紙のことで確認したいことが」
シャペルの表情に浮かんだのは驚き。
ベルは一人で寝ていなかった。カミーラが一緒だ。
なぜここに?
疑問に思った。
次に湧きあがるのは嫌悪と嫉妬。怒り。
まだ一緒に使えないが、シャペルの中では自分とベルのベッドだった。
ベルが許してくれるまではベル一人で使えばいいと思っていた。
自分ではない他の誰かがこのベッドを使う可能性を全く考えていなかった。
カミーラには自分の部屋がある。すぐ隣だ。
ベルの部屋にカミーラが泊まるわけがないとシャペルは思い込んでいたが、実際は違うことがわかった。
……それだけ姉妹の仲が良いってことじゃないか。
シャペルは自分を納得させようとした。
二人は社交界でも評判の姉妹。
知的美人の姉カミーラ、健康美人の妹ベル。
優秀なカミーラと常に比較されてきたベルは自分に自信がない。ダンス以外はカミーラに敵わない。優秀でもなければ社交も上手くない。異性にも人気がないと思い込んでいる。
だが、それは間違いだ。ベルは標準以上という意味で優秀であり、男性にも人気がある。
活き活きと笑顔で踊る姿に魅了されている男性は多い。プロポーションも抜群だ。
但し、声をかけたくても敵に回したくない兄と姉に守られている。近づきにくさも抜群だった。
シャペルがベルと交際宣言した際は祝福の声も多かったが、嫌味や悪口も多かった。
一度振られたくせに。往生際が悪い。見苦しい。
そうかもしれないとは思った。だが、ベルがチャンスをくれた。
絶対に結婚すると決意し、冬の間に距離を近づけようと思っていた。
だというのに、仕事が忙し過ぎてろくに時間が取れない。ベルも同じだ。
互いにやるべきことがある。やりがいもある。しばらくは仕方がないという雰囲気だった。
聖夜だけはなんとか時間を作りたいと思っていたが、ベルはヴァークレイ公爵家主催の舞踏会に出席した。
カミーラとキルヒウスが結婚したため、シャルゴット一家は全員参加。断るわけにはいかない。
その後にベルは実家に戻ってしまった。
カミーラは結婚したが、結婚式をするまではヴァークレイ公爵家に移らない。
シャルゴット侯爵一家の全員が集まることができる最後の冬として家族で過ごすことになったのだ。
多忙なヘンデルも大晦日の花火を家族と共に観賞し、元旦をシャルゴット侯爵邸で過ごした。
家族を大切にするのは当然だ。邪魔できない。
シャペルも大切にしたい。家族を。ベルを。
だというのに、できない。
それぞれ予定がある。噛み合わない。集まれない。それを受け入れるしかない。
わかっている。だが、許せないこともある。
自分とベルのベッドは誰にも使わせたくない。
火がついてしまった怒りの感情は消えるどころか強く燃え上がった。
「このベッドは僕とベルだけのベッドだと思っていた。僕が一度も使ったことがないとしても。ベルが許してくれるのを待っていただけだ」
怒りと共に言葉が溢れ出す。
「カミーラだって察するべきだ。僕の気持ちを知っているくせに、僕とベルのベッドにもぐりこむなんて非常識だ。カミーラはキルヒウスと使う夫婦のベッドにベルを入れるのか聞きたいね。入れないからこっちへ来た。そうだろう? 賢くて狡い選択だ」
シャペルは顔を歪ませると、ベッドのカーテンを乱暴に閉めた。
二段ベッドに行くと急いで外着に着替える。
ここにいたくなかった。
ベルの部屋に。
自分とベルの部屋ではない。ベッドも荷物も運び込んで勝手に住んでいるだけ。
ベルの部屋である以上、ベルに決定権がある。シャペルが買ったベッドについても。
ベルはシャペルが自分の部屋に泊まるのをよく思っていなかった。未婚だ。同棲によって悪い噂が広まったら困ると心配していた。
だが、仕事で疲れているシャペルを追い出せなかった。恋人だから仕方がない。自分の許せる範囲を広げて受け入れた。
嬉しかった。受け入れてくれる。自分のことを大切にしてくれる。
今のシャペルはそれを否定する気持ちしかない。
自分という存在が軽視されている気がした。
仲の良い姉妹にとっては邪魔者でしかなかった。
部屋に入れるのはまだしも、ベッドに入れることはない。
ありえない。酷い仕打ちだ。価値観の違いを感じた。
シャペルは手紙を上着のポケットにねじこむと部屋を出た。
鍵をかけると、怒りと不満を伴いながらひと気のない廊下を進んで行く。
どこへ行こうか……。
そう思いつつも、足は目的地を知っているかのように動いていた。
このまま行けばパスカルの部屋につく。
手紙がある。仕事だと無意識に判断していた。
シャペルは立ち止まった。
セブンの部屋に行こうかな……。
夜中に突然行ってもセブンは黙ってシャペルを部屋に入れてくれる。
ソファで寝るのを嫌がり、図々しくベッドを半分占領しても何も言わない。
ワインセラーを開けて最高級品のワインを全て飲み干してもいい。
セブンの好物であるチョコレートコレクションについても同じく。食べ散らかしても怒らない。弁償するよう要求されることもない。
なぜ来たのかも聞かない。シャペルが事情を話せば黙って聞いてくれる。
ただ、受け入れてくれる。そういう者だとわかっていた。
シャペルだけでなく、友人達にとってもセブンは安全な避難場所だ。
だが、問題から抜け出せるかどうかは自分次第。
セブンもそれをわかっているからこそ、あえて構わない。
セブンの部屋は友人専用の避難場所でもない。本当はセブン自身の部屋なのだ。
だからこそ、ホテルの部屋を友人達に提供する。
自分だけの居場所、秘密の隠れ家、安全な避難場所として。
……でも、急いだ方がいい。買物部のことは。
シャペルはため息をつくと、パスカルの部屋に向かった。





