1004 人事争奪戦
「ユーウェイン・ルウォリスに内示を通達する」
ラインハルトとパスカルで話し合った結果、ユーウェインに正式な内示通達をする役目はヴェリオール大公妃付きのトップであるパスカルが務めることになった。
「現在は団長付きだが、追加でヴェリオール大公妃付きになる。内示だけに拒否や変更も可能だ。率直な意見を聞きたい」
ヴェリオール大公妃付きあるいは団長付きのどちらかに専念したいということであれば、再検討することもパスカルは伝えた。
「確認したいことがあります。私は近衛からの出向ですが、ヴェリオール大公妃付きになっても問題ないのでしょうか?」
王族や王族妃の警護に関わる者は信用できる者でなくてはならない。
だというのに、他の組織からの出向者でもいいのだろうかとユーウェインは疑問に思った。
「護衛騎士及びその範囲の人事でなければ問題ない」
出向者は第一王子騎士団の者になれるかどうかを試されている。
その際の人事や配置は騎士の範囲内になる。
団長付きでもヴェリオール大公妃付きでもただの騎士なら可能ということだ。
但し、王族及び王族妃の護衛任務につく護衛騎士及びその範囲の人事はできない。
護衛騎士及びその範囲の人事を行うためには、出向元から引き抜き、第一王子騎士団に転属させなくてはならない。
「給与は上がるのでしょうか?」
「下がる」
ユーウェインは眉をひそめた。
「出向の際、給与は変わらないと聞いていたのですが、事情が変わったのでしょうか?」
「ディーグレイブ伯爵から呼び出しは?」
「ありません」
「さすがに今の時期は外すか……」
パスカルは少し考えながら答えた。
「原則として各騎士団は独立している。ゆえに他の騎士団の内情について詳しく知らないというのが建前だが、内密に情報の入手や交換がある」
パスカルが知っているのは一部だけだが、新年度の常設騎士団の予算は相当減らされた。
表向きは王家予算から統治予算への振替の影響だが、裏の事情もある。
実をいえば、反逆者のせいで常設騎士団である国王騎士団・王太子騎士団・近衛騎士団・王宮騎士団の上位者は異常に給与が高かった。
反逆者はコネで縁者を上位者につけ、全体的な給与を高くすることで騎士団を手中に収めていたのだ。
反逆者が一掃された後、貢献した騎士の給与をより高くするのであればともかく、下げるのは難しかった。
そこで長い年月をかけ、反逆者によって一気に高くなった給与を緩やかに増減しながら元々の水準に近づけていた。
王家予算から統治予算への振替は、騎士団を正常化する絶好の機会になる。
未だに残る反逆者時代の影響や古傷を一掃するため、宰相は後宮だけでなく騎士団についても容赦なく鉄槌を下すことにしたのだ。
「ここだけの秘匿事項だが、近衛騎士団は大幅な予算の縮小によって給与改定を断行した。上級騎士についてはかなりの見直しがあり、ユーウェインの給料も下がった」
一番大きな変更点は、勤続年数による査定の見直しだ。
上級騎士としての勤続年数に対する追加評価がなくなり、騎士としての勤続年数に統一されることになった。
その結果、上級騎士の給与が大幅に減額される。
一見すると優秀だと評価されて出世した上級騎士が不当な扱いを受けているように思えるが、そうではないことをユーウェインは知っていた。
近衛では能力がなくても身分が高い出自、コネがあるというだけで上級騎士になり、大して仕事をしていないような者でも多額の給与を貰っていた。
上級騎士の査定及び給与の見直しは、身分やコネではなく騎士としての能力や勤務査定による正当な評価になるということだ。
貴族の特権主義が極めて強い近衛騎士団にもついに能力主義の時代が到来することを示していた。
「勤労意欲がない者は退団勧告を受けている。正当な事由なく訓練への参加率が悪い者も同じく。近衛は大荒れだ。近づかない方が賢明だろう」
ユーウェインにはわかる。
近衛の状況は地獄絵図だと。
「ユーウェインの給与は減額になった分を第一王子騎士団で補填することになっていた。本人の能力を考えれば正当な報酬のはずだと言われていたが、下がり過ぎだ。全ては出せない」
第一王子騎士団は能力主義だが、それは騎士としての能力だ。
書類や雑務処理の能力は評価されにくい。
騎士としての能力が十分に確認できていないにもかかわらず、書類や雑務処理の能力が高いというだけで給与を高くすることはできない。
だからこそ、騎士としての能力の高さを示す勤務をする必要がある。護衛か警備だ。
「疾走訓練に初参加で最終戦まで残ったことは実力の証明になったが、馬術だけでは駄目だ。ヴェリオール大公妃付きとして警備を担当し、いずれは内部試合においても相応の成績を残して欲しい」
第一王子騎士団内部の査定に対応する場で結果を残し、騎士に求められる実力を証明しろということだ。
「給与の減額分を少なくできるようヴェリオール大公妃付きとしての勤務は夜勤にするつもりだ。団長付きは日勤のため、これからシフト調整をする。問題は?」
「ありません」
「他になければ内示を了承したことになる。構わないだろうか?」
