1014 プレ・オープン
買物部の状況が進み始めた。
全員が自身の希望通りのグループに入ったため、やる気が出た。
メリーネや秘書室、担当官僚は自身の担当する仕事が忙しく、買物部へは来ない。
ヴェリオール大公妃付きの側近補佐であるカミーラとベルは買物部の役職者代理として指示を出すが、考えたり答えを出したりするのは買物部に所属する者でなければならない。
自分達でやっていかなければならない状況に追い込まれた。
様々な要因が重なった買物部は奮起し、結束した。
状況が好転し始めると、何もかもが順調になっていく。
買物部だけでなく、関係先の状況も変化した。
買物部の予定が遅れている間に王宮省も新年行事による多忙さが落ち着き始めた。
王宮購買部の状況も同じく。
配送関係も年末新年の繁忙期から脱した。
関係先が買物部に対応しやすい余力ができた。
買物部が店になる部屋を作り終えた時には、秘書室も任されていた仕事を終えていた。
「発注作業及び倉庫部屋作り、帳簿等の必要品の用意は全て秘書室がやっておいてくれました。おかげですぐに商品を店の方へ運ぶことができます」
「以前のマニュアルはわかりにくかったので、もっとわかりやすいものを作ってくれたわ。新しいマニュアルを活用すれば、仕事をしやすくなるはずよ!」
買物部には店作りに集中して貰うため、同時進行で秘書室が別の作業をしていることをあえて教えなかった。
秘書室は通常勤務に戻っているだけだと思っていた買物部は驚いた。
そして、倉庫部屋に行くと、その驚きはより強いものへと変化した。
「こんなに沢山の倉庫部屋があるの?」
「全部完成しているなんて!」
「どこに何があるのかの案内表示もあるわ!」
「今度のマニュアルはわかりやすそう!」
「帳簿のつけ方もこれを見れば大丈夫そうね」
「商品も揃っているからすぐに運べるわね」
「台車も沢山あるわ! 良かった!」
「秘書室に感謝しなくちゃね」
「そうね。色々と誤解していたかも」
「ごめんなさい」
「手伝ってくれてありがとう」
秘書室にはリーナからの指示だけでなく、メリーネによる対応改善の指示も出ていた。
ヴェリオール大公妃直属だからこそ、その意向を伝える秘書として相応しくなければならない。
優秀だからこそ、優しさと思いやりを忘れない。
自身の心にゆとりを持ち、相手の立場になって考えるということだ。
それを体現するヴェリオール大公妃こそが最高の手本であることも伝えていた。
その結果、秘書室は自分達の対応における問題点を冷静に考え、見直した。
「今回のことはとても反省しているわ」
「上司でもないのに偉そうにしていたかも」
「事前に準備していた私達とは理解度が違うことを考えていなかったわ」
「これまでとは全然違う仕事だってことを甘く見ていたわ」
「もっと丁寧にわかりやすく教えるべきだったと気づいたの」
「自分達の考えやペースを押し付けるだけでは駄目よね」
「買物部の立場になって考えるべきだったのに」
「ごめんなさい」
「これからはしっかりと意見交換をして、協力し合いましょう!」
「皆で力を合わせて頑張りましょう!」
買物部は秘書室の優秀さと支援のありがたみを実感し、秘書室は自分達とは違う考えやペースの買物部に寄り添うことを学んだ。
両者間にあったわだかまりは解消された。
真珠の間の人員が率先して買物部や秘書室の人員を休憩室に誘い、個人的な交流を促したことも効いていた。
ようやく買物部・真珠の間・秘書室が一致団結した。
大きな力が生まれ、強い行動力になっていく。
開店準備が急ピッチで進んだ。
その結果、一月中には絶対に無理だと思われていた開店準備が終わり、日用品店と文具店のプレオープンが可能になった。
プレオープン。初日。
「混雑のため店内の人数制限をしています!」
「今日は侍女のみの販売です!」
「侍従と召使いは別の日です!」
「混雑のため店内の人数制限をしています!」
「購入は現金払いです! 小切手もツケ買いもできません!」
「おつりはしっかり確認してください! 領収書も必ず一カ月は保管して下さい!」
「返品はできないので、しっかり選んで必要分だけ買って下さい!」
「お財布は日用品店、ペンやノートは文具店で取り扱っています!」
「一番のお勧めは会計簿です!」
「自分の支出を管理しながら、帳簿をつけるスキルを磨けますよ!」
買物部の人員は叫びながら後宮中から集まる客の対応に追われた。
「どうでした?」
執務室でリーナがそう尋ねるのが決まり文句になっていた。
報告に来たのはカミーラ、ベル、ヘンリエッタの三人。
メリーネは腰の調子が悪いためにいないが、王宮の侍女の役職者も待機していた。
初日は絶対に大変だということはわかっている。
混雑を少しでも緩和するための処置として利用者制限があることを後宮中に伝え、階級ごとに利用できる日を確認できるよう休憩室や共同施設に張り紙をした。
現段階における支払いは現金のみ。
かなりの制約がかかると思われたが、大混雑は避けられなかった。
侍女には高給取りが多いとはいえ、これほど多くの侍女が現金を持っているのかと驚いたほどだった。
「初日分は完売です」
とにかく売れた。
午前中に売れた分の補充は昼に行ったが、午後分も全て売り切れてしまった。
帳簿作業を楽にするためにキリのいい数を販売したが、開店前からもっと多くの商品を店内に運び入れておくべきだったとカミーラ達は反省した。
「明日の日用品は三倍、文具は六倍ほど置くことにします」
リーナは予想以上の変更に驚いた。
「そんなに置けますか? 商品棚が足りないのでは?」
「商品棚の一部は片付け、商品を入れた箱をそのまま積みます」
「見た目を気にするよりも、とにかく商品を多く置くというわけですね?」
