恋する乙女の贈り物
事の始まりは数日前に遡る。
「そういや、倉本の誕生日ってもうそろそろだよな?」
昼休み、昼食を取っている時に彼、春風雅人くんがそう呟く。
「え、そうなの?」
突然の発言に私、木村心葉は少しうわずった声で返した。話題に上がっているのはクラスメイトで友達である倉本圭輔くんだ。今日は風邪を引いたという事で欠席している。
「来月辺りだったかな? 確かそのくらいだったと思ったぜ。つか、会長知らなかったの?」
「う、うん。聞いたことなかったから……」
「あれか? 聞こうと思ったけど緊張して聞けなかったとか?」
「うぐぅ!?」
自分でも変だと思うような声を出してしまった。
「図星か。会長は分かりやすいなぁー」
「ふにゅう……。それはいいとしてさ、春風くん。私、一応まだ副会長だからさ、会長って呼ばれるのは抵抗があるんだけど……」
まだ立場は生徒会副会長なのだ。いくら来年会長を任される事が決まってるとは言え、そう呼ばれるのはまだ抵抗を感じる。
「まぁ似たようなもんじゃん」
そう笑顔で返された。基本自由人である彼に行った所で無駄だとは分かっていたけれど。
「来月、かぁ……」
詳しい日にちを聞いておいて、それに合わせてプレゼントが出来たら喜んで貰えるだろうか。その日は一日ずっとそんな事を考えていた。
§
そうして、時は現在に戻る。整理された勉強机に、小さめの可愛らしいテーブル、隅の方には青とピンクのクッションが置かれている。ここは私の部屋。そして、テーブルを挟んで、向かい側に座っている制服姿の女の子は倉本彩美ちゃん。圭輔くんの妹さん。
そして、先ほど下校中だった彼女に偶然会ったので、そのまま部屋まで連れてきた所だ。
「それで、なんで私はここまで連れてこられたんですか?」
「え、えーとね、圭輔くんって何か欲しいものないかなーって……」
「お兄ちゃんに何かプレゼントするんですか?」
「う、うん! ほら、この前インフルエンザだった時に迷惑かけちゃったし……」
「あれはここちゃんって言うより春風さんが悪いんですけどね。まぁここちゃんも悪いけど」
「それで、お詫びに何かプレゼントしようと……」
ふーんと納得した様なしぐさを見せた彩美ちゃんだったけど、ふと何かを思い出した様な表情を見せる。
「……そういえば来月、お兄ちゃん、誕生日だね。あぁ、なるほど、そう言う事ね」
まずい、ばれた。そう思うと同時に口が勝手に言葉を紡いでいた。
「へ、へぇ! 圭輔くん、来月誕生日なのかぁー! し、知らなかったなぁー!」
「ここちゃん、隠すの下手なんだから隠さなくていいですよ。ここちゃんがお兄ちゃんの事、好きなのずっと前から知ってるんだし」
「うにゅう……」
彼女には、彼と仲良くなれてからすぐにその事がばれてしまった。一番最初に私の気持ちに気がついたのは春風くんだった。今の関係になれたのも、彼がいろいろと気を利かせてくれていたからなのだから、感謝が尽きない。
「実際、ここちゃんがお兄ちゃんの事好きだって気がついてなのは本人くらいだと思いますよ。お兄ちゃん、そう言うとこ鈍感だし」
それで、と彩美ちゃんは続ける。
「お兄ちゃんに誕生日プレゼントをしたいから、何か欲しがってないかを聞くために部屋に連れ込んだ、って事ですか?」
「はい……そう言う事です……」
もはやどっちが年上なのだかわからなくなってきた。そう言えばこの前インフルエンザでの騒動の時も、彼女の友達の恵理ちゃんにこっぴどく叱られたんだった。彼女たちは本心では私の事を年上だと思ってないのかもしれない。
そんなこと思っている中、彩美ちゃんは何かを考えている様だった。
「……そう言えば、ここちゃんって手先器用でしたよね? 昔、折り紙教わったりしてたし」
「う、うん。ある程度は……」
「じゃあ、編み物なんてどうですか? お兄ちゃん、最近寒くなってきたーって言ってたから、マフラーとか作ってあげたら喜ぶんじゃないですか?」
完全に何かを買う事を前提にしていたからそれは盲点だった。なるほど、手作りの物をプレゼントか。それはとても好感度が上昇しそうな気がする!
