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6日目

ピピピ、ピピピ、ピピピ

(あー、37.3℃かぁ)

昨日熱をだした時よりは下がってはいるが、まだ平熱とまではいかない。

それでも少し心に余裕はできてくる。

ベッドから起き上がり階段を降りる。キッチンには作り置きのお粥があった。

それを温め直しソファーに座り食べる。

静かな部屋な1人でいるのがいたたまれず、テレビを付ける。

遅い朝のニュースを見ながらボーとしていた。

『それでは韓流ブームはいつまで続くのか!最近の韓流事情を調査してきました~』

テレビの中のアナウンサーが発した言葉に、思わずビクッとする。

お粥をテーブルに置き、私は黙ってテレビを見ていた。

最近の韓国旅行者の数や日本でデビューする韓国アイドルなどさまざまな紹介をしたあと、最近の人気俳優などをクイズチックに出題している。

「あ、ヨンハ君が入ってる。」

色気のある肉体と瞳におばさま達はメロメロって…うん、たしかにそういう雰囲気はあるな。

そして、画面にはヒョルが映る。

私は息をするのを忘れているかと思うほど、視線を離すことができなかった。

『今、もっとも韓国と日本で人気があるのは…アイドルなのに俳優もこなすパク・ヒョルさんです!!』

画面の中のタレントさん達が皆頷いている。

…そんなに人気があるの?

『パク・ヒョルさんは現在次の映画の準備をされているそうで…』

ヒョルはこの街にいるよ~

思わずテレビに突っ込みそうになった。

『以前噂になったオウ・カンミンさんもヒロイン役で共演なさるそうで、クランクイン前から注目を集めそうですね~』

アナウンサーから発せられた言葉に胸がざわざわしだす。

…関係ない、関係ない。

と、思いつつもついネットで検索してしまう。

「オウ・カンミン…ミスユニバース韓国代表!?」

なんか、スケールが違い過ぎてヒョルが私を好きだと言ったのが自分の妄想かと思ってしまいそうになる。

そんな美人が周りにいながらなんで37歳のおばちゃんを好きだと言うのだろう…

モテない方ではないが飛び抜けて美人な訳ではない。

…やっぱりありえない。

ドッとダルさが身体を襲う。

寝よう…もう二度と会うことのない人の事は考えず、風邪を治そう。

たった六日…

出会ってからたったの6日しかたっていない。

常識で考えて人をそんなに好きになれるだろうか?

違う国、違う言葉、違う文化、すべてが乗り越えれるほど恋に落ちれるの?

…ただのしがないおばちゃんに…

考えれば考えるほど自分がただのおばちゃんであることを痛感する。

ピンポーン、ピンポーン

玄関からチャイムがなるが私は出なかった。

しばらくすると今度は携帯がなる。

「もしもし」

「雪さん?具合どうですか?」

沙世からだ。

「うん、まだ熱はあるけど大分いいよ」

「さっき家までいったんですけど雪さんでてこなかったから玄関に差し入れ置いときました!」

じ~ん、なんていい後輩なんだ。

私は沙世にお礼を言う。

「それとー、課長が明日休んでいいって、そのかわり明日電話下さいって伝言です。」

「わかった」

私は沙世にお礼を言い、電話を切る。

携帯をテーブルにおくと立ち上がり玄関へ向かう。

ガチャッ

………!!

ドアの先にはヒョルが立っていた。

「な、なんで?!」

ヒョルの表情は暗く、私を見つめ黙っていた。

冷たい風が玄関から入ってきて私を包む。

「ゲホッゲホッゲホ…」

咳がまたでてきた。

ヒョルは何かをいいたげにしてるが動きはしない。

「とりあえず寒いから入って」

玄関で話してると熱がぶり返しそうだ。

ヒョルをソファーに座らせコーヒーを入れる。

チラリと目をやるが彼はうなだれたまま微動だにしない。

「どうぞ…」

テーブルにカップを置き、私はヒョルの隣に腰をかけた。

沈黙が続く。

イライラし始めた私が最初に口を開く。

「何か用があるの?ないんだったら私、休みたいから帰っ…」

「雪!」

私の言葉を彼は遮った。

驚いて彼へ視線を向けると、ヒョルはすごく近くにいた。

「何故、私を好きになって貰えないのですか?日本人じゃないから?一般人じゃないから?」

すごく真剣に聞かれた。

なぜか、今日のヒョルには気迫を感じる。

「日本人じゃないからとかではないよ…」

視線をそらし、俯く。

「理由を教えて!私はどんな理由でも雪を諦めない。たとえ雪が私を嫌いでも…もう、私の心は雪の事で一杯です。」

はぁ…一番傷付かない理由って何かな。

何と言えば彼は諦めてくれる?

