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危険な深森へ2

 最初は都市リンデンス近郊を流れるショルト川を目指して真っ直ぐ進み、そこからは噂がある上流に向かって少し急ぎで進んでいった。


 実はルイベルトとカルロスが乗っている馬はただの馬でない。

 生まれたときから特別な訓練を受けたスタウトホースと呼ばれる軍馬である。一頭で一軒家にも匹敵する値段はするが、『六爪獅子』は三頭、『鬼の双角』は二頭を保有している。大きさも三メートル近くあり飼育は難しい。

 スタウトホースは知能が高く人間と意思疎通こそできないものの、自分の主人をしっかりと把握しその考えをある程度は汲み取ってくれるのだ。だからこそ強さゆえの獰猛さなどは普段は鳴りを潜め、街中で暴れだしはしないのである。

 維持費も一般人が聞いたら失神してしまうかもしれないほどの額である。しかしそれすらも二チームにとってははした金でしかない。

 世話で最も苦労するのはやはり普段の運動だろう。一日中厩舎にいるということはあまりない。仕事の休みの日などは誰かが都市の外に出て運動させるのである。場合によっては魔物と戦闘させることだってある。雇ってやってもらうこともなくはないが、基本的にはチームのメンバーが交替でやっているのだ。ヘルシオとナルネシアであってもチームで保有しているスタウトホースならば運動させることができる。

 エサなどは都市の住民が好意で寄付してくれることが頻繁にある。それぐらいリンデンスに貢献をしているのだ。


 そんな馬に乗って数日間ショルト川沿いを上流に向かって進んでいるが、未だに魔物の死体が途切れることはない。

 さすがのルイベルトとカルロスも気を引き締めるほどである。

 生き物を倒せば倒すほど強くなることができるこの世界でこれ程多くのの魔物を一人で倒しているのだとしたら、今はいったいどれほどの力を得たのだろうか。

 二人はそれ想像するとその背に冷や汗が流れ落ちた。


 通常、魔物を倒す時はチームを組んで倒すことになるため得られる魂気――生き物を倒したときに流れ込んできて武器とその所持者を成長させるもの――は攻撃を与えた分だけ得ることができる。それは生き物の魂を削った分だけ自分がその魂を得ることができるからだ。もちろん人によってその成長率は異なり、ある人物が生物百匹倒して得た魂気で成長した力と、その他の人が生物十匹倒して得た魂気で成長した力が釣り合うことだってある。人によってその成長率がまるで異なるのだ。

 その成長率の差を生み出す要因。それはその個人の魂の強さに依存する。

 この魂の強さは生まれつきのものであり個人の力でどうこうすることはできない。

 そもそも魂の強さに要因があるということを人間が独学で究明したわけではないため、人間自身にもある程度のことしかわかっていない。

 魂が強い者は成長が早く、一次進化に到達することができる。しかし過半数の人間は一次進化を迎えることなくその人生を終える。よって一次進化を迎えることができた者は一般的に魂が強いといわれるのだ。

 ルイベルトもカルロスも二十代で一次進化を終えるほど魂が強く、最近になってようやく二次進化を迎えたのだ。だからこそ彼らは現在単体で二等級に匹敵するほどの実力を有する。これはまさに一騎当千と言ってもよい実力であり、一般的な冒険者にとっては尊敬に値することである。


 ルイベルトもカルロスも今まで数えきれないほどの生き物を、それこそ魔物だけでなく人間も少なくない数を殺してきたが、それでも今回の件で討伐されたであろうほどの数の生物を倒してきたのか自信がない。

 普通の冒険者にだって日常はあるし、魔物の討伐だけで生きていけるほど楽な世の中ではない。仲間がいれば無茶はできないし、疲労が溜まってミスを犯せば死につながるかもしれない。武魂具以外の携帯武器や防具の手入れなどもしなければならない。要するに森の中だけでは生きてはいけないのだ。

 だからこそ森の中で一日中魔物を殺しまわっている少年と長年生きてきた自分達の倒した生物とどちらが多いのか断言できないのである。例えその数が上回っていたとしても、それは一人で成し遂げてきたことではなく複数人で成し遂げてきたことなのだ。

 これらのことを考えれば件の少年が既に一次進化を遂げていたとしてもおかしくない。そして自分達と同等の力を持っていてもおかしくないかもしれない。そう二人は考えたのだ。


「雰囲気が変わったな」

「…………確かにそうだな」


 ルイベルトの問いに僅かな間をあけてカルロスは返答した。


 はっきりとした境界線などはないものの、周囲の雰囲気が一変したのを敏感に感じ取ったのである。

 今二人がいる場所は人間が滅多に立ち入らない危険地帯。人間が滅多に立ち入らないということは人間に討伐されることなく高度な進化を成し遂げた魔物がいる場所であり、一流の冒険者でさえ生存率は決して高くはない場所である。

