5日目
寒い…寒い…
ボーとする頭は自分が今どこにいるのかすらどうでも良かった。
「雪?」
優しい声が聞こえる。
ここは…?
ヒョルが私を覗きこむ。
「雪、大丈夫?」
暖かい手が私の頭をなでる。
「だ…ゲホッゲホッ…」
喉が灼けるように痛く、言葉が思うようにでてこない。
「ゆき、ゆき」
ヒョルはおろおろし、スポーツドリンクを私に持ってきた。
そういえば喉がカラカラだ。
身体を起こし、ドリンクを一気に飲む。
「…わたし‥なんでここにい‥るの?」
状況が飲み込めない。
「雪電話くれました。でも何も言わなくて携帯落とす音しか聞こえなかった。だからチャンにお願いして沙世さんと連絡とってもらったら具合悪くて帰ったって…でも沙世さんが家に電話しても連絡とれなくて心配だからって私に様子みてきてとお願いされました。」
(沙世、ごめんね)
寒気の為布団に潜り込む。
「私…家に帰‥った記憶‥ないけど…」
ヒョルは私の布団をかけ直し話を続ける。
「はい、家には鍵が掛かっててチャイム鳴らしても出て来ないからいちおー雪の会社に行きました。そしたら沙世さんが雪の車あること気付いて…沙世さん仕事終わったらここに迎えに来ます。家誰もいないから雪の事置いとけません。」
ヒョル…
嬉しかった。
私をこんなに心配してくれる人達がいる。
その時ドアのチャイムがなり、チャン君が部屋に入ってきた。
「お、雪気がついた?!薬とか買ってきたよぉ」
ニコニコとヒョルに手渡しながら私を見る。
「迷‥惑かけて…ご…ゴホッ」
慌ててチャン君は「気にしなくていいから」
とオロオロする。
彼等はなにやら韓国語で会話をしたあと、すぐにチャン君は部屋を出て行った。
「雪、薬飲んで寝て」
薬と水を受け取り、私は一気に飲む。
しかし、その作業に身体がついて行かなかった。
口から水をこぼしてしまう。
ヒョルは急いで私の口をふき、口を開けてと言った。
半分程しか開けない口に冷たい水が流れ込む。
(!?)
ヒョルが口移しで私へ水をのませたのだ。
突然の事で言葉もでず、私は具合が悪い事さえ一瞬忘れてしまった。
「か、風邪…うつっ‥ちゃう」
風邪のせいなのかどうかはわからないが、心臓は鼓動が早く、顔は急激に熱くなっていった気がした。
「雪の風邪ならうつってもいい。」
ヒョルは真顔で言い放ち、私を横にする。
弱っている時にこのセリフは心に入り込んでくる。
今日だけはこの人に甘えてみようか…
突然のキスに弱った心と体は完全にヒョルへと向いていた。
(心はドキドキしてるけど…でも寒い)
カタカタと震えが止まらない。
「雪寒いの?布団もう一つ掛けようか?」
ヒョルが立ち上がろうとしたその時、私はとっさに彼の腕を掴んでいた。
「雪?」
私は俯いてた顔を上げ、ヒョルを見つめる。
「おねが‥い。一緒に‥寝て…」
この時の私は誰かに抱きしめていて欲しかった。
人の温もりで暖まりたかった。
「…OK、そんな顔されたら誰も断れません。」
困ったような笑顔で言われた。
ヒョルがベッドの中に入り込んでくる。
彼はギュッと私を抱きしめてくれた。
ヒョルの腕のなかで彼の鼓動を子守歌代わりにいつしか眠りに落ちていった。
どの位眠っていたのだろう。
ぼんやりと目を開けると、目の前にヒョルの寝顔があった。
「…」
カッコ良くて、優しくて私を好きだと言ってくれる有名人。
貴重な旅行中なのに私のために1日を潰してしまった。
そう思ったら本当に、自分でもびっくりするぐらい無意識に彼にキスをしていた。
「ん…雪、起きたの?」
我に返った私は欲求不満なのかと思って自分のしたことをちょっぴり後悔する。
「うん、ヒョ‥ルありがと…」
声はガラガラだがさっきよりは少しだけ体が楽だ。
ヒョルは起き上がって時計をみる。私もつられて時計を覗き込んだ。
16時…沙世が迎えにこれるのは19時過ぎだ。
ヒョルはお腹空いてない?と聞いてきた。
「アイスが…食べたい」
ヒョルがニヤリと笑った気がした。
そして冷蔵庫まで歩いていき、沢山のアイスを私に持ってきた。
驚いた私をみて
「私はアイスクリームが大好きでいつも食べてます。さぁ、好きなの選んで下さい。」
常備してるんだ…かわいい。
胸がキュンとしてしまう。
小さなカップアイスを選んでスプーンをヒョルが用意する。
「貸して…」
ヒョルがアイスの蓋をとり、スプーンにアイスを乗せた。
…まさか…
「あーん」
ヒョルが食べさせようとする。
「じぶ…自分で‥たべる」
けれどヒョルは決して私にアイスを譲らない。
仕方なく私は口を開けた。
冷たいアイスが口な入るが熱のせいですぐに溶けてしまう。
味もいまいちよくわからない。
ヒョルは次々に私の口へアイスを運ぶ。
なんか、贅沢だよなぁ。
半分くらい食べ終わったときもういいとヒョルへ伝える。
「じゃぁ、横になってて下さい」
ヒョルは優しく私を寝かしつけ布団を掛けてくれる。
「ありがとぅ」
頭をなでなでされながらヒョルが話し出した。
「本当は今日会ったとき、私の話をしようと思ってました…私が韓国のアイドルなのを隠してたのは普通の男として旅行中すごしたかったから…雪と会って更に言いたくなくなりました。」
彼は私を見つめる。
「そのままの私を見て欲しかったです。アイドルではないパク・ヒョルを。私の心は会ったときからあなたに惹かれつづけてます。」
熱のせいなのか、それとも無意識なのか、私の目は確かに潤んでいた。
「あな…たがスター‥である‥限り…私は側に…ゲホッゲホッ」
ヒョルが優しく背中をさする。
「いられない…ダメ‥なの」
さする手が止まる。
「側にいられない?」
私は黙ってうつむいていた。
「好きには‥なれない」
繰り返される『何故?』『どうして?』
その答えを私は伝えることができなかった。
私は汚れた女だから。
私は…夢をみてはいけない。
いつしかヒョルは質問を止め、部屋から出て行った。
(ガチャッ)
ドアを開ける音がする。
「雪さん!大丈夫?遅くなってしまってすみません。」
沙世が駆け足で私に近づいてくる。
「大丈夫…ありが…とう」
体を起こし、ベッドからでる。
ドアの側にはヒョルが立っていた。
私はヨロヨロとヒョルに向かって歩き出す。
「おせわに‥なりま…した。」
頭を下げ、沙世と共に部屋をでた。
ヒョルは何も言わなかった…
切なくて泣きそうになる。
私はやはり彼に惹かれはじめていたのだ。
久しぶりのトキメキは、私を急速に恋へと導いていたのだ。
「雪さん?熱高そうですね。目が真っ赤ですよ。」
沙世は私を車に乗せて走り出した。