「はい」
「では、辞令を用意する。明日だ」
「明日だと?」
ユーウェインだけでなく、ラインハルトとタイラーも驚愕した。
「早すぎるだろう!」
「もう少し期間を置いてからの方がいいと思われます」
さすがにタイラーも黙っているわけにはいかないと感じた。
「辞令を了承していただけるのであれば、書類処理の期限を延ばします。最長夏まで」
パスカル以外の全員が驚愕した。
見届け役として同行しているサイラスとラグネスさえも。
絶対に了承させるための切り札を用意してきたとしか思えなかった。
「春には王太子殿下の新婚旅行や第四王子殿下の成人式も予定されています。第一王子騎士団は忙しさが続くでしょう。そこで、緊急度が低いものは後回しで構わないということで王太子殿下の了承を得ています。いかがでしょうか?」
「わかった。非常に助かる」
「ありがたいです」
切り札は効いた。
しかし。
「ただ、別の問題もあるのだ」
「何でしょうか?」
「ユーウェインがいない日は団長付きがいない。そこで団長付きの補助として一人入れたいのだが」
ラインハルトは覚悟を決めた。
「ロビンでもいいか?」
沈黙。
パスカルの表情は冷たいものに変化していた。
反対だということがはっきりとしている。
「無理なら夜勤は一日だ」
ラインハルトは勝負に出た。
ユーウェインは渡さない。団長付きが優先だということだ。
「通常は逆です」
団長付きとしての日勤が一日だということだ。
夜勤が一日ではユーウェインの警備評価が上がらない。給与の減額分も多くなる。
「本来なら団長付きは返上でヴェリオール大公妃付きです。元々、ヴェリオール大公妃付きの補充要員ではありませんか。団長付きとして残しただけでも十分では?」
パスカルの口調は冷たいだけでなく厳しかった。
「ユーウェインは団長付きだ。使える者を簡単に渡すわけがない。嫌なら別の者をヴェリオール大公妃付きにすればいい」
ラインハルトにはわかっている。
パスカルは元々ユーウェインに目をつけていた。
自分の管轄であるヴェリオール大公妃付きにしたいが、団長付きから引き剥がす理由がなかった。
そこで、疾走訓練の結果を理由にした。
内部評価が上がると、クロイゼルが王太子付きとして欲しがる可能性が高い。
クロイゼルとの奪い合いを避けるためにも、できるだけ早くヴェリオール大公妃付きにしておきたいのだ。
「ヴェリオール大公妃付きは少数精鋭です。各種技能を考慮した上で優秀な者を選ぶのは当然です」
「わざわざ団長付きの出向者を選ぶ必要はない」
「何事も経験です。別の騎士を新しく団長付きにすればいいのでは?」
「特例で団長付きにしたのは誰の提案か知っているな?」
ラインハルトも切り札を出した。
パスカルはユーウェインの方へ顔を向けた。
攻める相手を変えるために。
「ユーウェイン、団長付きに専念すると給与が相当下がる。それでもいいか?」
「相当という部分は受け入れたくありません」
ユーウェインは正直に答えた。
多少下がるのは仕方がないとしても、相当は困る。
退団後のための貯金がしにくくなる。
王都民の税金は高い。王都の物価も高い。
騎士として働いている間に、できるだけ多くの貯金をしておくつもりだった。
「ヴェリオール大公妃付きの専任になれば給与は下がりにくい。希望は?」
ユーウェインは答えにくいと思った。
給与を高く据え置くためにはヴェリオール大公妃付きの専任になり、夜勤を多くこなした方がいい。
警備の経験になり、内部評価も上がる。
だが、その選択をすれば明らかに金のためだと思われる。
団長付きとしての能力を評価してくれているラインハルトの不興を買いたくない。
そもそも、ヴェリオール大公妃のために命を捧げる気はない。
だというのに、ヴェリオール大公妃付きとしての道をまっすぐ進んでいいのかも迷う。
ヴェリオール大公妃付きの騎士として優秀だということになれば、護衛騎士に選ばれる。
転属は嬉しいが、命を捧げる気がない偽りの護衛騎士としてヴェリオール大公妃に仕えることになってしまう。
ユーウェインの心の中にある良心と正義がそれをよしとはしなかった。
「……私は三人の担当教官です。三人を通じて私自身も学べることがあるのではないかと」
ユーウェインはもう一つの兼任である役割を挙げた。
担当教官に抜擢された理由が嬉しかっただけに、放り出したくないという気持ちがあった。
勤務はほぼ別だが、寮生活や一緒になる訓練を通じて、三人との関係性が強まっているような気もしていた。
三人の勤務は日勤。つまりは日勤もしたいという意思表示だ。
「担当教官はそのままだ。調整できる」
「ユーウェインは出向だ。第一王子騎士団としての警備勤務も少ない。少しずつ任せていくのが筋ではないか?」
二つの強い視線がぶつかり合った。
団長側とヴェリオール大公妃側における人事の争奪戦。
確かに副団長だ。
ラインハルトに堂々と対峙するパスカルを見たユーウェインはそう思った。
思った以上に長くなってしまい……次回に持ち越し。
またよろしくお願い致します!





