サプライズ??
連絡をとる回数は2、3日に一度。
ヒョルから仕事の話はあまりでない。
いつも私の事を聞きたがった。
「明日から映画の仕事にはいるの?」
ヒョルは珍しく仕事の話をする。
「はい、全編ロケなのでスカイプはできないです…でも電話はします!」
私の目の前の画面にうつるヒョルはニコニコと笑顔だ。
私の顔を見れなくてもなんてことないんだろうな…
「寂しいですか?」
突然の問いに私は動揺した。
寂しいと言えば何か代わるのだろうか…
「大丈夫だからお仕事頑張って!私、楽しみにしてるから!」
本当は寂しいよ…
あいたいよ…
現実感のない恋愛にいつまでも慣れなくて、恋に恋してる感じ。
だからヒョルに気を使わせたくない。
「そうですか。」
ヒョルが少し残念に言ったように聞こえたのは私の思い上がりだろうか。
「じゃ、明日早いのでそろそろ切りますね」
「うん、体に気をつけて!」
ヒョルに笑顔を向け、スカイプを切った。
(ふぅ~)
いまだに緊張するなぁ
画面にうつるヒョルはどうしても芸能人にしか思えなくて、彼氏と話をしている感じがあまりしない。
逆に映画を撮ってる間は電話だけになって良かったのかもしれない。
ヒョルと知り合ってから1ヶ月
早いなぁと思いながらベッドに横になる。
そして、今日のヒョルとの会話を思い出しつつ、明日の仕事の為に私は寝ることにした。
「うわっっ!長谷川君!珠子さんがオムツ外ししたからちょっと居室にいるからね!」
今日も朝から目まぐるしく動き回る。
仕事はいい。
忙しくて何も考えなくて済むから。
ピンポーン、ピンポーンとナースコールがなる。
何故手を離せない時に限ってさらに仕事が増えるのだろう。
(頼む、誰かナースコールとって!!)
しばらくするとナースコールが止む。
(良かった、誰か対応してくれたんだ)
私は利用者さんのオムツを直し、居室をでる。
「雪さ~ん」
今日、一緒に組んでいる長谷川君は入って2カ月のまだ新人だ。
この仕事も初めてらしい。
「どうしたの?」
まだまだフォローが必要なため、普段より疲れる。
(やっと終わる…)
業務終了時間まで後10分
最後に記録の書き残しがないかチェックする。
パラパラとファイルをめくっていると3時の水分摂取がみんな記入されていないことに気づく!
マジかぁ…
仕方無く入所者全員のファイルを書き終えた頃には日は暗くなっていた。
(せっかくの早番だったのにな…)
あいさつもそこそこにユニフォームを着替える。
会社をでると、つめたい風が今にも雪を運んできそうだ。
駐車場に差し掛かると車のそばに人影が見える。
自慢ではないが乱視の近視のため、どんな人かはわからない。
ただ、暗くなった駐車場での人影に怖さはつのる。
一歩一歩近づいていくと、それが誰だかわかった。
「あれー?長谷川君どうしたの?」
私よりも2時間も前にあがっているはずの長谷川君がそこにいた。
長谷川君はうなだれていた。
「雪さん、すいません。俺のせいで遅くなってしまって…雪さんの仕事も増やしてしまいました。」
あーらららら
完全に落ち込んでる。
「何言ってんの!入ってまだ2ヶ月!利用者だってコロコロ変わるし、覚えては忘れていかないと頭パンクしちゃうもん。長谷川君は真面目だからいろんな事覚えすぎてゴチャゴチャになってるだけ。」
そう、彼は利用者さんの事をわかりすぎててほかの人と間違って対応してしまうミスが多い。
例えばオムツの人とリハビリパンツの人と間違えて、オムツ交換しなくってあふれてた…とかね。
だから余計な仕事が増える。
仕事が増えた上にそこに何度もナースコール鳴らされたりするとパニックに陥ってしまう。
業務の優先順位をまだ把握もしてないからそのフォローはベテランにまわってくるのは仕方のない事だ。
