3日目
(ビービービービー)
何度も鳴らされるチャイムにイラッとしながらドアを開けた。
「ママー!ご飯食べに行こう!」
眞樹と優羽がヒョル君達を連れて立っている。
(うっ!爽やかな朝のイケメンっ眩しい!)
「今支度するから先に行ってて。」
眞樹達はサッサとレストランへ向かった。
しかし…
「ヒョル君はいかないの?」
彼だけはズケズケと部屋に入りソファーへ腰を下ろす。
「私は雪と行きます。それと、ヒョルでいいです。」
ニコニコと私に向けられる笑顔。
この人が日本人で、この街にすんでたらどんなにいいだろうか。
昨日はあれからしばらく眠れなかった。
色んな事を考えた。
結果、面倒くさいので何も考えないようにした。その時楽しければ、その時嬉しければそれでいいと思うようにした。
どうせ何ともならないのだから…
「じゃぁ、すぐ支度するね、ヒョル君」
私は着替えを手に取る。
「ヒョル!」
(は?)
なんで自分の名前を言ったのかわからず振り向いた。
「ヒョル君じゃなくてヒョル!」
…まさかね。
「いや、急には呼べないし、呼び捨てで言い合うような仲でもないでしょ?」
ヒョル君はすっくと立って近づいてくる。
「雪と近くなりたいから、ヒョルって呼んで。」
そう言えば雪っていつの間にか呼び捨てにされている。
自分だけ呼び捨てで呼ぶのは嫌なのかな?
「あー、でもぉ…」
困っている私を前にしても呼び捨てで言えと彼は譲らなかった。
「あー、はいはい。んじゃ、ヒョル?私は着替えたいからもういい?」
洗面所を指差し彼に言う。
ヒョルはまた笑顔に戻り「はい」とソファーへ戻った。
(ふぅ)
意外と面倒くさい男かもしれない。
「行きましょうか?」
日本の朝のニュースに食いつくようにテレビを見ていたヒョルに私は声をかけた。
「え、あ、はい。」
残念そうにテレビを消す。
「そんなに面白いニュースでもあったの?」
エレベーターを待ってる間ヒョルに聞いてみる。
「いえ、別に…ちょっと知ってる人でてた」
なんとなくバツの悪そうな顔をする。
そーいえばメディア関係の仕事してるって言ってたから韓国人タレントとか知り合いいっぱいいるのかな?
私達はエレベーターに乗り、みんなが待つレストランに向かう。
レストランにはちらほらと人が食事をとっていたが、ひときわ目立つ集団がいた。
(忘れてた…イケメン集団だという事を)
「ママ!早く、早く!」
食べないで待っててくれた眞樹達はやっと現れた私達を見つけ喜ぶ。
美味しそうなモーニングを食べようとしたとき視線を感じた。
周りの人達がヒソヒソとこちらを見て話をしている。
こんだけ目立ってりゃ当たり前か。
「雪さん、この街で面白い所ありませんか?」
そんな視線を気にもとめずヨンハ君がたずねてくる。
「えー、なんもないですよ。車で走れば観光地や温泉はありますけど…」
「いーですね、行きたいです。」
行きたいってこの人達国際免許とか持ってんのかなぁ?
「車の免許あるんですか?」
…誰一人として国際免許は持っていなかった。韓国の免許しかないのだ。
「雪は?」
ヒョルがコーヒーを飲みながら聞いてくる。
なんかやな予感がする。
「ママ持ってるよ」
優羽が会話にまざりたくてしゃしゃりでる。
余計な事を…!
「じゃ、行きましょう」
ニコニコと笑ったヒョルの顔にまたも何も言えなくなっていた。
「あ、でも皆が乗れる車は?私のは無理ですよ」
「俺、よーいしてくる」
ウンネ君はサッサと席をたち居なくなってしまった。
本当にこの人達はやることなすこと強引だ…
ていうか私は流されすぎ!!