「作ったことないけど、やってみるね!」
「頑張ってくださいね。なにかありましたら、また相談に乗りますので」
そう言って、彩美ちゃんは私の家を後にしていった。
彼女にまた泣きついたのはそれから3日も経たない内だった。
「……これは酷い」
彩美ちゃんと一緒に来ていた恵理ちゃんが、私が編んだ物を見てそう言う。
「心葉さん、ちなみにこれ、なんですか?」
「い、一応、マフラー……」
「ま、マフラー……」
そう呟くと恵理ちゃんは再び手に持った物に視線を落とす。そこにはまともな形を保っていない糸くずの塊の様なものがあった。私作のマフラー……と思われる物。
「ここちゃんは手先は器用だけど編み物はダメ、と」
彩美ちゃんが記憶するようにその事実を述べる。それによって私にダメージが与えられる。
「プレゼント、どうするの?」
私の服の裾を引っ張りながらそう聞いてきたのは彼女たちの友達である笹原朔ちゃん。ちょっと不思議な雰囲気のある子だ。
「まだ代わりの物は考えてないけど……」
「じゃあ、くーにいいアイデアがあるよ」
朔ちゃんはそう言って笑って見せた。
§
「んで、これはどういう状況なんだ?」
圭輔くんの誕生日当日、外出から帰ってきた彼の第一声はそれだった。
「ん? 鍋。見てわからん?」
「俺はなんで鍋始めようとしてんだって聞いてるんだ。あと、雅人は何でもう食ってんだよ」
春風くんが肉を食べながら、圭輔くんに状況を説明していた。
朔ちゃんの言う『いいアイデア』というのは『みんなでお鍋食べよう』という事だった。みんなで食べれば楽しいし、お鍋はあったかいから、という理由を話していが、後日彩美ちゃんから聞いた話だと、単に朔ちゃんが食べたかっただけだと言う。
「まぁ祝ってくれるのはありがたいけど何で鍋なんだよ」
「ほ、ほら、普通にケーキとかじゃつまらないじゃん?」
私は慌ててそういう事にしておく。ケーキを作れれば良かったのだけれど、昔スポンジを丸焦げにした事があり、それ以来作っていない。
「って、春風くん! さっきからお肉食べすぎ!」
「だって旨いじゃん!」
そんな子供みたいないい訳をする春風くんから何とか肉を守ろうとしている中、彩美ちゃんが圭輔くんに声をかけているのが見えた。
「賑やかな誕生日になったね」
「うるさいだけって見方もあるけどな」
「でも、まんざらでもなさそうじゃん」
彩美ちゃんの言葉に、圭輔くんは笑顔を見せた。
「不思議だと思ってたんだよね、お兄ちゃんがここちゃんと春風さんと一緒にいるのって。全然違う性格だし、普通ならお兄ちゃんとは合わない感じがするけど」
「理由なんて簡単な事だよ」
圭輔くんはそう言いながら鍋から野菜を自分用の小皿に移し、食べ始めた。
「お前は、朔と恵理と居るのが楽しいだろ?」
「うん」
「それと同じだよ。確かに性格とか全然違うけどな、だからこそ、見てても、一緒に居ても飽きないんだ」
圭輔くんは少し周りを見回してから続けた。
「俺の、自慢の友人だ」
それを聞いた私は、嬉しさのあまり顔が少し赤くなったのを感じた。見ると春風くんも嬉しそうにニヤニヤしてる。
「……って! お前ら、今の聞いてたか!?」
「そりゃ、この距離なら、なぁ?」
「うん、全部聞こえてた」
その事実に圭輔くんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あぁ、今の無し! 撤回! お前らは自慢でもなんでもねぇ!」
「それはねぇんじゃねーの? 自慢の友人でいいんだぜぇ~?」
春風くんが圭輔くんをおちょくる様に言う。それを聞いた圭輔くんがいつものように反論をしていく。
「私も前言撤回しなきゃかもね」
少し離れた所でそれを見てた私に寄りながら彩美ちゃんが言う。
「お兄ちゃんも、ここちゃんとか春風さんと似たような所あるね」
「そうみたいだね」
「それと、私、思ったんだけどさ。ここちゃんと春風さんと一緒に居る事が、お兄ちゃんにとっては一番いいプレゼントなんじゃないかな」
「そう、なのかな?」
「自信はないけどね」
そう言いながら彩美ちゃんは恵理ちゃんと朔ちゃんの元に戻って行った。
「私たちも食べよ」
「くー、お肉食べたい」
「もうほとんど残ってないね、誰かさんのせいで」
「恵理ちゃん、目が怖い」
「追加で買ってくるか?」
そんな会話を聞きながら、私は思う。一緒に居る事がプレゼントになるなら、私はずっと一緒に居よう。いつか、彼が私の気持ちに気がついてくれるのを夢見て。
「お肉ならもう1パックあるよ」
そう思いながら、私はみんなの輪の中に入って行った。
END