1011 皆で仲良く
「どうでした?」
リーナの執務室にはカミーラ、ベル、クローディアの三人がいた。
すでに臨時の予定は終わり、報告のために来ている。
今回の王宮購買部への視察及び買い物はリーナの発案だ。
皆で買い物をして仲良くなる作戦とも言う。
所属別の少数グループに分かれ、王宮にある購買部の各支店で買い物をする。
昼食は官僚食堂の二十ギールのセット。値段が高く冷たくあまり美味しくない。
後宮の食事は温かく美味しくずっと割安で恵まれていることを実感して貰い、軽食販売活動への意欲を高めて貰う。
午後は買い物リストの一覧作成や集計作業を全員でする。
外出と買い物の後になるため、いつもとは違った気分になる。
全体作業もしやすくなるかもしれない。
うまくいけばそれが一つの成功例になり、皆で仲良く作業をしていこうという雰囲気につながるのではないかとリーナは考えた。
王宮に不慣れな者が多いこと、問題が起きないようにするために第一王子騎士団にも協力を要請した。
非番や休日の騎士を一人ずつ各グループにつけ、支店までの案内と緊急時の対処役をして貰った。
普段は未婚女性が圧倒的に多い環境だけに、未婚男性である第一王子騎士団の騎士がいれば、余計に気分も変わるはずだという狙いがあった。
「非常にうまくいきました。全員が買い物を楽しんだようです」
今後王宮へ行く機会も増えていくと思われることから、後宮からは徒歩移動にした。
初めて王宮に行く者も多く、外出によって気分を変えることができた。
王宮や購買部、それ以上に途中から合流した案内役の騎士に興味しんしんだった。
「クロイゼル様やアンフェル様もいるなんて思わなかったわ!」
二人は王太子の護衛騎士における筆頭ペア。
一年中王太子の側にいるといっても過言ではない。
普通に考えれば、二人が案内役を務めるわけがないというのに、なぜか集合場所にいた。
「リーナ様があの二人を指名したの?」
「二人は人気があると聞いたので、できればとは言っておきました」
パスカルとメリーネの三人で話した後、リーナは追加としてパスカルにお願いしてみた。
「誰に人気があると聞いたのですか?」
クローディアが尋ねると、リーナは困ったように眉尻を下げた。
「ヘンリエッタですね?」
リーナに報告をしに来るのはメリーネかヘンリエッタ。
女性に人気がある騎士のことについて、メリーネが話すわけがない。
消去法によってヘンリエッタだとクローディアは推測した。
「ヘンリエッタも他の侍女達から聞いただけなので……」
「真珠の間の侍女にはアンフェル様が人気なの?」
役職者グループを案内したのはアンフェルだった。
「クロイゼルも人気みたいですよ」
できることなら、役職者グループの案内をクロイゼルかアンフェルにして貰えないかと頼んでもいた。
「年代的にそうかもしれません。王立学校時代に顔を合わせていた可能性もあります」
「きっと初等部よね」
「初等部?」
リーナの予想ではもっと上だと思っていた。
「ほぼ同年齢ということであれば中等部かもしれません」
「あの二人は中等部卒で、高等部じゃなくて王立騎士学校へ進学しているのよ」
「エリート騎士を育てる学校です」
「学生時代から親友同士でペアを組んでいたみたい」
「凄いですね!」
「報告会は終わりですか?」
クローディアの言葉にリーナとカミーラとベルはハッとした。
「騎士の話はまた今度ということで」
「その方が良さそうです」
「ごめんなさい! 買物部が優先よね!」
全体作業は買い物に行った時とは違うグループに分け直し、視察した支店についての情報交換ができるようにした。
話題が買い物や商品についてだったため、話しやすく打ち解けているように見えた。
いずれは役職者が買物部の中から選ばれることも伝えため、買物部に所属する人員のやる気度も向上したはずだ。
わからないところを教え合い、書類作成や計算作業を手伝っていた。
あくまでも今日一日の様子ではあるが、リーナの目論見通り、仲良く全体作業をすることができた。
確かに一つの成功例にはなった。
やればできる。仲良くも。
買物部のことで四苦八苦していた全員がそう思ったはずだ。
「作業後は解散になったのですが、体験者の三人に質問したい者も多くいました」
「終業後に休憩室に集まる約束をしていたわ」
販売員の経験があるリリー、ハイジ、ジゼの話を聞きたいと思う者が多くいた。
買物部がそのような仕事をするからだが、中にはリリーのグループに同行したクロイゼルについて知りたがっている者もいたということも報告された。
「リリーが心配です……」
クロイゼルが案内したことで、何か言われてしまわないかとリーナは懸念した。
昔からリリーは美人のせいで何かと損をするタイプなのだ。
「彼女の旦那様、なかなかのイケメンね?」
「ロビンもいたのですか?」