「そうです」
通常の店であれば、商品を商品棚の上に綺麗に並べて販売する。
しかし、現在の状況はゆっくりと買い物を楽しむようなものではない。
利用者はとにかく欲しい物を次々とカゴに放り込むような状態だ。
あまりにも利用客が多すぎる。商品数が全く足りていない。
一時的な対応として箱をそのまま重ねておき、空箱になったら片付け、下の新しい箱を開けるという方法で販売してみるのはどうかという案が出た。
「その方が効率的でいいと言うのです。販売長が」
販売長というのはハイジのことで、副販売長をリリーが務めている。
正式な人事でも役職名でもないが、販売業の経験者として相談相手になり、状況に応じて指示を出して貰いたいという要望が多く出た。
その結果、販売長と副販売長の呼称をあだ名のように使用している。
「見た目はよくないけれど、商品を買えなくて不満が出るよりはいいって」
ハイジは苦情係としての経験がある。
店内の見た目がよくないことや雑然としている印象は客離れにつながるが、一番客が離れる理由は商品がないことだ。
商品がない店に買い物をしたい客が来るわけがない。
買物部への期待や信用を失ってしまうことにつながりかねない。
そこで最初はとにかく店内の商品がなくならないようにすべきだとハイジは考えた。
「問屋街と言われる所では、箱ごと商品を置いてある店が沢山あるようです」
「庶民的な店では普通にあるって」
「買物部における独自性は商品の安さにあります。高級感で対抗すれば後宮の購買部と比較されてしまいますので、あえて庶民らしさを出す手もあります」
「庶民らしさ……」
リーナは想定外の提案に驚くしかなかった。
元平民の孤児だったリーナの個人的な感覚としては、箱ごと商品を置くことへの抵抗感はない。
だが、ここは後宮。
高級感溢れる購買部もある。
それでいいのだろうか、嫌がる者がいるのではないかというのが正直な感想だ。
庶民らしさというよりはシンプルさの方がいいような?
だが、あくまでも言葉や表現の違いのように思えなくもない。
「買物部内でもそれでいいという意見が多いのでしょうか?」
「賛成派が圧倒的多数です。作業が楽になりますので」
但し、あくまでも買物部の賛同だ。利用客の賛同ではない。
「買物部・真珠の間・秘書室全員で友人や知り合い等に意見を聞き、そのような販売方法に賛成かどうかを聞いてくるそうです」
現在はプレオープン期間。
様々な方法を試し、利用者の意見を聞いて改善していくことも合わせて宣伝中だ。
「……では、取りあえず試してみましょうか」
「ありがとうございます。それからまだあるのですが、専用の木箱を作成してもよろしいでしょうか?」
「木箱?」
木箱をリーナは思い浮かべた。
ごく普通のもの。極めてシンプルなものだ。
「何に使うのですか?」
「商品を入れます」
「箱を置くのでは?」
それは恐らく木箱か紙箱だろうとリーナは思った。
「いかにも配送用にしか見えない茶色の箱からお洒落な木箱に入れ替えるのです」
商品棚の上に積むと、商品がなくなるにつれ見た目が悪くなりやすい。
店内のイメージも悪くなるばかりか、並べ直す手間も必要になる。
箱から取り出すのであれば、中身が減っても見た目の悪さを感じにくい。
店内のイメージも悪くならず、商品をいちいち並べ直す手間も省ける。
「配送用の箱を綺麗に並べても所詮は配送用の箱ということになってしまいます。ですが、綺麗でお洒落な木箱に入れて並べたらどう思うでしょうか?」
リーナは想像した。
なんとなく。
「……いい感じに見えそうですね」
「という案が販売長及び副長から出ています」
「箱を並べることによって動線を一つにしようと思っているの」
精算カウンターまで蛇行するような通路を作るように箱を積み上げて置く。
通路を通りながら欲しいものをカゴに入れて進めば、全部の商品を見ることも手に取ることもできる。
「あちこち見に行かなくても良くなれば、店内も混雑しにくいでしょう?」
「費用がかかってしまいますが、箱を制作してもいいでしょうか?」
「どこで制作するのですか?」
「材料さえ手に入れば、自分達で作るそうです」
「三人でね」
ハイジ達ならそうだろうとリーナは思った。
孤児にとって、ないものはお金で買うという選択はない。
材料をなんとか調達して自力で作るという選択をする。
「とりあえず、シャペルに頼もうと思うの。すぐに取り寄せてくれそうだから」
ベルは最も遠慮しなくていい相手であるシャペルに頼めばいいと考えた。
家具もすぐに手配して部屋に運び入れた実績がある。
きっと大丈夫だろうと予想した。
「頼みやすいですよね」
リーナの側近の中では最も気軽に頼みやすい人物ナンバーワンだ。
何でも相談できるという点ではパスカルかもしれないが、多忙過ぎることがわかっているだけに、木箱を作る材料を用意して欲しいとは言いにくい。
「そうなのよ。部屋に戻ってきたら伝えておくから」
側近は多忙なだけに、居場所がわかりにくい。話を伝えるだけでも大変だ。
その点、シャペルはベルの部屋で寝泊まりしているため、勤務が終われば戻って来る。
毎日残業で深夜に戻っているようだが、手紙を置いておけば伝えることができる。
「わかりました。買物部の財務はシャペルが管理しているので丁度良さそうです」
リーナは許可を出した。
「では、そのように」
「他にありますか?」
「ありません」
「正直、ヘトヘト」
「明日もありますので、ここまでにしていただけると嬉しいです」
「では、終わりにしましょう。本当にお疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
プレオープン報告会が終了した。





