4日目
昨日はあれから色々調べてみた。
まず、ヒョルとウンネ君は韓国でも人気のアイドルグループの一員だと言うこと。
ドラマやバラエティーにも引っ張りだこみたいだ。
検索結果は見切れない程でてきた。
そして、ヨンハ君とチャン君は若手の実力派俳優さん、さらに最近ヨンハ君は歌手デビューも果たしたようだ…。
この4人は二年ほど前に共演し、そのドラマは韓国、日本でも高視聴率を叩き出した。
そして、続編も近々作られるらしい。
…きっと忙しくなる前に旅行にきたのだろう。
そして私達は知り合った。
「はぁ…」
私は静かなケアステーション内でため息をついた。
「どーしたんですかぁ?」
瑞希が向こうの廊下から歩きながら話しかけてくる。
「ん…何でもない。」
私はファイルの確認をしながら時計に目をやった。
22時、休憩の時間だ。
私の勤めている施設は夜勤二人体制で何もなければ22時から3時間休憩がとれる。
今日は不穏な人も徘徊する人もいなくて穏やかな夜だ。
「じゃ、休憩はいるね」
瑞希にバトンタッチし、私は休憩室へ向かう。
その時タイミングよく携帯のバイブが作動した。
(ヒョル!!)
急いで電話にでる。
「もしもし?」
私の声はうわずっていた。
「雪に会いたいです。会って話がしたいです。」
ヒョルの言葉は嬉しくもそれに応える事はできない。
「ヒョル、今休憩中だけど会社を離れることできないの。わかって電話してきてるんでしょ。」
「はい、だから何時に仕事終わりますか?」
ヒョルは泣きそうな声で問いかけてきた。
「明日の9時には上がれるけど…」
会って何を話せばいいのだろう。
何から聞けば私の心は落ち着くのか。
「迎えにいきます」
ヒョルの言葉は思いがけないものだった。
「でも、会社の場所もしらないでしょ??」
「昨日、眞樹と優羽が遊んでる時教えてくれました。雪の仕事は大変だけどすごく大切な仕事だって。とても自慢しながら桜の木が続く道を抜けるとあるって…」
桜の木が続く場所にある会社でわかるタクシーの運転手がいたら凄いと思うがそれでたどり着けると思っているヒョルも凄い。
「たぶんそれだけじゃたどり着けないよ」
私は笑いながら答える。
するとがっかりするようにヒョルはヤッパリと言った。
「…わかった、明日仕事終わったらヒョルのとこ行くから待ってて。」
私はどうしていいかわからないけど、ヒョルに会おうと決めた。
「待ってます!必ずきて下さい!!」
ヒョルの言葉は真剣さと気迫が伝わってくる。
こんな私に会いたいって要望される事はなかなかないだろう。
しかも有名なスターに…
自分の置かれている状況が今でも信じられなくて、たしかに浮かれているのかも知れない。
自分が意外とミーハーだったと知った。
電話を切ってまたため息をつく。
私はヒョルに会って、話を聞いてそれから?
たしかにヒョルに惹かれては来ているが、それは恋とは違う気がする。
外人だから?スターだから?ううん、スターだというのは昨日知ったばかりだ。理由にはならない。でも、これで彼と親しくできない理由はできた。
誰かを好きになることを避けることができた…
そう、私は誰かと真剣に付き合ったりすることはできない。
改めてそう、思う。
それが今まで後先省みずに生きてきた結果だ。
私なんかを本気で愛してくれる人は、いない。
布団のなかで考えながらいつしか私はうとうとしながら夢をみていた。
「雛さん、次指名予約入ってます」
無機質な部屋と感情が入り混じった中で、私は雛と呼ばれていた。
鏡の前で化粧を直しながら急いで支度をしている。
部屋をでて一枚のカーテンの前で待っていると、男の人がチラッと覗きアイコンタクトを送ってくる。
そして、カーテンの向こうから声が聞こえる。
「お待たせ致しました。雛さんです。」
同時にカーテンが開き、私は男性に微笑む。
私も男も慣れた様子で一つの部屋へ入る。
そこにはベッドとお風呂場があるだけの八畳くらいの個室。
「佐々木さん、来てくれたんだぁ!嬉しい」
愛おしい人が会いに来てくれたフリをする。
「うん、出張から帰ってきて真っ直ぐきたよ、雛に会いたくてさ…あ、はい、これ、お土産と…」
差し出された手には四角い箱に入ったお菓子と現金。
「うわ~雛ねチョコのお菓子大好きなの!ありがとう」
箱と現金を受け取り熱いキスをかわす。
男は徐々にスーツを脱がしていくと白い肌が露わになってくる。
私は恥ずかしがりながらも大胆に男をベッドへ導く。
(ピピピ…ピピピ)
時間を知らせるアラームだ…
まだ男は来たばかりなのにアラームがなる。
時計を手に取り何度も直すがアラームは止まらない。
「あっ」
先ほどよりも鮮明にアラームが聞こえる。
すぐさま携帯を手にとりアラームをとめた。
………
何故いまさら昔の夢をみたのか。
誰にも言えない過去の職業。
唯一知っているのは母と前夫のみだ。
今も身体を売ってこずかい稼ぎをしているのに抵抗がないのは、そのせいだろう。
若い頃、ホストにハマりお金が欲しくてよくある転落人生…
精神的に病み、鬱病にもなって自殺未遂を繰り返した。
そんな私が手に入れた今の平凡な毎日、あの頃に比べれば離婚なんてさほど辛くない。
だって死のうと思わなかったから…
子供を置いて死ねる母親は普通の感覚ならいないだろう。
子供がいるおかげで今を生きている。
子供がいるおかげで援助交際をしている。
片親だからといって貧しい思いはさせたくない。惨めな思いもさせたくない。
そんな勝手な想いから足りないお金をそれでまかなっている。
そんな私を受け入れてくれる人はいない。
ましてや目立つことは何一つしたくないのだ。
目立って過去を探られるなんて事はあってはいけないのだから。
ヒョルといい仲になったとして、騒がれて私の過去と今を知られては絶対にいけない。
だからヒョルとは絶対に…ありえない。
重い身体を起こし、交代の準備をする。
ノロノロと待っている瑞希のとこまでやってくると
「あれ?雪さん顔赤いっすよ」
心配そうに覗き込む。
私は頬に手を当て、顔が熱いことに気づく。
「ほんとだ…」
瑞希の横に座り、すぐに体温をはかる。
(ピッピッ)
信じられない数字が飛び込んできた。
「38.3℃?!」
覗き込んだ瑞希が慌てだす。
「だ、大丈夫!」
「なにが大丈夫なんですか!」
たしかに…
でも、昼間で職員が沢山いる日なら問題はないが、さすがに早退する訳には行かない。
自分の仕事をキッチリこなさなければ瑞希に迷惑をかける。
心配する瑞希をなだめて私は仕事に取りかかり、瑞希には休んでもらった。
体調は急激に悪くなり、汗なのか、脂汗なのかわからないほど汗をかく。
歩く度に関節がいたく、吐き出される息は熱い。
朝になると立っているのも辛いほど体調は悪化していた。
「雪さん!早番の人来たから帰って!!」
瑞希が他の職員が来るのと同時に役職者へ連絡をいれ、帰る準備をしてくれる。
ありがたい、正直いうともう二時間も仕事していられる自信はなかった。
帰り支度をし、車に乗り込んだ。
(ヒョルに電話して会えないって言わなきゃ)
携帯を取り出し何度も間違えながらやっと電話をかける。
けれど彼が電話にでる前に私は力つきて気を失った。