プロローグ―独りで生きる男
一人の少年が森の中で奇妙な生き物と戦っている。
その生き物は何とも形容しがたい異形の姿をしている。大きさは一メートルほどだろう。おおよそ地球と呼べる場所では見かけることは無いだろう生き物だ。こんな生き物が存在していたとしたら人がソレを滅ぼすか、人がソレに滅ぼされていただろうから。
その少年は一本の刀を持っててソレと戦っていた。人が刀と聞いて最初に思い浮かべる装飾など一切ないものだ。だからと言ってその刀はただの刀とは少し違う。刀とはその鋭利さ故に刃こぼれしやすく、何度も何度も斬り合ったりしたとしたらたちまち切れ味が悪くなってしまう。しかしその刀は先ほどから幾度となくソレに斬りつけているにもかかわらず全く刃こぼれしていない。明らかに普通ではない刀だ。
そしてその刀を持っている少年は身長百四十ほどで茶髪のミディアムショートという何ともありふれた容姿をしている。しかし一つだけ目立つ点がある。
それは眼だ。
まるでその異形を殺すことに何も感じていないかのように冷めた眼をしており、荒事などに不慣れな人がそれを目撃したら身を固くするか、または同じ人間として同情すらしてしまうかもしれない。その少年が生きてきたであろう人生を思い浮かべて。
しかしそのような眼をしている人間ならば他にいないこともない。『人間が全ての人間を救うことはできない』ということの証明でもあるスラムと呼ばれる場所ならば、このような眼をしてる人間も決して少なくないはずだ。
彼を遠目から見ていては気付かない異常な点がもう一つだけある。
それが声だ。
あれだけ激しく動き回っているのも関わらず一度も声を漏らしていない。十分以上激しい動きを強いられているのだから一度くらい悪態をつきたくなるというものだ。しかし彼から聞こえてくるのは激しい呼吸音と刀を振り回すことで生まれる風の音、それに何度も大地を蹴ったこと生じる衝撃音だけだ。
そのことを彼はあまり気にしていないようだ。そのことから彼がそのことを当たり前と捉えているということがわかる。
やがて戦闘が終わりその異形がその体を地面に横たえると、その少年は刀でその異形を解体し始めた。普通ならナイフでするであろうことを彼は刀で器用に行っていき、その体の一部をそこらに転がっている木の枝に刺し、今度はその枝を地面に突き立てた。刀はこれまた装飾のない鞘に納めてある。
その後、腰に着けてある皮でできた小さなポーチのような物から石のようなものを取り出し、その二つを何度もぶつけ合った。どうやら火打石であるらしい。
枯葉に燃え移った火花はゆっくりと燃え広がり瞬く間に大きくなっていく。
少年はその火を使い先ほど地面に突き立てた枝の先に付いている肉を焼き始める。
しかし少年はその工程を経て現在に至るまで未だに一度も声を発していない。
焼き終わった肉に齧り付くその少年の瞳はやはり冷めたままだった。
その肉に美味しいなどと言った感情は抱いていないことがわかる。ただ生きるためだけに食べているといったように感じられる。
焼いた肉を食べ終わった少年はすぐにその場を去った。この場所に先ほどの獲物を狙った他の異形が多く集まって来るということを知っているから。
その少年は刀を固く握りしめ、次の獲物を目指して走り出した。