鳥籠の喜び
かつて、アンネマリーはじゃじゃ馬と呼ばれるような娘だった。
向こう見ずで無鉄砲。兄のように慕っていたクレオーンにも、もう少し女らしくしろ、と愚痴を零されたことがあった。平気で馬に乗って領地内を駆け回ったし、彼を引き連れて川遊びにも出かけた。
こうしたたわいもない情景を思い出すたびに、どうしてこうなってしまったのかを嘆いている。
「アンネマリー」
そして、ここは彼に閉じ込められた屋敷の中。彼女を呼ぶ彼の声。彼女のブルネットの髪をブラシで梳って、愛おしげに彼女の名を呼ぶ。
彼は最近、こうするのが好きらしい。髪に触れたくなると言っていた。
「何を考えている?」
「いいえ、何も」
ただ強いて言うなれば、彼の顔が傷ついていることが気になっていた。おそらく、彼の奥方にやられたのだろう。とても悋気の強い方だと聞いている。
彼女は会ったことがなかった。クレオーンが注意深く近づけさせなかったから。
アンネマリーは彼の執着心を思う。鏡台の鏡に映る硬質な顔へと視線を合わせた。
「ねえ、クレオーン。あなたはこうしていて満足なの?」
彼は視線を髪に沈ませている。
「ああ、満足している。ずっと、こうしたかったのだから」
「ここにいるということは夜会に出なかったのね?」
「ああ」
「私はもう、あなたが好きになったアンネマリーではないわ。あなたと別れてから、結婚もしたの。娘と呼ばれる年も過ぎてしまったわ」
「ああ」
「わかっているの、クレオーン?」
「わかっている」
言いながら、クレオーンは彼女を後ろから抱きしめた。巻きタバコの香りと、彼女の控えめな香水の香りが混ざっていく。
「それでも、いいのだ」
彼女の髪に顔を埋めながら、彼は囁いた。くすぐったくて、身をよじる。それでも、クレオーンは放してくれない。
アンネマリーは困り果てていた。
彼への恋情には蓋をしていたというのに、こうなってしまっては封じ込めておくこともできない。彼の執着心に昏い喜びを覚えている自分がいる。
でも、こんな気持ちを絶対知られてはならない。彼は誤ってしまったというのに、愛人という地位をどうして許容できるというのだろう。
今は父も母もなく、数多いる親戚も、この醜聞のせいで見放された。彼は、とうに彼女がどこにも行きようがないことを知っている。
彼女は、今のロワイユ総監が、嫌いだ。
「そう」
彼女はクレオーンの頬に手を伸ばす。傷ついたところをかすめるようにそっと撫でて、痛ましげに眉根を寄せた。
「可哀想に……」
彼女はクレオーンを愛おしく思っている。だから、それを仕草や態度で示すこともあるだろう。でも、言葉には表してはならない。せめて、彼の良心ばかりは腐らせないために。
「君がいるから、耐えられるんだ」
彼は子供のように笑った。




