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人間の痕跡2

 ルイベルトがカルロスに追いつくとカルロスは一本の大木を調べていた。


「どうしたんだカルロス?」

「ルイベルトか。これを見てくれ」


 カルロスが指をさした場所に目を向けてみるとそこには何かで抉り取ったかのように多きな溝が作られていた。

 それだけではない。その溝が上に向かって五十センチほどの幅で交互に抉られていたのである。まるで木の上に登るための足場のように。


 そのまま一番上まで見上げるとそこには雨風をしのげる程度の小屋のようなものが存在した。木材だけでなく大きな葉や木の枝なども用いて作られた何とも簡素な小屋だった。


「これは当たりだな」

「………らしいな」

「上まで行って調べてみよう」


 そう言うとカルロスは何者かによって作られたと思われる足場を使い、上までどんどん登って行った。


「気をつけろよー!」

「わかってるよ」


 カルロスがその小屋に近づき、何かあったときのためにすぐに武器を抜けるよう気構える。


 そして小屋に辿り着いた。

 その小屋には扉というものはなく最低限の作りでできていた。小屋の中も子供一人が寝転がる程度の大きさしかなく、見渡さずともすべての情報を一瞬で読み取ることができた。

 しかしこの小屋の中には既に誰もいないし何もなかった。人が住んでいたであろう痕跡は既にない。しかしこのような場所にこのような小屋を作れる魔物は存在しないはずだ。少なくとも今まではそのはずだった。だからこそこれが人間によるものだと断言できた。


 この世界には人間以外にも知的生命体は存在する。

 しかし人前に姿を現すことは滅多にない。

 人は自分とは違う生き物には畏怖を覚え排除しようとする。だからこそ自らの種族以外と出会うと争わずにはいられない。

 よって人間の近くには人間以外の種族は存在しないし、その逆もまた然り。


 これらのこともあってカルロスはこの溝を作ったのは人間だという考えに至った。さらに小屋の大きさから住んでいたのはおそらく子供一人。頭に浮上するものはあの少年だ。


(やはりこの付近の魔物を討伐し尽したのはあの少年なのか………?)


 状況の証拠からはその少年がそれを為したと訴えかけてきて、理性はそんなことを子供一人でできるはずがないと訴えかけてくる。


(もし、もしだ。あの少年が持つと思われる武魂具が既に一次進化を終えているとしたら………)


 そこまで考えてしまったことに自分の疲労を感じざるをえないカルロス。

 才あると言われるカルロスでさえ武魂具の一次進化が起こったのが二十代後半なのだ。万が一にもあの子供が一次進化を終えているはずがない。

 カルロスは自分にそう言い聞かせ、思い浮かんでしまった可能性を強制的に頭の外へ排除する。


 そんなことを考えているとルイベルトも木を登ってきた。


「カルロス、どうしたんだ? 何度呼んでも返事がないから登ってきてしまったぞ」

「……ああ、悪い。少し考え事をしていてな」


 ルイベルトはカルロスに話しかけながらも小屋を観察し情報を収集する。

 そしてやはりカルロスと同じ結論に至った。


「カルロスが出会ったという少年がここにいたというのは間違いなさそうだな。問題は今どこにいるかだが………」

「もうここらにはいないだろう」

「何故そう言い切れる?」

「これはあくまで俺の予想だが、あの少年は人間を避けるように生きているんだ。俺があの少年に会ったときはそう感じた。俺のほうを向いたときに見えた感情の抜け落ちた表情に何も映さない瞳。俺にはわかる。あの少年は絶望というものを知ったんだ。理由はわからないが明らかに人間に対していい感情を持っていない。俺と会った時点でもうここら辺から移動しただろう」

「おいおい……そんな情報初めて聞いたぞ?」


 カルロスがもたらした新たな情報に困惑するルイベルト。

 人間に対していい感情を持っていない少年にヘルシオとナルネシアを近づけるのはリスクが大きすぎる。大の大人が七人いるとはいえ、一つの森の生態系を大きく変えることができる力を保有するかもしれない少年に、まだまだ子供であるあの二人を近づけるわけにはいかないのだ。

 特にヘルシオとナルネシアはこの両親以外の五人にとっても息子、娘同然なのだから。


「すまない。どうしても俺があの少年に会いたかったんだ。それなのに行くと決まってからこの情報を渡して依頼を中止させるわけにはいかなかった………」

「どうしてだ? どうして子供一人のためにそこまでする必要がある?」

「………昔の俺を見ているようであの少年が頭から離れない」


 カルロスが悔しげに呟いた。


 カルロスがあまり多くのチームメンバーにしたがらない理由。

 それはまだ冒険者で階級が上がり浮かれていた初心者だったころの話だ。

 ある日カルロスは日常的に受けている討伐依頼の中で少し遠出をする必要がある依頼を受けた。その依頼が難しいというわけではない。そのころに組んでいたチームにとっては適切な難易度の依頼であったし、その周辺にはそれほど高等級な魔物は存在せずに万が一を考えても何とかなる依頼だったのだ。

