危険な深林へ1
『六爪獅子』と『鬼の双角』が森の中に住む少年の情報を極秘に集める依頼を受けて、それを達成して戻って来てから三週間が経とうとしていた。
件の少年の情報を集めるために魔物が狩り尽くされていることについての情報を行商人や知り合いの冒険者に訊き回っていた二チームだったが、どの都市や町でも都市リンデンス周辺での出来事という噂になっているらしく、他の町の周辺で似たようなことが起こっているという話はないらしい。
とはいえ、一番近い町でさえ五十キロ以上も離れているのだ。しかもこの国の大半は人間が開拓できずにいる未開の地。この出来事が町の周辺のみで起こっているのだとすれば、それはこの出来事に町の住民が関わっている可能性が高いということになってしまう。
ルイベルトとカルロスはこのことについて頭を悩ませていた。
「もう諦めるか? この都市の周辺にも魔物が戻り始めたみたいだし俺達は十分やったんじゃないか?」
「……すまん、ここまで付き合わせてしまって。だが俺はもう少し頑張ってみることにするよ」
現在ルイベルトとカルロスは二人だけで路地裏の隠れた酒場に来ている。
この店はあまり多くの人が知らない店であり、二人は、というより『六爪獅子』と『鬼の双角』のメンバーはそのことが気に入り、ここを頻繁に利用しているのだ。もちろんヘルシオとナルネシアは例外である。
この酒場の店主は昔からの付き合いで信用できる人物であり情報交換なども頻繁に行っている。今回の件での情報は既に聞き終わっており、やはり大した情報を得ることができなかった。
「頑張るってどうするんだよ?」
「もっと森の奥に進んでみようと思う」
カルロスのこの発言にルイベルトは度肝を抜かれた。
「本気か!? お前の腕が確かなのはよく知っているが流石に三人じゃ無理があるぞ!! 何かあったらどうする!?」
「三人じゃない。俺一人で行こうと思ってる」
「おい!!」
「大丈夫だ。あの少年に行くことができる場所なら俺にだって行けるはずさ。それに魔物の死体を追っていくんだ。俺の行き先に魔物は少ないよ」
「確かにそうだが…………」
カルロスの言っていることは正論だが事はそんな簡単ではない。
冒険者の階級というのはそもそも魔物の強さを基準にして分けてあるものであり、四等級のチームなら一対一で四等級の魔物に余裕を持って勝つことができることを示している。
しかしそれはあくまでチームの実力であって個人の実力ではない。
町の外は魔物の世界であり何かあったときに信用できるのは自分の力を除いて他にない。もしものことがあったら生きて帰ることができなくなってしまうのだ。なにせ助けてくれる者などいないのだから。だからこそ魔物の住処を主な仕事先とする冒険者は何かあったときのためにチームを組んで行動する。理由はもちろんそれだけではなく、チームに全滅の危機があるとき一人でもその情報を近くの町に届けることで冒険者組合ができるだけ早めにそれに対処する準備を整えるためである。
人の踏み込むことのできない森の奥には未知の進化を遂げた高等級の魔物が多く生息している。
そんな場所に一人で立ち入れば生きて帰ることはとてつもなく難しいことなのだ。しかも死んで情報を町に持ち帰ることができなければ対策を練ることはできず、結果的に捜索隊を編成することもできない。
ルイベルトはそんなところにカルロス一人を向かわせることなど許可できない。
しかしカルロスはルイベルトの許可を必要としない。
ルイベルトは数分間悩み一つの結論に達した。
「よし。俺も行こう」
「ダメだ」
まるでルイベルトがそう言うことがわかっていたかのような返答だった。
「……随分と返答が早いな」
「お前の考えていることなどお見通しだ。どれだけ長い付き合いだと思っている」
「そうか。でも俺はお前に付いて行くぞ。隠れて行っても後を追うからな」
「あのなぁ―――――――」
「そもそもあの少年に命を懸ける必要があるのか? 言ってしまえば赤の他人だ。助けたいという気持ちは理解できるが自分の命とは釣り合わないだろ?」
ただの一度、しかも一瞬だけ見ただけの少年のためにそこまで命を懸けようとするカルロスの気持ちをルイベルトは理解できない。
想像することはできてもそれは理解とは近いようで程遠いものである。
「……自分でもわからないんだ。ただ言えることは喉に刺さった魚の骨のように気になって気になって仕方がない。どの道このままでは仕事に差し支える。たとえ力になれなかったとしても、会って話をしないと気が済まないんだ」
「…………はぁ。やっぱり付いて行くよ」
「本当にいいのか? 生きて帰れる保証はないぞ?」
「別にいいよ。死にたいわけじゃないけど、俺がいなくても『六爪獅子』はやっていけるだろうさ」
