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刀の進化

 ゆっくり近づいてくるそれは全長六メートルはあろうかという巨体であった。

 誰が見ても異形であるその生物は見た目が猪であるが足が六本もあり、一メートルを越すであろう鋭い牙が左右に二本ずつ生えている。そして何より今までリューノが戦ってきたどんな生き物よりもすごい威圧を放っている。知能の低い生き物であればすぐに逃げてしまうであろう。知能の高い生き物であれば逃げて足音を立てるよりも身を隠して自分の傍から離れてくれることを願うだろう。そしてそれすらも運頼みだ。その異形の目がサーモグラフィのようになっていたり、鋭い嗅覚を持っていたらそれだけで終わりなのだから。


 異形であるソレは木の上にいるリューノに気付いた様子もなくゆっくり彼の住処である木の横を通り過ぎていった。

 しかしリューノはこれが絶好の機会であると思っていた。

 今までリューノよりも格上の生き物に会う時は彼が移動しているときであり、同じく地面に足をついているときであった。今回は運がいいことに彼は木の上にいる。これ以上の奇襲の機会があるだろうか。


 リューノはゆっくりと移動を始めた。

 木から木へと飛び移っているのだ。この移動は彼にとってはな大したことではない移動であるが、それでも足場が限られてくるし地面に比べていざという時の行動に制限がかかってしまうため、普段はあまりしない移動方法であった。

 しかし今回に限っては異形であるソレの動きが緩慢であるためにこの移動方法をとっていた。もちろんそれでも相手に気付かれるというような愚をおかしたりはしない。長年森で生きてきたリューノは常に命の危機にさらされていることもあって隠密行動はお手の物だ。


 ちょうど異形生物の真上にくる機会があった。

 リューノは音を経てないようにゆっくりと真紅色に染まった刀を抜く。ここで気付かれてしまっては何もかもが台無しだ。

 刀を抜き終えたリューノは音もなくその場から飛び降りた。たとえ十メートル以上の高さから飛び降りたとしても彼ほどの身体能力ならば怪我をしたりしない。着地を失敗すれば怪我を負うこともあるかもしれないが既に何百回とこなしてきたことである。慎重に行動している今、着地に失敗するはずはない。


 彼我の距離が五メートルを切ったところでソレがリューノに気付いた。

 しかし時すでに遅し。

 落下によって加速しているリューノと、足が短いこともあって初速がほとんど出せない猪型異形生物では、どちらに軍配が上がるなどと考えるまでもない。


 リューノは大きく刀を振りかぶり一気に振り落ろした。普段はあまり振りかぶらずとも抵抗すら感じることなく対象を両断できるが、今回は念を入れての振りかぶりだ。

 振り下ろされた刃は抵抗なく首の半ばまで進んでいったが骨を切ることはできなかった。

 しかし骨を切らずとも脳に多量の血液を送る血管を断ち切ることができれば生物は生きられない。何せ全身に指令を送る脳には血液が必要だからだ。だからこそリューノは首を狙った。

 しかしながら何故かその異形生物はまだ生きていた。とはいえかろうじて生きているだけの状態であり、今のリューノの敵ではなかった。

 一瞬で刀を引き抜き、今度は下から一気に切り上げた。

 首部の大半を切られて動きを止める異形。次の瞬間、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


 リューノはそれを見て無表情に刀を襤褸布で吹き上げようとしたその時、驚くべきことが目の前で起こった。

 刀と鞘の形がゆっくりと変化していった。

 今までシンプルな刀身だったが、まるで東洋の龍がうねっているかのような太い刃紋になり職人が見たらそのあまりの美しさに目を離せなくなるだろう。そしてその鍔すら龍が蜷局を巻いているような形状になった。

 さらに刀身の色が元の銀色に戻った。鞘は今まで通り漆黒に染まっているが、それに黒真珠のような光沢が出てその美しさを益々際立たせている。


 それだけではない。

 その刀に合わせて自分の中の力が一気に増大した気がした。自分の身体が軽くなったような感覚に、目の前の重たい物体を持ち上げられると確信できるようになった感覚といえばわかるだろうか。

 試しに先ほど切断することができなかった異形生物の骨に滑らせるようにしながら一気に刀を振り落とした。すると僅かな抵抗を受けてその骨を両断した。


 リューノは自分が強くなっていることを確信しながらその死体の一部を住処に持ち帰る。

 さすがに一トンを超えるだろうその巨体の全てを持ち帰れるはずもなく、肉の多い腹部だけををごっそりと剥ぎ取った。


 リューノはその肉を少し太めの蔦で縛り上げ十メートルを超す木の上部目指して昇り始めた。

 始めは物体を小分けにして何往復もして運び込んでいたが現在は一往復だけで済む。日々成長している腕力や脚力がそれを可能としていた。

 住処に戻ると早速、自家製囲炉裏に薪をくべて火を起こす。原始的で少々時間がかかる作業だが他にすることもない彼はそんな作業に飽きないのだ。

 食事を済ませたリューノは住処に寝転がる。

 そして考え事を始める。


(これはつまらない人生なのだろうか。ただ食べて鍛えて寝るだけの日々)


 普通の人には会話相手がいる。共に笑い、共に泣き、共に人生を歩んでいける、そんな仲間が。

 リューノだっていつも一人だったというわけではない。初対面で優しくしてくれる人は大勢いた。

 しかし最後には自分のもとから離れていく。

 それが本心からなのか周りに合わせてなのかはわからない。

 そんなことはどうでもいい。

 重要なのは結局は誰も信用できない、それだけなのだ。


(今の僕は以前に比べればずっと幸せだ。誰も僕を避けない、疎まない、貶めない)


 リューノにはそんな当たり前なことがなかった。

 前世の世界なら意思のやり取りは比較的簡単だった。しかしこの世界の文明レベルは前世の文明レベルより劣る。

 あんな異形生物に溢れる世界、個人がこんな凶器を持ち歩ける世界。どちらも人間が文明を進めるのを邪魔していて遅れているのだろう。それともリューノが文明が発達する前に転生してきてしまったのだろうか。結果は同じ事なのだが。

 この世界では前世の時よりもさらにコミュニケーションが難しい。だから前世のときよりもずっと彼は疎まれるかもしれない。

 そう思えば思うほど悲しみと憤怒の感情がリューノの心の中を埋め尽くす。

 人間など滅びてしまえばいいなどと思うことさえある。

 どうして話せないというだけでこのような仕打ちをされなければならないのか、話せないという部分も含めて両親から授かった大切な自分の一部ではないかと。


 今まで何度も考えてきたことをリューノは考えながら眠りについた。

 その表情に悲壮感などはない。

 あるのはただ人間に対する絶望と諦めの表情だけであった。

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