 実際に討伐自体は問題なく完遂し、何事もなく帰ることができるはずだった。

 しかしその日は運が悪かった。

 本来いるはずがない高等級の魔物が出現した。しかも冒険者ギルドでさえ知らない未知の魔物が。

 魔物とは恐ろしい速度で進化する生き物。だからこそ冒険者ギルドに大きな需要があり、常に多くの依頼が出され魔物の進化を観察、記録して対処するのだ。そしてすべての冒険者ギルドでその情報が公開されている。

 しかしその日出現した魔物は想像を大きく超えていた。

 おそらく人の目を盗んで長年進化し続けてきたのだろうその魔物はカルロス達が知っている知識を総動員しても尚その上をいく行動をし、あっという間にチームを全滅一歩手前まで追い込んだ。カルロスだけがメンバーが食われているのを見計らって逃げることができた。

 唯一生き残ったカルロスは長い間塞ぎこんでしまい、かつてのチームを導いていた明るさなどを失ってしまった。

 それでも徐々に回復していき一人で冒険者家業を再開したカルロス。

 それから自他共に認める力を求めて世界中を渡り歩き、ようやく認められる力を手に入れて生まれ故郷であるリンデンスに戻ってきた。

 そこで自分一人でも守り切れる人数の二人を弟子にとり、自分の実力に対して絶対安全圏である三等級で依頼を受け続けている。

 チームの実力は『鬼の双角』よりも『六爪獅子』のほうが上だが、全員の中で最も腕が立つのはカルロスである。

 とはいえルイベルトとは同期であるため上下関係などは存在しない。


 ヘルシオとナルネシア以外は全員がこのことを知っている。

 だからこそルイベルトはかつてのカルロスを知る者として、かつてのカルロスのように絶望している人物を放っておけないという気持ちを理解できた。それが子供ならば尚更気になってしまうだろうということも。


「もしかしたら俺はあの少年の力になってあげられるかもしれない。せめてこんな危険な森の中ではなく人が暮らすべき安全な街に連れていってやりたい」

「それをあの少年が望んでいなかったとしてもか?」

「………ああ。いつかは立ち直れると信じて。俺がそうであったように」

「……………そうか。だが何度も言うがあれは当時のカルロスにはどうにもできないことだったし、カルロス一人に責任があるわけじゃない」

「ああ………わかってる。いつもありがとう」


 いつも自分を気にしてくれて支えになってくれたルイベルトに再び感謝をしたルイベルト。


「今回は少ないながらも情報が集まった。あと二日残っているがどうする?」

「……まだあの少年を探したい」

「わかった。もしそれで見つけられなかったとしてもまた情報を探そう。俺達には依頼を受けなくても遊んで暮らせる程度には金に余裕があるしな」

「…………ありがとう」

「気にするな。これぐらい魔物が減ってくれればヘルシオとナルの訓練にちょうどいいし、俺達にも息抜きになるしな」


 そう言ってほほ笑むルイベルト。それにつられてカルロスも思わず笑ってしまう。


 一通り小屋の内部を調べた二人は結局何の情報も得られなかったが落ち込むことはなかった。

 街や都市の周辺で魔物が狩り尽くされるなどといった大事件ならば自然と情報が集まるだろうし、所詮一人でいける場所など限られているのだから。一個人がいくら強くとも辿り着くとこができない危険地帯というものをルイベルトもカルロスも知っているのだ。


 小屋での情報収集を終えメンバーのもとへと帰るべく木の上から飛び降りる二人。今まで鍛えてきた力と生物を倒して手に入れた力によって、この程度では傷つくことのない肉体を持つ二人は一般人にはできないことを軽々とこなしたみせた。


 他のメンバーのもとへと戻るとそこには寛いでいる子供二人とそれを見守る大人が五人いた。


「あのなぁ………森の中で気が緩み過ぎじゃないか?」


 この状況を冒険者チームのリーダーとして見過ごすことができずルイベルトは軽く窘める。

 メンバーは魔物がほとんどいないせいか少し気が抜けているようであった。

 かく言うルイベルトもいつもの依頼に比べれば気が抜けていることは確かなので強く言うことができなかったのだ。


「だってさぁ魔物もいないし退屈なんだよぉ」

「私もー」


 子供二人がルイベルトの小言に対して不平を漏らす。


「それでも少しは周りに注意を向けるべきだ。森の中ではいつ何が起こるかわからないんだからな」

「……はい」

「……ごめんなさい」


 先ほどの小言より強めの口調で注意を促したルイベルトに素直にヘルシオとナルネシアが返事をした。

 二人もわかっているのだ。都市の外で何が起こっても不思議ではないということを。

 なにせ都市の中ですら絶対安全とは言い切れないのだから。

 そのことを少ない冒険者稼業を通して体験したことが二人にはあったのだ。


「わかればよろしい。じゃあみんな集まってくれ」


 小言を早めに打ち切り先ほど得た情報を全員で共有する。

 結果、今日はこの付近で野営をすることとなった。



 二日後。

 より広い範囲で情報を集めてみたのだが結局あれ以上何も情報を得ることができず、依頼完了を宣言してリンデンスまで戻ることとなった。

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