ため息を吐き出して飲んだぬるくなったコーヒーは、苦さが増したように感じた。
しばらくするとウンネ君が車を手配したと戻ってきた。
仕事速いなぁと感心しながら2杯目のコーヒーを飲む。
「いくよ」
皆はすくっと立って各自の部屋へ戻る。
私も部屋へ戻りすぐに皆と合流した
ホテル前には立派なワゴン車がありらくらくと大人5人、子供2人が乗れた。
「さて、じゃぁどこから行こうかな」
思いつく限り外国人が喜びそうなとこをかんがえ、私はギアをドライブにいれた。
「しゅっぱーつ!」
皆楽しそうに外をみている。
私は海岸沿いを走り目的地へ向かう。
「雪どこにいくの?」
助手席のヒョルが聞いてくる。
「湖よ」
視線はそらさず運転を続ける。
「みずうみ?」
この単語は知らなかったようだ。何でも知っていると思っていたが意外…
「うーん、韓国語わかんないしなぁ、着いてからのお楽しみ!」
ヒョルは何となく納得し、また外を眺め始めた。
二時間ほど走ると周りは緑一色になり、だんだんと湖が現れてきた。
「おぉ!」
ヒョル達はいっせいに前へ身を乗り出し、青く澄んだ湖に歓喜をあげていた。
「はい、着きました。」
車を土産物屋のある駐車場へ止め、歩いていく。
「雪さん?あれはなんですか?」
スワンボートを指差し、不思議そうな顔をして訪ねてかたのはチャン君だった。
「足で漕ぐ船よ」
理解はしてくれなかったが、近くまでいって中をみたら理解したようだ。
「ママのろ!」
眞樹は乗りたいと言うよりも乗りながら魚に餌をやりたいようだ。
5~6人用のボートと2~3人用のボートを借り、そこで売っている魚の餌を買い求めた。
ジャンケンをしてグループ?に別れる。
「たのしーですね、雪さん!」
ウンネ君と私が小さいボートに乗る。
一生懸命に漕いでハンドルを回しているウンネ君はなぜだかとてもかわいらしかった。
「僕たち雪さんと出会えて幸せです。こうして色んなとこ見にこれました。」
私は日本と韓国の親善大使になった気分だ。
「見てみて!ほら、魚が沢山寄ってきまーす!」
ウンネ君の方を覗くと魚が一緒について泳いでる。
「わぁ、本当だ!餌もらえるとおもったのかな?」
楽しくキャッキャッとさわいでいると突然、ゴンっと音がし、ボートが揺れた。
振り返ると眞樹たちのボートが私達にぶつかったのだ。
「ヒョル!あぶないじゃないか!」
ウンネ君は冗談混じりに怒る。
ハンドルを握っていたのはヒョルだ。他のひとはゲラゲラと笑っていたが、ヒョルだけは横をみながらごめんといいすぐに方向転換さした。
30分の楽しいボート遊びは終わり、足がだるい。
他のひとも同じようだ(笑)
その後、湖を一周し、次へ向かう。
「次は温泉よ」
優羽はえー、と言いながらふくれっ面になった。
ここの湖の近くには温泉がたくさんあり癒やしてくれる。
なかでも湯の花で白く濁った温泉はテレビでも取り上げられるほどの大人気だ。
だが、優羽はあまり温泉が得意ではない。
けれどもそれをなんとかなだめ私達は湖を後にした。
道なき道を走りだんだん皆の顔が不安になる。
「だ、大丈夫ですかぁ?あ、いたっー」
チャン君が頭をぶつける。
「平気よ、ほら、看板がでてきた。」
秘湯といわれているこの温泉は混んでる日と混んでない日が極端にわかれる。
今日はそれほど混んでないようだ。
入り口で入湯料を払い、男風呂、女風呂にわかれる。
「じゃ、眞樹ちゃんと教えてあげるのよ」
眞樹にヒョル達を任せ私は優羽と脱衣所へむかった。
最初にはいったのは小さな室内の温泉、そこからメインの露天は細い廊下で続いている。
「おお、凄い!?」
ヒョル達の声が聞こえてくる。
(良かった、喜んでくれてる)
私達はすぐに露天へむかった。
男性側からは覗かれないように高めのついたてがあるくらいで、あとは自然だけだ。
「雪さーん、凄いですよぉ!そっちはどですか~?」
…ウンネ君だ。
私と優羽は顔を見合わせて黙っている。
周りの人も苦笑いだ。
その時、「うわっ」と彼らの声を聞いたのを最後に再び露天は静かになった。
(どうしたんだろ?)
不安になった私は急いで温泉をでると彼らも同時に温泉からでてきた。
「どしたの?」
ゆっくり温泉にはいれなかったせいか眞樹は不機嫌な顔をして答える。
「おばさん達が入ってきたから…」
(あー、男性側は混浴だったっけ。)
よく見ると彼等の顔は真っ赤になり俯き加減だ。
「ごめんね、お詫びにいいものかって来るからまってて!」
急いで売店へ向かいわたしはある飲み物を購入する。
「わぁ、ラムネだ!」
眞樹はすぐに一本とり上手にビー玉を落とす。
それを見ていたヒョル達は見よう見真似でビー玉を落として飲んだ。
「美味しいです」
笑顔になった彼等はいち早く飲み終わりビー玉を取り出そうとしていた眞樹を見つめる。
昔のラムネと違い、今は口を付けるとこを回すとビー玉が取れるようになっている。
ビー玉を取り出した眞樹をみて彼等は「おー」とどよめいた。
ラムネのビー玉は装飾してあるものではないが不思議と惹かれるものはないだろうか。
みんながにこにことビー玉を取り終わった時、山の冷たい風邪が体を冷やし始めていた。
「風邪引いたら大変、早く車戻ろ」
皆を促し、色々寄り道しながら帰路へつく。
疲れたのか、ヒョル以外はみな眠っていた。
「ヒョルも寝て大丈夫だよ。」
薄暗くなってきた景色をみながらヒョルはこちらを振り返る。
「いえ、雪こそ疲れてないですか?」
彼は優しく微笑む。
「平気、明日は夕方から仕事だから帰ってからゆっくりできるし…」
ちょっとした間が車内をつつむ。
「今日は楽しかった、すごくすごく楽しかった。韓国では忙しくてこのメンバーと旅行するのは1年も前から計画してやっとこれたんです。」
一年前?