有名人の彼は誰もが憧れる人で、そんな人に好きだなんて言われて嬉しくない訳がない。

そんなシチュエーション夢や妄想では憧れてても実際起こると困る。

目に見えて周囲は騒がしくなり、中傷や嫌がらせ、私の過去がバレるのも時間の問題だ。

とにかく、私が真っ白な…人に話せる人生を送ってきたのなら彼に行けただろう。

グレーな世界で生きた事のある真実。

「…ヒョルはさ」

思い切って口を開いた。

「有名人でプライベートもとれないの…嫌になったりしない?誰かと会ってたりしたことや、どこに行ったとか、自分の過去がすぐにみんなに知られたりするのってどう思う?」

ヒョルは一瞬考えてすぐに答える。

「それは夢が叶った代償です。何かを失うのが怖くて諦めるような夢なら夢ではありません」

ヒョルの話は続く

「スターになって、今まで出来ないことができるようになった。でもそのかわり、出来てたことが出来なくもなった。…パニックになるから電車やバスにはもう乗れません、だけど専用の車がどこでも連れて行ってくれる…売れない頃はボランティアしても寄付は少なかったけど、今はファンの人達がくれた寄付で沢山の人が喜んでくれてる。それは有名人じゃなくても生きてれば誰にでもある事ではないのですか?皆、何かを手に入れるために何かを捨てた事一度くらいはあると思います。手に入れる物が大きいほど失うものも大きい。」

そうか、ヒョルはそれでもスターになりたかったんだ…

夢を叶えるために覚悟してた代償。

「私は…」

言葉を発するのにためらった。

「今の平穏な生活を捨て、私というものが世間に知られるくらいならあなたと恋に落ちなくていい…まだたった6日しかたっていないのよ、なんでそんなに私を好きになれるの?私を知らないくせに!」

ヒョルはそれでも私から目をそらさない。

「雪は私の事少しでも好きですか?」

嫌いではない、むしろ強く惹かれている。

小さく頷いた。

「雪は何を守りたいの?自分の気持ちごまかしてまで恋愛出来ない理由を知りたい」

私が好意をもっているとわかったヒョルはその理由を追及し始めた。

「だ、だから何をするにも好奇の目に晒されたりするのが嫌なの!静に暮らしていたいのよ」

「じゃぁ、絶対に雪との仲がバレないと保証があれば雪は私と付き合ってくれるんですか?」

バレないなんて事出来るの?

でも、万が一ばれたら?

「なんでそんなに私にこだわるのよ…他にすてきな人沢山いるじゃない。なんで私なのよ…」

諦めてくれないヒョルにどうしていいかわからなくなってきた。

「だって雪の笑顔はいつも偽物だから…人を気遣っていつもニコニコしてる。雪の瞳の奥に鋭さと暗さが伝わってくる。何故か、私にもわからないけど雪と目があった瞬間、私が幸せにしなきゃいけない人だって全身で感じました。」

どんな理由よ…

ありえない、直感?

私はもう泣きそうになっていた。何を言っても彼は自分の思いを信じ、伝えてくる。

そして私は決断した。

ホットミルクを一口飲んだ後、小さく深呼吸し、彼へ向き直る。

「私は昔、自分の体を売る仕事をしてた。お金が入れば入るほどその生活から抜け出せなくなって…体も心もボロボロになってやっとその世界を抜け出した。」

ヒョルは私が何を言ってるのか理解できているのだろうか。彼の顔は無表情に近い。

「あの時が私の人生の中で最も楽しくて最も苦しい時だったと思う。そしてあの時望んでた平凡を、今は手に入れることができたの。だけど今もお金のない生活を子供にさせたくなくてたりない分を体を売って稼いでる。わかる?私は売春してるの!そんな女なの!だからあなたとは…」

泣いていた。

自分のしてることがいけない事だとわかってはいたが、あらためて口にするのはこんなにも苦しい事だったのか。

「雪…」

ヒョルが私の肩に触れる。

「触れないで!…私はあなたが触るような女じゃない。黒いから…汚いから…あなたの側にいてもいい女じゃないの。これでわかったでしょ?私がしてきたこと、世間にばれたら困るの。ヒョルの評判も下がるわ…」

もう、どうでも良かった。

自分がヒョルにどう思われようが、この平凡を守れるのならと…

でも、ヒョルは変わらなかった。

「私が雪を全力で守ります。私と居ても雪が穏やかに暮らせるように努力します。いいえ、絶対に!」

「わかってるの?私は売春するような女なのよ?」

ヒョルの目を見つめる。

「もう、そんな事しないで。足りない分は私が出しますから。過去のことも私には関係ない。今、これからの雪と私は一緒に居たいって思う。だからこれ以上傷つかないで。」

彼にはわたしが自分で自分を傷つけているように見えたのだろうか…

そっと抱き寄せられる。

自分の気持ちに素直になるべきか、絶対的保身を取るべきか未だわからないまま身をゆだねる。

「雪、私と付き合ってくれますか?私の彼女になってもらえますか?」

多くの不安が襲ってくる。

だけどヒョルの声はとても甘く、とても優しく、こんな私でも良いと言ってる。

「本当に私なんかでいいの?」

ヒョルはため息をつきながら

「雪がいいんです」

と、力強く答えた。

「…なる。ヒョルの彼女になる。」

彼は腕にさらに力を入れて、強く、強く私を抱きしめた。


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