リューノ
リューノは人間が嫌いだった。
自分が一体何をしたのか、話せないことがそんなにも悪いことなのか。
何度もそういったことが頭の中でぐるぐると回り彼を苦しめ続けていた。
しかしそれも過去のことだ。
今の彼はそんなことは気にしない。人間とは残虐で攻撃的で、弱者を甚振るのを何よりも幸福と感じる生き物だと考えるようになったからだ。
実際にリューノは前の世界でも今の世界でも排斥されてきた。
だから今度の人生は最低限自分を守れるくらいの力を手に入れようと奮起した。
現在昼頃になって昼食をとるためにいつも通り異形の生き物を狩っていた。とは言うものの、何も昼食のためだけに異形を狩っていたわけではない。異形をリューノの有する刀で殺せば殺すほどリューノ自身も刀も成長するという結果につながるからだ。
今リューノの有する刀は刀身が真紅に染まり、まるでこれまで殺してきた生き物たちの怨嗟の声があふれ出すような雰囲気を醸し出している。
刀を納める鞘は漆黒に染まっており、その鞘に刀を納める時の光景は闇が血を飲み干すように見えなくもない。
もちろんそんな刀の能力がただの刀と同じはずもなく、木の幹にその刃を滑らせれば当たった感触すら感じずに木を切り倒すことになる。
リューノ自身は自分の年齢など覚えていないが見た目からして十二、三歳というところだろうか。前の世界で言えばまだ中学生に入学したてと思われていたことだろう。
そんなリューノはこの世界に来て今まで何度か人を殺した。
彼が住んでいるこの広大な、いや、広大すぎる森で人と会うようなことは滅多になく、それ故に彼はここに住んでいるというのにやはり人と会わないなどということはありえないようだ。
森でいつものように魔物を殺して回っていると人と遭遇するようなことが何度かあった。その人物達は大抵身なりは悪いし、きつい体臭を放っていて近寄り難かった。
だからと言って彼が問答無用で斬りかかったというわけではない。相手が問答無用で斬りかかってきたから返り討ちにしたのだ。もちろんその返り討ちに心を痛めたりはしていないが。
しかも彼にとってはちょうどよかった。服がないのだ。刀以外の武器も。
だから彼は殺した人物が持っていた防具や道具などを回収して再利用していた。そのことに忌避感を覚えるなどということがあったら決してできない行為だ。
リューノが何よりも興味を持ったのは彼らの有する武器だった。驚くほど多種多様な武器を一人一人が持っていたのだ。例えばハルバード、エストック、フランベルジュ、パルチザンなどなど。しかも一つ一つの武器がかなりの業物だった。普通に考えてここまで異なる武器を持つだろうか。少しくらい全く同じ武器または似ている武器を持っていたとしてもおかしくないはずなのに。
そこでリューノは思い至った。自分の有する武器と同じような性質を持つ武器なのだろうと。もしこれが的を射た推測ならば二つの情報を得たことになる。
一つ目は自分が死んでもその武器は消えたりしたりしないということ。ある日突然現れたその武器が自分の死と同時に消えてしまうのではないかとリューノは考えていたのだ。
二つ目は自分を成長させてくれる武器は自分以外が使っても成長しないということ。彼らから奪い取ったその武器はリューノに何の変化ももたらさなかった。ということは、自分の元に現れた武器は自分が使用したときだけ自分とその武器を成長させてくれるということだ。
ここでリューノは一つ疑問を持った。
もしこの武器が生き物を殺せば殺すほどに大きな力を得ることができるなら、自分よりもずっと多くの生き物を殺しているはずの大人であった彼らが自分に負けるなどということがあるのだろうかと。確かに六、七年も毎日毎日何十匹も生き物を殺しているとはいえ、そんな程度で大人の力を上回れるはずがないと。
リューノのこの疑問は確かにその通りではあった。リューノの武器は生き物を殺せば殺すほど成長する武器である。周りの人物が持つ武器も同じような性質を持っている。
しかし彼は一つ思い違いをしていた。普通は一日に何十匹も生き物を殺したりしない。そんなことは一日中森にいなければ不可能なことだ。それに異形の生き物が多数跋扈するこの森に一人で入ったりする者はかなり稀であるということ。
他にももう一つ理由がある。しかしそれはリューノが知りえないことだ。少なからずこの世界の人々と関係を気付かない限り絶対に知ることはできない。
これらのこともあってリューノはいろいろなものを奪い、検証しながら生活していた。
リューノは約一年毎に住処を移している。
何もそれは移したくて移しているのではない。リューノは周囲の生き物を目につく度に殺しているのだ。
そんなことをすればどうなるか。
一時的とはいえ周囲一帯に生き物がいなくなってしまうのである。だからこそ彼は殺すべき生き物を求めて住処を移すのである。
もちろんそれも命がけの行為だ。
この森の危険度は大人ですら数人のグループを組まなければならないほどである。要するにリューノでさえ手も足も出ないような生き物も出るということだ。しかし大人よりも圧倒的に小柄であるリューノは知識をフル活用してコソコソと隠れながら暮らしている。それでなんとかなっているのである。
夜は木の上で暮らす。そしてそこから自分でも殺せるような生き物が近づいてきたときだけ奇襲をしかけて瞬時に殺す。
昼はできるだけ身を隠しながらゆっくりと獣に接近し奇襲をしかけて瞬時に殺す。
リューノが正面から戦いを挑むのは周囲に自分の命の危険がないことを確認したときだけなのだ。
リューノが太い蔦で道具を縛り上げ引っ越しをするときは東西南北など気にはしない。
人がいない場所ならばそれでいいからだ。
たまに綺麗な――――リューノに今まで襲い掛かってきた人物に比べればだが――――身なりをした人物を見かける時がある。そういう人に会う回数はほとんどないが、たとえ見かけたとしても目の前に姿を現したりはしない。以前一度だけ目の前に姿を見せたことがあったのだが話しかけられたのだ。だからリューノはそういう人物の前には現れないことにしている。人間などに話しかけられても答えられないし答えたくないから。
今リューノが生活している地点は、高い城壁のようなものに囲まれた町が視界に入った場所から一週間ほど森を進んだところだ。ここまで来ると人間はほとんど来ないことが経験上わかっている。
その地点はどの木も高さ十メートルを越えるものばかりであり、一度木に登ってしまえば大地に足をつけている生き物には見つかりにくく、逆に広範囲を見渡せることもあって奇襲を受けることなどまずない。
それに遠い場所ばかりを見ている生活をしているために視力、聴力、嗅覚共にかなり鋭い。リューノの傍に近づくことは非常に難しいのである。
今、ゆっくりと彼に近づく影があった。