そんなに計画しててなぜこんな田舎にやって来たんだろう。
「だから雪と出会うことも一年前から決まってたんですよ」
…いや、たんなる本当に偶然だとおもうが…
ロマンチックなヒョルに対して私は意外と冷静だった。
「雪、明日も会いましょう」
へっ?
「無理よ、夕方から次の日の朝まで仕事だもん。」
ヒョルは寂しそうにうつむいた。
(そ、そんな顔しないでよ)
とても悪いことしてる気分になる。
「じゃ、電話します」
「う、うん、出れるかわからないけど…」
今度は悲しそうな顔をされる。
「だ、大丈夫、きっとでる。でれる。うん!」
ヒョルはパッと顔を輝かせふいに私の頬にキスをした。
はぅぅっ!!
ドキドキが止まらない。
きっと今の私は年甲斐もなく顔が赤いだろう。
恥ずかしさで隣を見ることが出来ない。
そのまま車は走りつづけた。
「みんなー、着いたよ」
ホテル前に無事に到着し、みんなをたたき起こす。
それぞれの反応はまちまちだが疲れているのは言うまでもない。
「今日はありがとうございました。」
彼らは口々にお礼を言ってくれる。
子供達は別れたくないらしく少し涙ぐんでいた。
「それじゃ」
私は手を振り子供達とタクシーへ乗り込む。
そしてみんなに見送られながらホテルを離れた。
ヒョルの寂しそうな顔は見ないように…
「ただいま~」
家についたのは19時過ぎ、母は食事を終え韓国ドラマのDVDを見ていた。
「おかえり、ご飯は?」
「食べるよ、その前に着替えてくる」
私はイソイソと二階へあがり部屋着に着替えた。
下からママーっと優羽の声が聞こえる。
慌ただしく下へ降りていくと優羽と眞樹が興奮してテレビを指差す。
私の視界に飛び込んできたのはさっきまで一緒にいた彼等の映像だった…
(何、これ…)
「ね!これあのお兄ちゃん達だよね?」
優羽が話してる言葉に母は理解できないようでキョトンとしている。
「あ…や、やだなぁそんなわけないじゃん!韓国人ってみんな似てるからそう見えるだけよ!」
えーっと首を傾げながら優羽はテレビにくいつく。
「早くご飯食べてお風呂に入りなさい。ママはみたいテレビあるからDVDやめてもいい?」
母はあまり気にもせずテレビを消し、食事の用意をしてくれた。
(さっきのあれは?確かに彼等だった…まさか…でも…)
ご飯も進まずたんたんと時間だけが過ぎる。
その間に子供達は食事を終え、お風呂もすましていた。
「んじゃ、おやすみ~」
優羽と眞樹はさしてDVDの件にはふれもせずいなくなる。
「私も寝るわ」
母も欠伸をしながら部屋へ戻って行った。
すかさず先ほどのDVDを再生する。
よくある昼ドラのような内容だ…
しかし…やはり目の前には髪型こそ違うが彼等がいた。
そして出演者の名前の字幕には…
パク・ヒョル チャン・ミンホ イ・ウンネ
ミン・ヨンハの文字が並んでいた…
(なぜ?どうして?)
頭のなかは整理がつかずただただドラマが進んでいく。
トゥルルルル…
鳴りだす携帯、画面にはヒョルとでている。
ためらいがちに電話にでた。
「は…い」
「雪?もう寝てた?」
電話の先とテレビから同じ声が聞こえる。
(あぁ、夢じゃないんだ)
「起きてたよ、今寝ようかと…」
覇気のない私の声を気遣うように
「疲れた?」
と問い掛けてくる。
言葉がでてこず、会話が続かない。
「ゆき?」
ヒョルは私の名前を呼ぶ。
「ヒョル…」
「はい?」
「あなたは俳優さんなの?韓国のスターなの?」
沈黙が流れた。
ヒョルも言葉が見つからないらしい。
そして…
「はい」
と一言だけ帰ってきた。
その現実が受け入れられない。
私の頭はオーバーヒートしかけている。
「そう…」
本当に、本当に自然と電話を切っていた。
なぜ切ってしまったのかわからなかったけど、彼は電話をかけ直してこなかった。