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頼れる神父がいる教会はここです。

 観光名所になるほどの大きさではないが、やはり雪が舞うこの季節だと聖堂内の気温は肌を刺すように冷える。

 そのせいか普段よりも静謐な空気に満たされている気がした。エルディン・バウアー(ib0066)は赤くなった指先に息を吹きかけながら、通路を進み、重い木製扉を押し開けた。蝶番が短く軋む。足元から、そして開かれた扉から一気に外気が教会の中へと吹き込んできた。聖堂内の冷え込みなど足元にも及ばない冷気である。

 神父は驚いたように目を瞑り、自身の両腕を肩に回してぶるりと身震いした。

「この冷え込みで雪でも降ればきっと積もりますね」

 吐いた白い息が目の前を登っていく。

「ホワイトクリスマス、ですね」

「ええ、そうですね…ん? おや? とても聞き覚えのある声がしたのですが、よもやこんな早朝に?」

 神父の笑顔が戸惑いの色を滲ませながら固まった。

 足元には数段の階段があるのだが、その一番下の段に、モコモコに着膨れた何かが座っていた。エルディンの視線がゆっくりとモコモコの塊へと移動し、その塊から鼻の頭を真っ赤にさせた少女の顔が現れる。

「――冬海殿ではありませんか!」

「エルディンさんは迷える子羊を見捨てたりはしませんよね?」

 神父殺しの常套句では上位に位置するであろう言葉を、防寒完全フル装備の吉野冬海は、少し悲しげな笑顔でもって言い放ったのだった。


 クリスマス前日ということもあり、いつもより早起きしている助祭、ティアラ(ib3826)は皺一つない修道服に身を包み、

「遠慮なさらずに中へ入ってくださっても良かったのに」

 焼きたてのマフィンがたくさん入った籐籠をテーブルに置き、淹れたての紅茶を冬海の前にある白磁のカップへと注いだ。

 花のような香りが冬海の鼻腔をくすぐる。何も食べずに家を出てきていた冬海のお腹から、グウ、という正直な音がした。

 慌ててお腹を押さえ込む冬海だったが、エルディンは聞こえないフリをしてやり、彼女が手を伸ばしやすいようにマフィンを籠から取りあげた。

「ティアラの焼いたマフィンは絶品ですよ、どうぞ。さて、冬海殿。こんな早朝から教会を訪ねていらっしゃるということは、相当に悩んでいるのですね。私でよろしければ、精一杯お力をお貸ししますよ」

「“精一杯”なだけでお役に立てるかは保障できませんけれどね」とティアラがぼそり。

「はいそこ黙って」

 あくまで笑顔のエルディンだが、額に浮かぶ青筋がぴくり。

「私を頼ってくださったのですからね。いったい何を悩んでいるのですか? もし、ここで話せないことであれば告解室か懺悔室へ場所を移しますか」

「いいえ」

 冬海はふるふると首を振った。

「クリスマス前で、とても忙しいって、わかっていたのですけれど、こういったことは、エルディンさんが、いちばん、丁寧に教えてくださる、気がしたので」

 たどたどしく、それでいて言い難そうな口振りだった。

 エルディンとティアラは思わず顔を見合わせた。もしかすると深刻な悩みなのかもしれない。ティアラは席をはずす口実として、実際に準備が立て込んではいたのだが、

「いらっしゃる信者の方々へのお菓子を焼かなくてはいけないので、私は席をはずしますね」

「待ってください!」

 冬海は声をあげ、突然立ち上がった。自分の出した声があまりに大きかったことに、すぐに赤面して俯いたが、

「ティアラさんの意見も、聞きたい、ので」

 神父と助祭は再度互いの顔を見た。冬海の悩みとは?

「あの、エルディンさんには以前お伝えしたかもしれないんですけれど、あの、私、今、思いを寄せている方がいらして。それで、明日のクリスマスに、ぷ、ぷ、ぷ」

「ぷ?」と右へ首を傾げるエルディン。

「プレゼント! と、こ、こ、こ」

「こ?」と左へ首を傾げるティアラ。

「告白を」

 消え入りそうな声だったが、しっかり二人の耳には届いていた。なぜなら冬海の両脇に腰掛けていたからである。

「ああ、告白ですか」

「告白ですね」

 二人同時に口にした後、しばしの沈黙があって、

「え! それ本当ですか! 冬海殿、告白って、そんな、あの武人殿は許されたんですか」

「そんなの内緒に決まっているじゃない」

 他人のコイバナはいろいろな意味で面白い。ティアラの双眸に野生の色が宿る。

「それで、自分の気持ちをうまく伝えられるかどうか不安で。それで、エルディンさんならきっといろんな経験があると思ったから、縋りに来ましたっ」

「うぐっ…。いろんな経験という部分に、あることないことどこぞの開拓者たちに吹き込まれた誤解があるように思いますが、可愛い冬海殿の心に芽生えた清らかな思いが報われるように、不肖エルディン・バウアーがひと肌脱ぎましょう。いえ、せいぜい脱ぐのはこの情熱の赤に染め抜かれたストラくらいですが」

 普段通りのにこやかな笑顔で首からストラをはずすエルディンの耳に、「チッ」という舌打ちが飛び込む。視線を素知らぬ顔で背後へ向けると、掌でなにか計算している助祭がいた。ぶつぶつと小声で呟いている。神父が耳を欹てた。

「ストラはずしたくらいじゃ需要はないわね。隠れエルディン信徒には、もっと過激な、そうそうアレみたいなヤツじゃないと」

 なんか怖いことを呟いている、と聞かなかったことにして、改めて冬海へと向き直る。

「さて。私はいったいなにをすればよいのでしょう」

「告白する相手をエルディンさんが、私の役をティアラさんが演じてください。参考にするので、まずはこれを頭に叩き込んでくださいね」

 懐から取り出された、人肌に温められた台本らしき冊子が二人に手渡された。


 たくさんの蝋燭と花に飾られた祭壇に、厳かな空気を纏ったエルディンが立つ。彼の朝焼けのような金髪が蝋燭のあかりで、なんども揺らめいた。高い鼻梁には影が、長いまつげはその白皙の頬に影を落す。

 毎年変わらない祈りの言葉が、高い天井の漆喰へ吸い込まれていった。深みのある神父の声にこうべを垂れて聞き入る信徒たち。漆を塗りこんだ夜空を透かす窓に、雪がまたちらつき出した。

 寒さはいっそう厳しくなる。

 神父は神へ心の底から祈った。

 恋する乙女の思いが報われるようにと。

 ただし――

 28歳独身。職業開拓者兼神教会神父が、17歳男子の役割をこのうえなく生き生きと演じきったことだけは忘れてくださるようにと。

(「神よ。出来うる事ならば、耳に息を吹きかけられても脱力しない精神力をお与えください」)


 遅くならないうちに帰宅した冬海は、帰るなり自室へ篭った。

 間違った情報を胸に、明日の成功を夢見てひとりガッツポーズを取るのであった。

 間違った情報?

「誰も彼もが、耳に息を吹きかけられれば為す術もなく言いなりになるはずがありません」

 そんな神父の説教が、冬海に届くはずがないのである。

 ああ、神よ。


つたないSSですが、挙手ありがとうございます。冬海が用意した冊子に中身については神父さまの尊厳を考え(笑)割愛しましたが、ティアラさんの懐がこの影響で温かくなったことだけは申し添えておきますw くすりと笑って楽しんでいただけたなら幸いです。

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