表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

プロローグ―新しい『彼』

 自殺した彼は気づくと幼児になっていた。

 自分が自分であるという認識を持った時に最初に行ったことは発声だった。

 自分が話すことさえできればこんなことにはならなかった、と思うことがなかったと言えば嘘になる。しかし彼は両親を恨んでなどいなかった。悪いのは自分を否定し、自分を貶めた周囲の同級生なのだと。

 この考えがなければ彼は周囲にどんな牙を剥いたかわからない。彼の最大の幸運と言えば心優しい大人に囲まれたことだったことだったのだから。それすらもなかったとしたら彼は何もかもを敵とみなし、周囲にその怒りを向けてどんな凶行にでたかわからない。


 彼の新たな人生では―――――――――――――――やはり声は出なかった。


 それでも彼は絶望しなかった。もう諦めていたから。人生などこんなものだと悟っていたから。


 しかし今回の人生で最大の不運な点を挙げるとすれば、今回の両親は自分を疎ましく思っていたことだ。

 そのことについては彼は何とも思っていなかった。自分の両親はこんな人間ではない、自分の両親はこんな自分すらも愛してくれた素晴らしい人物だった、と自分に言い聞かせていたから。

 だから彼は今回の親に何も期待しなかった。自分の成長に必要な栄養を用意するだけの人物だと思い込んでいた。

 しかしそんな彼の人生は長くは続かなかった。ついに両親は暴力を振るうようになったのだ。

 ここで完全に彼は大人すらも見限った。

 彼はこの世界では自分の仲間などいないのだと完全に悟ったのだ。


 そこからの行動は速かった。

 もうこんな家にいても仕方がないというように家を飛び出した。数日分の食料とナイフを小さなバッグに入れて。まだ六歳になったばかりだというのに。

 新たに生まれたこの世界では異形の怪物が跋扈しているということについては知っていた。しかし自分の命に大した価値を見出していない彼は死んでしまってもいいと考えていた。所詮、一度自ら手放した命なのだ。


 そしてやはりソレは彼の前に現れた。彼が生まれた村を出てから、その村の周りに生い茂っている森林の木々を避けながら、目的地もなく何時間か彷徨っていた時のことだ。

 見た目は狼だが発する雰囲気がただの動物ではないと物語っている。眼は血走り、唾液を大量に垂れ流しながら鋭い牙を剥いている。何より目立つのはその額に付いている禍々しい一本角だ。

 自分は運が悪かった、そう思うことにした彼は抵抗をせずにこれから起きるだろうことを待つことにする。


 その時だった。

 まるで何者かが彼の死を拒むかのように、彼の死を遠ざけるかのように、彼の手の中に一本の刀が現れた。それは装飾のないが綺麗な刀だった。刀身は六十センチほどであり六歳になったばかりの彼にはちょうど良い。

 彼はそんな刀を見て久しぶりに心が躍っていた。これで人間という醜い生き物を排斥できるのではないか、と。実際に刀一本で人間という種族を排斥できるとは思っていない。しかし今まで武器を持ったこともない彼にとって刀というものは自分をこの上なく強くしてくれるものに感じた。

 生き物を殺すということに忌避感を感じない彼は――――実際に自分を一度殺している――――躊躇いなくその刀でその異形の狼に切りかかった。

 結果はあっさりとしたものだった。その刀はさしたる抵抗を受けることもなくその異形を両断した。

 そしてやはり生き物を殺すということに何も感じなかった。そのことについて何かを思うような彼ではない。


 そこで彼は気づいたことがある。

 異形を両断したその刀から熱い何かが流れ込んでくるのだ。

 始めはそれが何なのかわからなかった。初めての感覚だったということもあるし、武器から流れ込んでくるものというものに心当たりなどがなかったからだ。

 しかしその異形を何度も殺したころにようやくそれを理解した。

 まだ家を出てから十数日しか経っていないというのに明らかに身体能力が上がっているのだ。それは六歳児ということもあり、元の身体能力が低すぎたために気付くことができたのだ。

 気付いたのは石を投げたときだ。食料が少なくなり自分で集める必要性が出てきたときにまず何を食べるか悩むことになった。異形を食べるかどうかを悩んでいたのだが、それなら異形でない生き物が見つからないときに食べればいいという結論に至り、木に止まっている鳥を石で撃ち落とすことにした。

 襲い掛かってくる異形を刀で屠りながら石を投げて鳥を撃ち落としていると、初めて本気で投げたときと現在本気で投げたときでその飛距離に差があることに気付く。もし一、二回しかそれが起きなかったら気付かなかっただろう。飛距離などその時々で変化するものだし、そんな僅かな差を数回見た程度で気付くはずもない。

 しかしそれを幾度となく続け、明らかに飛距離が伸びていたら気付いてしまうのも仕方がない。身体能力などそんな僅かな時間で伸びる者ではないのだから。


 それからは頭の良かった彼は複数の実験を行った。

 まずはその身体能力向上についてだ。刀で生き物を殺したときと他の武器で殺した時では違いが出るのか。刀から流れ込んでくる熱い何かは、刀以外からも流れ込んでくるのか。

 結果は流れ込んでこなかった。木の棒で小さめの生き物を何度も殺したが木の棒から熱い何かが流れ込んでくることはなかった。ということはこの不思議な刀に原因があるということだ。何はともあれ彼にマイナスに働く現象ではないため彼はそのことを歓迎した。

 次に異形を食した場合についてだ。これについても何の問題もなかった。

 最後にこの刀についてだ。刀の使い方はともかくとして、刀の手入れをどうすればいいのかわからなかったのだ。しかしその心配も数日で杞憂に終わる。その刀は錆びない、欠けない、曲がらない。

 とても特殊な武器であることがわかったのだ。しかしそれについても考えてみれば半ば当たり前のようなものだった。なぜなら突然手の中に現れたこの刀が普通の武器であるはずがないのだから。

 それどころかさらに驚くべきことがある。

 この刀がゆっくりと変化してきているときことだ。始めは返り血で赤く染まっているのかと思っていたが、劣化しない刀だとわかって川の水で刀身を綺麗に洗い流したところ、その刀身が薄らと赤色に染まっていたのだ。

 その時に彼は理解した。成長するのは自分だけではないのだと。自分に合わせてこの武器も成長しているのだと。いや、刀の成長に合わせて自分も成長しているというほうが妥当なのかもしれない。


 それからというもの、彼は周囲にいる生き物を殺して殺して殺しまくった。

 少しでも自分の糧とするために。自分というものを否定させないために圧倒的な力を手の入れることを望み。


 これから始まる物語は自分を周囲に否定され何もかもを捨てた男が、転生してからのことを綴った物語である。

 その男のこの世界での名はリューノ。

 話すことができないという体質を持った男の物語である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