妖刀アマギリ
オーストンは一人の兵士を引き連れ、夜の街を歩いていた。今のところ死霊の気配も姿もなく、平穏なものだった。
「ここは特に何もないようだな。次の場所に向かうぞ」
オーストンは兵士に向かってそう言った。
「では次はどこに」
兵士がそう聞くと、オーストンは飲食店街のほうに顔を向けた。
「前に死霊と遭遇したところだ。人も多いところだから、注意が必要だ」
「はっ! もちろんです」
二人が移動を始めると、それを追う一つの影が動いた。だが、その前にもう一つの影が上から落ちてきて、行く手を遮った。
「何をしている?」
その影、タケルが静かに口を開くと、行く手を遮られた覆面をした女はその雰囲気に押されるようにして足を止めた。
「誰の手の者だ」
タケルの問いに覆面の女は黙って後ろに下がったが、その足が地面にある鎖に触れると、それが女の足に生きているかのように巻きついた。
「答えればこれ以上のことはしない」
だが、女は何も答えようとはしない。タケルはそれを大して気にした様子も見せず、手を動かして女の足の鎖を解くと、それを手に戻した。
「邪魔をしなければ自由にするといい」
それだけ言うとタケルは女に背を向けてその場を去り、女も何も言わずにそれを追った。女がオーストン達に追いついた時には、一人の兵士は地面に倒れている状況だった。
「下がれ! これはその装備では無理だ!」
オーストンがそう言いながら伏せさせていた兵士を立ち上がらせ、後方に押した。その兵士はよろめきながらも下がっていった。そしてオーストンの前には、すでに人間の形を失っている何かがいた。
オーストンは直視に耐えないような有様のそれを真っ直ぐ見すえ、姿勢を低くすると、刀に手をかけた。その目から赤い、血の涙のようなものが流れた。
「そんな姿にまでなってしまってはしかたあるまい」
そう言うと、オーストンはそれに向かって力強く踏み込んだ。だが、その何かは高く跳躍してオーストンの視界から消える。
それでもオーストンは慌てずに体勢を整え、下を向いたまま刀に手をかけた姿勢で待った。数秒後、オーストンは上から降ってきたものに赤黒く染まった刀を素早く振るい、それを打ち落とした。
その何かは深々と切り裂かれ、無様に地面に落ちると、そのまま溶けていった。後に残ったのは血だまりだけで、それを見たオーストンは目を閉じて刀を鞘に収めると、自らの血涙を拭った。
「やはり、死霊が人に憑く前になんとかしなければな」
それだけつぶやくと、オーストンは兵士に近づいた。
「すぐに向こうの四人に合流するぞ」
それからオーストンは兵士に肩を貸してその場から動き出した。
「申し訳ありません、オーストン様」
「気にするな。それよりもあれだけ人を侵食する死霊がいたとはな。あれではお前達の装備では対処できない」
「しかし、それではオーストン様一人だけになってしまいます」
「一人ではない」
それから二人は歩いていったが、離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。兵士はすぐにオーストンから離れた。
「私は大丈夫です、早く行ってください」
「すまん」
オーストンはそれだけ言うと、悲鳴の聞こえてきた方向にすぐに走り出した。いくつか角を曲がると、人であったであろうものが地面に転がっているのが見え、その周囲には何人かの人影があった。
「なにがあった!」
オーストンは大声を出して自分に注目を集めると、刀に手をかけてそこにいた人々を見回す。そのうちの一人の中年の女が一歩踏み出した。
「それが、悲鳴が聞こえたと思ったらひどい音がして、外を覗いてみたらこの有様で」
それを聞いてから、オーストンは地面に膝をついて地面に転がっていたものをよく見た。それは若い男のようで、首筋を何かに食いちぎられているようだった。それにしては出血が少ないのを見ると、オーストンはかすかに顔をしかめた。
それから立ち上がると、そこにいる人々を見回す。
「しばらくすれば見回りの役人が来るだろう。それまでは戸締りをして家の中に入ってじっとしているんだ」
静かだが有無を言わさないオーストンの態度に、人々は黙ってうなずいてそれぞれの家に戻っていった。オーストンはそれを見送ってから、倒れている若い男の死体に軽く黙祷を捧げてから刀を抜いた。
その刀身が柄から赤黒く染まっていき、オーストンの目からは血涙が流れると、その状態のまま周囲を見る。
「向こうか」
何かを見つけたオーストンはすぐに走り出した。その速度は常人のものではなく、あっという間にその場所から離れていった。
それを追う影は二つあったが、道を走る一つは引き離されていき、屋根をつたっているほうはつかず離れずでついていっている。
そして、オーストンの視界に地面を四つんばいで走る獣のようなものが見えてきた。そして、それが跳躍しようとした瞬間、前足に鎖が飛んで絡みついた。その獣は足をもつれさせると、その場に派手に転がる。
オーストンはそこに向けて地面を蹴ると、そのままの勢いでその倒れたものの頭に刀を突き立てた。それからそのものを良く見ると、頭が二つに分かれ、牙が異様に鋭くなっていたが、それは犬だった。
オーストンは刀を抜くと立ち上がり、周囲を見回してから声を張り上げる。
「タケル! いるのだろう!」
その声に応じて、タケルが闇の中から姿を現した。オーストンはそれに向き合うと、鎖を拾う。
「この鎖のおかげで助かった。礼を言う」
「お前ならばすぐに追いついていただろう。その妖刀の力でな。名はあるのか?」
タケルの問いにオーストンは赤黒い刀を持ち上げた。
「アマギリだ。使い手を選び、ふさわしくなければ発狂してしまうという」
「そうか、死霊をしとめることができる武器ならばそうだろう」
タケルはそれからオーストンに向かって歩くと、その数歩前で立ち止まった。オーストンは何も言わずに手に持っていた鎖を差し出す。タケルも黙ってそれを受け取ると、数歩後ろに下がった。
「これから死霊は多く、強くなっていくだろう。お前の妖刀や俺の力でも止められないほどにな。だが、死霊は必ず討つ」
それからタケルはオーストンが止める間もなく、背を向けて走り去った。オーストンは刀の血をはらうと鞘に収め、顔を拭った。
そして、しばらくそこにとどまっていると、役人が来て事後の処理を始めた。オーストンはそれを見ながら、タケルの言ったことを考えていた。