1012 グループ分け
翌日。
「おはようございます」
役職者が決まるまでの間、買物部の朝礼を行うのはカミーラとベルになった。
これまではメリーネや秘書室から来た者がしていたが、秘書室は通常業務に戻ってヴェリオール大公妃の指示に従う。
真珠の間はヴェリオール大公妃が王宮にいることから多忙ではない。
引き続き買物部の手伝いをすることになっていた。
「では、今日の予定について説明します。これからお店について考えて貰います」
昨日の視察で王宮の購買部がどのようなものかがわかった。
価格が安い。必要品もある。
後宮の購買部で買うよりも負担が少なく、借金が増えにくい。
だが、王宮の購買部には華がない。
文具、書籍、日用品、雑貨。とにかく商品が所狭しとばかりに置いてある売店と同じ。
スペースの省略にはなるが、見た目が良くない。
一方、後宮の購買部はお洒落な棚やテーブルに商品を乗せ、見た目を良くして売っている。
いかにも高級品や贅沢品という感じがする。
どちらの方が目当ての品を探しやすく、また気分よく買い物できるかといえば、後宮の購買部の方だった。
「ヴェリオール大公妃は、買物部が便利なだけではなく後宮の人々の笑顔につながるような場所であることも望んでいます」
そのようにするためには、王宮の購買部と同じような店にはしたくない。
後宮の購買部と同じでは独自性がない。予算がかかり過ぎるのも困る。
「すでに秘書室の方でプランを考えていたのですが、ヴェリオール大公妃は買物部に所属する者が考えたプランを知りたいそうです」
準備時間を節約するには秘書室の考えたプラン通りにする方が手っ取り早い。
しかし、店で働くのは買物部の人員であって、秘書室の人員ではない。
買物部の人員にとって働きやすい職場にするにはどうすればいいかを検討する。
秘書室の考えたプランにはない独自の意見があれば出して欲しいと伝えられた。
「難しく考える必要はありません。どんなお店で働きたいかを考えてくれればいいだけです」
「じゃあ、これからお店分けをします。希望を取るので手を挙げてください。軽食のお店がいい人!」
多くの手が挙がった。
それだけ軽食販売に興味を持つ者が多いということ。
大グループになったが、人数制限はしない。
全員の予想通り、ジゼは勢いよく手を挙げていた。
「文房具のお店がいい人!」
ハイジを含めた四人。一人は真珠の間の侍女。買物部の者は二人しかいない。
「少ないわね……」
差が出るとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったベルは思わず呟いた。
「日用品のお店がいい人!」
今度もまた多くの手が上がった。
その中にはリリーもいる。
体験者はそれぞれが別の店を選ぶことになっていた。
「どうする?」
「日用品を担当します。書記はリリーに頼みます」
「はい!」
「了解。じゃあ、文具は私が担当します。書記はハイジに頼むわね」
「わかりました」
「軽食は多いから真珠の間の人で。書記はジゼで」
「はい!」
午前中はそれぞれのグループに分かれて話し合うことになった。
「どうでした?」
リーナの執務室にはリーナ、レイチェル、ヘンリエッタ、カミーラ、ベルの五人がいた。
クローディアは第二王子関連の仕事でいない。
メリーネは医務室での処置後に来ることになっていた。
「リーナ様のご指示通りにした結果、まずまずといった感じではないかと」
昨日の買い物作戦はうまくいったが、翌日に元通りでは意味がない。
そこで秘書室は自分たちの仕事があることを理由にして不参加にした。
本来の仕事を優先することにして、良い雰囲気を残したまま距離を置くというのがリーナの考えだった。
その間に秘書室が考えたプランとは別の意見を出して貰うことにもした。
買物部の意見を取り入れ、働きやすい環境を作りたい。
誰かの指示に従っているだけではなく、自分たちで考えながらこなしていく仕事だという意識を強めて欲しかった。
買物部に所属する者が何に興味を持っているのかも調べる。
希望による転属のため、買物部自体に興味を持っているのは確かだが、より具体的な内容を聞いていなかった。
秘書室はあらかじめ決めた人数配分に従って仕事を割り振り、個人の希望を募ることはしなかった。
そのせいで自分が希望する仕事ができない者が多く、不満が募りやすかったのではないかとリーナは考えていた。
「人気のあるグループはダントツで軽食でした」
購買部で扱うような豊富な菓子類を思い浮かべ、小腹が空いた時に食べられる軽食に興味を持っている。
ジゼが自己紹介をした際、商品を食べてよく知っておくことが役立つようだとわかり、買物部で売る食品を試食できないかと期待する者もかなりいた。
「ジゼが書いたものです。字が丸くて独特なのですが……」
「読めれば大丈夫です」
ひたすら食品に関する意見が書き連ねてある。
まとめているわけではなく、とにかく全部書いたという感じだった。
「これは……メリーネに提出しますか?」
「勿論です。事務作業も体験中ですので」
メリーネは怒るとかなり怖い。
ジゼが意気消沈する姿をリーナは想像した。
「五分程度待ってください」
リーナは引き出しから白紙を取り出すと、書類を見ながら要点と思える部分を書き出した。
「これをジゼに渡してください。メリーネ攻略用のメモです」
勤務中に書いたものは詳細記述書ということにする。
リーナのメモを参考にしてジゼ自身で内容をまとめた報告書を作成する。
必ず記述書と報告書の二つともメリーネに提出するようリーナは伝えた。
「このまま提出したらメリーネに怒られます。怒られてばかりだと自信をなくしやすいので、先にカミーラやベルの方で気づいたことがあれば教えてあげてください」