「私のグループの案内役だったのよ。丁寧な感じね。優しい感じの男性が好きな女性にはウケが良さそう」
カミーラ・ベル・クローディアの三人は王宮について詳しいため、騎士ではなく騎士見習い体験者であるデナン・ロビン・ピックの三人がついた。
ロビンはリリーがいることに仰天した。
元側妃候補付き侍女の制服を着用し、綺麗に髪を結って薄化粧までしている。
元々美人ではあるが、より美しさに磨きがかかっていた。
集まった騎士に妻のことを見ないで欲しいと頼み、逆にリリーに注目が集まってしまっていた。
「ロビンらしいです……」
「美人妻のためにも全力で訓練しろと言われていました」
「クロイゼル様にリリーのグループを案内したいって懇願したけど、容赦なく却下されていたわ」
クロイゼルは最も王宮に不慣れな体験者のグループを案内することに決めており、ロビンの妻であるリリーのグループを選択した。
王太子の筆頭護衛騎士が案内してくれることになったリリーのグループは大喜びし、全員が顔を輝かせていた。
リリーとロビンのおかげだと感謝もしていた。
「正直、面白かったわ」
「笑顔が溢れていました」
「終わりですか?」
アイスレディことクローディアは無表情で尋ねた。
話がまた脱線していることを指摘しているとも言う。
「何かまだありますか?」
リーナは慌てて確認した。
「ありません」
「買物部のことは明日以降の様子をみながらでいいと思います」
「じゃあ明日、後宮に行く前に来てください。指示内容を考えておきます。報告会は終わりにします」
「急ぐので失礼致します」
クローディアは一礼すると執務室を退出した。
「……もしかして、怒っているのでしょうか?」
急に買物部のことを頼んでしまったせいではないかとリーナは懸念した。
「急いでいるだけだと思います」
「第二王子関係の仕事があるのかも?」
「そうかもですね。まあ、取りあえずは成功みたいで良かったです」
「買い物で解決する方向へ導くとは思いもよりませんでした」
カミーラはリーナの案を斬新だと思った。
買物部だけにお買い物です!
リーナがそう言った時、カミーラは思わず笑ってしまった。
守秘義務がなければ、社交の話題にしたいと思ったほどだ。
「上位の騎士だけでなく護衛騎士がいたのも意表をつかれたわ」
役職者会議で話した際は騎士に協力して貰うという話だった。
王宮内に点在する支店への案内だけに、下位の騎士が来るだろうとベルは思っていた。
ところが、実際に集まった騎士の中には上位の騎士や護衛騎士が多かった。
「年齢が上の女性が多いため、騎士の年齢も同じ位かやや上の方がいいとは言っておきました」
これもリーナがパスカルにお願いしたことだった。
「皆に楽しく買い物をして貰おうと思って。実現できたのはお兄様やシャペル、そして第一王子騎士団のおかげです」
いくらヴェリオール大公妃の要望とはいえ、後宮にいる女性を百人以上王宮に呼び寄せ、買い物をさせるというのは簡単なことではない。
パスカルとシャペルが必要な許可を取り、第一王子騎士団や関係各所に協力要請を通達し、お金を用意してくれたからこそできたことだった。
「カミーラとベルもご苦労様でした。おかげでうまくいきそうな予感がします」
「私もそう思います。新製品の情報を入手できたので、個人的にも得でした」
「とても楽しい仕事だったわ!」
三人は笑顔を浮かべた。
廊下を急ぎ足で歩くクローディアは腕時計を見ていた。
「休憩室にどの程度いるのか……間に合えばいいけれど」
クローディアは情報収集をするため、後宮の休憩室を目指していた。
後宮の休憩室。
そこには秘書室・真珠の間・買物部に所属する女性が任意で集まっていた。
「もうね、クロイゼル様にお会いできただけで感無量!」
「私も!」
「最高だったわ……」
「一生の思い出よ!」
「アンフェル様も素敵だったわ……」
「ちょっと影がある感じがいいのよね」
「前髪の影?」
「違うわよ!」
「凄く素敵な騎士ばっかりだったわね!」
「見た目で選んだようにしか見えなかったわ」
「従騎士も若くてカッコ良かったわ」
「見習いでしょう?」
「リリーがあんなイケメンと結婚しているなんて!」
「びっくりよ!」
「どこで知り合ったの?」
女性達の視線がリリーに向けられた。
「幼馴染です」
鉄板の答え。
ある者は納得するように頷き、またある者はため息をついた。
「まあ、お似合いよね」
「美男美女だし」
「旦那様はリリーにゾッコンね!」
「愛されているわね~」
「羨ましいです」
「どうすればああいう人をゲットできるの?」
「教えて~!」
「販売スキルだけでなく恋愛スキルも欲しいわ」
「同じく」
「それも教えて!」
身分も階級も所属も立場も関係ない。
騎士や恋愛の話なら。
女性達は会話を楽しみ、大いに盛り上がっていた。