「俺、自信ないっす」
あーあ。
最初にぶち当たる壁ね。
私は一息ついて
「ねえ、私お腹すいたし、寒いからどっかでご飯食べながら話しない?」
私は特になにをしてあげることもできないけど、話くらいは聞いてあげよう。
私達はすぐ近くのラーメン屋に移動した。
「あー、暖かい!私、激辛ラーメンに餃子ね。長谷川君は?」
「俺はこのラーメンセットで」
長谷川君の指差したのはラーメンとチャーハン、餃子のセットだ。
「さすが、若いと食べるね~私はビールも飲みたいけどどうしようかな」
悩んでると
「良かったら俺送って行きますよ」
長谷川君がそう言ってくれたので私は甘えることにした。
ビールが先にやってくる。
「ぁあー美味しい…」
仕事終わりのビールは何故こんなにも美味しいのだろう。
「あのさ、あんまり深く考えなくていいと思うよ。相手は気持ちもコロコロ変わる人間なんだから柔軟にやってけばいいって!ただ、待ってくれる人と待てない人、待たせたら仕事が増える人様々だからそれがわかれば少しはスムーズにできるって!フォローできる人が一緒に組むんだから大丈夫。」
長谷川君は少しだけにこりと笑う。
「てかさ、仕事終わったら忘れて彼女とデートでもしたほうがよっぽど気分転換になると思うけど~」
私がそう言うと彼は
「俺、ずっと彼女いないんですよ…」
ありゃ、モテそうな感じなのに。
確か事務の女の子とか若い子とかかっこいいって言ってたからてっきり居ると思ってた。
「そか、んじゃ作りなさい!楽しみないと仕事も頑張れないよ!」
その時ちょうどラーメンがやってくる。
「やった、お腹ペコペコ。たべよ!」
その後も色々話をして楽しく食事は終わった。
「雪さん、彼氏いないんですか??」
彼は車にエンジンをかけながら聞く。
…どうしょう、ヒョルの事は話せないから。
「うん、面倒くさくて。飲みに行ったり、温泉行ったりするのが私のストレス発散方法なのよ、こんなオバサン誰も相手しないって。」
適当に流しとけばつっこまないでしょ。
「俺に彼女作れっていっといて、自分はいないなんて。」
長谷川君は笑いながら言う。
「だって若い頃に恋愛しないなんて勿体ないじゃん。」
ちょっとふてくされながら話をしていると、車が動き出す。
「俺はオバサンなんて思ってないですけどね。むしろ…」
???
なんか、雰囲気がかわってきたのがわかる。
「や、何言ってんの。お世辞うまいんだから。」
「本当ですよ。俺、年上にしか興味ないし、雪さん美人だから。」
んー職場で面倒くさいのはお断りだ。
「そか、ありがとう」
会話の中身は発展させない。
それが無難だろう。
でも、長谷川君は今時の子にしては積極的なほうだった。
「今度、一緒に飲みに行きませんか?」
「いいね、んじゃ、そのうち。」
みんなで飲もう。
「あ、そこ曲がったとこでいいから。…反対方向なのにありがとね」
家が会社から近くて良かったかも。
「じゃ、絶対ですよ!」
車を降り際、長谷川君は飲みにいく約束に念を押した。
「わかったって、とりあえず今日はゆっくり休んでまた明日頑張って!」
彼の車を見送り、玄関に手をかけたそのとき
「雪」
と後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある声
でも、まさか…
「ヒョル!!」
信じられない事に昨日、画面でみた実物がここにいる。
言葉がでてこなかった
「雪?」
彼が今、目の前にいる
ハッと我に返った私は
「どうして?」
と声を震わせた
「嬉しくないですか?」
ヒョルが悲しそうに俯く
「え、や、ちが、…違う。だけど、だって…」
パニックだった
「落ち着いて、とりあえず人目を気にせず2人になれるとこに移動しましょう」
にっこりと微笑むヒョルに私は目がはなせなかった