「担当教官はメリーネです。私たちが教えても良いのでしょうか?」
体験者の指導をするのは担当教官の役目。
カミーラは自分たちの指導が越権行為になり、メリーネによる指導の邪魔になってしまうのではないかと懸念した。
「構いません。買物部にいる時の上司はカミーラたちです。気づいたことはどんどん教えるべきです」
メリーネは買物部に来ないことになっている。
体験者を直接指導する機会も時間も限られてしまうため、カミーラやベルが率先して教えてほしいとリーナは感じた。
「皆でサポートしながら教えれば早く修正できますし、向上するスピードも上がります。メリーネは厳しく教えるので、カミーラとベルは優しく丁寧に教えてくれると助かります」
「わかりました」
カミーラはメモ紙にさっと目を通した。
要点がわかりやすい。まとめとしての報告書が作りやすくなる。
字も綺麗で見やすい。
カミーラはリーナの能力の高さを見せつけられたような気がした。
「続きをお願いします」
「日用品のグループ希望者もかなりいました」
今の人員は女性ばかり。化粧品を扱うために日用品を選んだ者が多かった。
文房具を選んだ者は仕事が一番簡単そうだと感じたからだった。
軽食や日用品は扱う種類が多そうで、商品を覚えるだけでも大変になる。
販売業をしたことがないため、うまくできるか自信がないせいでもあった。
リーナはリリーとハイジが書いた書類を見ながら考え込んだ。
「確かに文具は少ないですね。実質二人ですし」
買物部で扱う文具は個人所有にできるものだけになっている。
ペン・ノート・メモ帳・便箋などで、ハサミやペーパーナイフ等の刃物は扱わない。
基本的に後宮内における刃物の使用は厳しく制限されている。
各部で保管しているものについても管理が徹底されており、個人部屋での使用は許可制になっているのもあって、販売自体が難しかった。
「購買部でも文具はそれほど売れていないように思います。勤務に使用するのは各部の備品なので」
侍女や侍女見習い、上位役職者は職務内容から備品としての文具が支給される。
但し、召使いは上級であっても文具の支給がないため、自腹で購入するというのが後宮のルールだった。
「聖夜のカードは凄くよく売れますよ?」
「一年に一回の稼ぎ時ね」
「当分は考えなくていいでしょう」
「愛の日のカードは売れるかもね。チョコレートと一緒に」
ベルがそう言った。
愛の日を心待ちにしているからこそ思いついた。
「贈る男性がいればでは?」
「自分に贈ったっていいのよ? 贈る場合の調査用ってことで」
近年は男性に贈る場合に備え、味見という名目で自分用のチョコレートを買う女性も多くなっている。
「それは贅沢品になるのでは? そもそも軽食はまだ売りません」
「そうだったわね……」
カミーラとベルが話す間、リーナは聞き耳を立てながらリリーとハイジに渡すメリーネ攻略用のメモを作成していた。
「これをリリーとハイジに。参考にして欲しいと伝えてください」
「はい。こちらは後宮に戻るヘンリエッタに託して届けさせても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です」
「お願いできますか?」
「かしこまりました」
ヘンリエッタは渡されたメモに目を通した。
素晴らしいメモだと感じて自然と笑みがこぼれる。
「ヘンリエッタや真珠の間の侍女も、後宮に長年勤める者として三人への助言をお願いします」
リーナは買物部だけでなく三人のことについてもうまくいくようサポートしたかった。
「できれば励ます方向で」
「かしこまりました。励ますように助言します」
厳しい指導と優しく丁寧な指導の使い分け。そして、応援。
様々なアプローチで三人の負担を軽減し、やる気を持続させる意図をヘンリエッタは察した。
「では、次です。すでに秘書室が作成した資料にもあったと思うのですが、最初にするのは王宮の購買部から仕入れた品の販売です」
リーナは三つのグループに分けたが、すぐに準備が必要なのは文具と日用品。
軽食についてはどのようなものを販売するかという案を出しても、すぐには販売できない。
調理部に案を持ち込み、作れるかどうか、持ち運びに適しているか、コストの計算や販売価格を決めるといった作業もしなければならない。
「今日はどんなお店にするかでしたので、次は具体的に何が必要になるかを考えて貰ってください。机とか椅子とか、どの程度の高さの棚がいくつかとか」
「それは秘書室が用意しているものよね?」
「必ず使う必要はありません。買物部で意見を出し、秘書室の用意した物の中にあれば使えばいいだけです」
「家具リストはどこに?」
「秘書室にあるはずです。そこから秘書室も選定したので」
「わかりました」
「私の方でも少し考えているのですが、軽食グループにはどんな軽食を売りたいかの案を出して貰ってください」
今の段階では軽食について長々と話し合っても意味がない。案を出すのは半日にする。
その内容はリーナが考えた案と共に調理部の方へメリーネが持ち込み、製造に向けて検討して貰う。
私的な時間でどんな軽食がいいかといった話題が出たら、メリーネに伝えておく。
そうすれば、それも案の一つとして調理部に持ち込める。
「案を出したあと、文具と日用品のグループを支援させてください。人数が少ない文具を優先で。どちらの手伝いを希望するかも聞いて欲しいのですが、それについては人数調整をしてください。また文具が少ないと困ります」
「わかりました」
「では、引き続きお願いします。これで解散です!」
報告会が終了した。