「俺は………二人に怒られそうだ」
「ははは。確かにそうだな。でも俺とカルロスがいれば少しの困難くらい何とでもなりそうな気もするんだけどな」
カルロスはルイベルトの発言に思わず笑いを溢す。
「一度二人だけでチームを組んでみたいと思っていたんだ」
「奇遇だな。俺もだ」
顔を合わせて笑い合う二人組。
傍から見れば危険な組み合わせだが、この二人をよく知る酒場の店主は何も言わずに二人のやり取りを見ていた。
「よし。そうと決まればメンバーにこの話をしないとな」
「…………何言われるか想像つくけどな」
「それはお前の責任だ。少しくらい二人に怒られて自分の行いを鑑みるといい」
「…………はぁ」
深いため息とともに二人は立ち上がり店を出ていった。
それを無言で見ていた店主は「勘定は次回」と密かにメモっていたという。
「馬鹿なのですか、師匠?」
「師匠、馬鹿?」
「…………」
ルイベルトとカルロスが『六爪獅子』に少年を追って森の奥深くまで二人で行くとを伝えに行ったときはあっさりと許可が下りた。
もちろん「絶対に帰って来る」と言うまでは話すら聞いてくれず無視されて落ち込んだのだが。それでも自分への信頼から下りた許可だと思うと嬉しさが込み上げてきた。
しかしそれとは裏腹にメンバーのその瞳に映る心配の色を見逃すはずもなく、絶対に生きて戻ると自分自信に誓いを立てたルイベルト。
問題はゼインとスオルトだった。
ルイベルトがチームのメンバーにしたようにカルロスが二人に事情を説明すると、なんと師であるカルロスに今まで利いたこともない口を利いたのだった。
あまりの事態にカルロスとルイベルトは唖然となり何も言うことができなかった。
ゼインとスオルトも最初からこんな態度だったわけではない。
俺達も付いて行くという意見を突っ撥ねた瞬間にこうなったのだった。
「ルイベルトさん、あなたもいったいどうしてしまったのですか?」
「ルイベルトはこんなことを許す人じゃなかったはず」
何故か自分にも飛び火してきて混乱を始めるルイベルト。
カルロスはここまで言われたことはないものの、注意されることはよくあったことなので既に平静を取り戻していた。
「すまないけど今回ばかりは二人の意見を取り入れることはできない。俺は弟子としてゼインとスオルトを育てたが、二人はまだ誰も育ててないだろう? この都市の冒険者の格を維持するためには二人は必要な存在だ」
「それなら師匠のほうが適任ではないですか!! なぜそのようなことをされる必要があるのですか!?」
「俺がしたいからするんだ」
「なら自分達も連れていってほしい」
「それはできない。万が一があっては困るからな」
「万が一とはなんですか!? もう帰ってこないおつもりですか!?」
「いや待て待て…………あくまでも万が一だぞ? 俺は五体満足で無事に帰って来るつもりだから安心してほしい」
カルロスの確固たる自信を感じてゼインとスオルトは黙り込んだ。
誰よりも傍でカルロスの力を見てきたのは他でもないゼインとスオルトなのだ。
ゼインが一人で三等級の魔物を圧倒していた様は二人が一生付いて行きたいと思わせるほどのもの。
そんなカルロスが自信を持って帰って来ると言っているのだからそれを信じて待つのが弟子なのではないか、そう思い直した二人だった。
「最後にもう一度聞きますが付いて行ってはいけませんか?」
「だめだ」
「そうですか…………」
躊躇なく拒絶されたゼインは軽くため息をつき、次の瞬間真剣な目つきでカルロスの目を見た。
「絶対に帰ってきてくださいよ」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」
「……確かにそうですね。師匠は間違いなく強いですしね」
こうしてなんとかチームのメンバーから許可を得たカルロスとルイベルトであった。
『六爪獅子』と『鬼の双角』のメンバーからの許可を受けた二人はさっそく準備に取り掛かった。
とはいえ集めた情報からある程度の方向を予測し、そこからは魔物の死体とその腐敗状態などを見極めながら森を進むことになる。
馬に乗っていく予定のため、馬に持たせることができる量の荷物しか持って行くことがでない。だからこそ用意するものはあまり多くない。
食べ物はある程度は現地調達が可能なため携帯食を数日分だけ持って行くことにする。水はこの都市の近くを流れるショルト川から調達する。件の少年はその川の近くに住処を作るだろうと二人は予想してるため一石二鳥なのだ。なにせ人間は水がなければ生きてはいけないのだから。
荷物の準備を終えたルイベルトとカルロスは荷物を一か所にまとめて少し早い睡眠に入った。
翌朝誰よりも早く起きた二人は馬に荷物を繋ぎとめ、都市リンデンスを後にした。
件の少年と会うことを目指して。