 二人は何度もその場所に足を踏み入れたことがあるため、殊更敏感にそれを感じ取ることができる。


 しかしすぐにいつもと違う点に気が付く。

 それは重苦しい雰囲気であるこの場所が静かすぎること。

 生き物の鳴き声が聞こえないとかそういうことではない。森全体の雰囲気というべきか、そういうものが静まり返っているのだ。

 普段は入っただけで胸騒ぎがするほど森の雰囲気は荒々しく暴力的だ。何者かが自分の命を貪り尽そうとつけ狙っているような感覚を覚えるのだ。

 しかし現在はまるでその逆。

 重苦しい雰囲気は保ったまま静まり返るこの場所に以前は感じることのなかった気味悪ささえ感じ始めている。


 そしてその原因をすぐに思い知らされる。

 すでにわかり切っていたことだが、やはりこの場所にも複数の死骸が地に横たわっているのだ。


「ここにもすでに来ているらしいな」

「まだ比較的新しい死骸だ。ここからそう遠くは離れていないだろう。しかし問題はそこではないよ」


 カルロスの言にルイベルトは黙って頷く。

 そう、死骸があることなど来る前からわかっていたことなのだ。

 問題はそんなことで消えたりはしない。


「なぜこんなに綺麗な死骸なんだ」


 その魔物は見ただけですぐにわかるほど高等級な魔物なのだ。

 人間が鹿と虎を見れば危険なほうを言い当てることが可能だろう。それに似た感覚を二人は感じていた。

 死して尚失われることがないその威圧感は強い緊張感を全身に行き渡らせた。


 そんな魔物と戦えば苦戦を免れることはできず、多くの傷を相手に与えて体力を削り最後にとどめを刺すといった戦法になるだろう。

 少ない手数で敵を倒すには奇襲するかもしくは自分よりずっと格下の相手を倒すしかない。


「そんなこと言わなくてもわかっているだろ」

「……だな。どれもほぼ一撃で倒されている。しかも的確に首を狙って」


 それなのに周囲に転がる複数の死骸には傷跡がほとんどない。

 あるのは生物の弱点となり得る首などの部位にある裂傷のみ。

 しかし生物の弱点となり得る部位は必ずと言っていいほど狙いにくい。それはそうだろう。自分の弱点を相手にさらけ出しているのに守らないはずがなのだから。

 それこそ進化に進化を重ねて強大な力と知能を有した魔物がそんな簡単に弱点を狙った攻撃を許すはずもない。


「これはなかなか不味いことになってきてるんじゃないか?」

「……予想以上だ。もしかしたら少年とは別に原因があるのかもしれないな」

「それはそれで帰れそうにないけどな」

「ああ。俺達で原因を突き止めなければならない。こんな戦力を有する何かがリンデンスに攻め込んできたら甚大な被害が出るのは免れないだろう」


 都市リンデンスにある冒険者チームで最も強いとされているのが『六爪獅子』である。

 『鬼の双角』は確かに強いチームではあるが、三等級ということもあり『六爪獅子』の陰に隠れがちではある。実際には二等級に匹敵する戦力である。

 とはいえ『鬼の双角』はそのことをあまり気にしていないし、周りも『鬼の双角』を侮っているわけではない。あくまで『六爪獅子』に比べれば、である。

 その二チームのリーダーが被害が大きいと断言しているのだから、被害が出ないことなどまずありえない。

 全ての人間が武魂具を持っているとはいえ、戦闘できる者は多くはないのだから。


「やはり人間の仕業だと思うか?」

「どうだろうな。切断武器を持つのは人間だけじゃない。長い爪や鎌を持つ魔物だっているからな」

「………人間だったら説得という選択肢があるんだがなぁ」

「魔物にも説得してみればいいじゃないか。俺は協力するぞ?」


 カルロスの軽い冗談にルイベルトは笑ってしまうが次の瞬間、一気に笑いが消え失せた。


「聞こえたか?」

「ああ」


 一般人なら聞き取ることなどできるはずがないほどの微音だったが二次進化まで遂げている二人の聴力は一般人の比ではない。

 流石に数キロも離れている場所の音を聞き取ることなど不可能だが、森の中でも大きな音で一キロほどの距離ならば十分聞き取ることができる聴力なのだ。


「俺には何かが地面に落ちた音に聞こえたがカルロスはどうだ」

「俺もそう聞こえた。行ってみるか」

「了解」


 短いやり取りでやるべきことを定めた二人は音がしたと思われる方角へ馬を走らせる。

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