強力の将軍
髭面で強面の大男が狭い部屋の中を歩き回っていた。
「なぜあの男が自由に動き回っているのだ!」
「落ち着いてください、ボルツ将軍」
「これが落ち着いていられるか! 一体どうなっているんだ!」
「ベークトルト様が絡んでいるようですが」
「またあの男か!」
ボルツは机をその大きな拳で思い切り叩いた。
「ですから、落ち着いてください」
「レイス! それをどうにかするのが貴様の役目だろうが!」
「私達の派閥は単細胞ばかりですから、仕方がありませんよ」
「俺を馬鹿にしているのか!」
「事実を言っているだけです。が、馬鹿にもしています」
眼鏡をかけた優男、レイスはボルツとは対照的な様子で落ち着いていた。そのあまりの態度にむしろボルツは感情を落ち着けたようで、それまで室内をうろついていたボルツは、勢いよく椅子に腰を下ろした。
「何をつかんでいるのか聞かせろ」
「最近、死霊の噂があるのはご存知ですね?」
「ああ、それは聞いている」
「それに対応するために、ベークトルト様が街の警備のためにということで動き、オーストン様の謹慎は部分的に解除されたようです」
「なぜそんなことが可能なのだ」
「死霊に対してすぐに動ける有効な力を持っているのはオーストン様です。光の一族の力はあてにできませんから」
そこでボルツはもう一度机を叩いた。
「なぜ今なのだ!」
「死霊の考えていることなんて私にはわかりかねますよ。それより机を叩かないでください」
「むう」
ボルツは腕を組んで歯を食いしばった。
「しかし、あれだけ光の一族の攻撃を支持していたのに、死霊が出た時のことは考えてもいなかったのですか?」
「死霊などよりあの連中のほうが脅威だ、いや、そう思っていたのだ」
「何も考えていないのはわかっていましたが、そこまでとは思いませんでした。やはり、私が無断で動いて良かったですよ」
「なに!? まさかお前はあの男に!」
「ええ、ベークトルト様に多少協力しましたよ」
「それなら最初から言え!」
「いや、あの方は実に優秀ですよ」
「何が優秀だ! あの男が光の一族への攻撃をあの士気と錬度が低い部隊に任せたせいで逃した者が多いのだぞ!」
ボルツはもう一度机を叩こうとしたが、それは思いとどまった。レイスはそれを見て満足気にうなずいてから口を開いた。
「今の状況を見れば、あまりあれに力を入れなかったのは正解だったと言えるでしょう。まあ光の一族の力が使えないのは一緒ではありますが、こちらの被害も最小だったわけですからね」
「うーむ。確かにそうではあると言えるが、しかしな」
「しかしもかかしもないです。将軍は我が国のことを考えているのでしょう?」
「それはもちろんそうだ」
「ならば、状況が変わったことを認識して動くべきですよ」
「そうか」
ボルツは腕を机の上に置いて考え込んだ。
「そうです、足りない頭でよく考えてください」
そう言われてもボルツは反論もせずに考え続け、数分後に腕を解いた。
「そういうことならばわかった。確かに今の状況では考えを変える必要があるな。すでに脅威は変わっている」
「では、これからどうしましょうか」
「死霊対策に動かせる部隊はあるか?」
「二小隊ほどならそれほど時間はかからずに準備はできます」
「それだけか」
「はい。ですがこの程度であれば動かすのは簡単ですよ」
「ならば、すぐに手配しろ」
「もちろん、オーストン様に協力させますよね」
「ああ、今はあの男の力が必要だ。気に入らなくてもな」
「それでこそボルツ将軍です。早速手配します」
「うむ」
ボルツが重々しくうなずくと、レイスは一礼をして部屋を出て行った。
その日の夜、オーストンの自宅の前には五人の兵士達が来ていた。その応対に出たオーストンは若干驚きながらも、すぐに兵士達を見回した。それぞれの兵士がいくつかの瓶を腰のベルトに持ち、銀細工で装飾されている刀をさしているのを見ると、軽くうなずく。
「死霊用の装備を持っているようだな」
それから一人が前に踏み出した。
「はっ! 本日よりオーストン様の元で死霊討伐の任務につくことになりました!」
「理由はどうあれ、協力は感謝する。私の指揮下に入るということでよいのか」
「そのように命令を受けております」
「そうか、命を受けたのはお前達だけか?」
「いえ、我らを含め二小隊、総勢二十名です。小隊を半分に分け、交代で警備につく予定です」
「わかった。それならば今日は私と共に来てもらおう」
「了解しました!」
そうしてこれまでオーストン一人だった対死霊の警備は大幅に増員されることになった。オーストンは改めてその五人の前に立つと、自分の刀に手を置いた。
「今はこの街に多くの死霊の噂があり、私も遭遇した。光の一族の助力が期待できない今、我々だけで対処するほかはない。困難は多いが、人々の不安を拭うという大切な任務だ。心して対処してほしい」
そこまで言うと、オーストンは刀を抜いてそれを天に掲げた。
「王都の平穏は我らの手にかかっている、行くぞ!」
「おお!」
兵士達はオーストンに応じて一斉に気合を入れ、六人は夜の街に出発していった。
「勇ましいこった」
その光景を物陰から見ていた、顔を隠してフードを被った女がつぶやく。そして静かに六人の後をつけ始めた。
しばらくそうしていたが、オーストン達が二手に別れると、女は上を見上げると口を開いた。
「どっちに行く?」
「オーストンのほうだ」
小声だが良く通る声が屋根の上から響き、かすかな足音が聞こえた。それを確認した女はフードの下で唇を歪めると、四人の兵士達を追い始めた。しばらくそうしていると、四人の兵士達がそれぞれ抜刀をしたのが見えてきた。
「出たのか」
女はつぶやき、死霊にとりつかれた女と戦い始めた兵士達を見守る。しばらく四人は死霊憑きの女に翻弄されていたが、連携によって次第にそれを追い詰めていった。
そして一人の兵士が女の肩を貫くと、別の兵士が腰の瓶を手にとって栓を抜き、すぐに女の口にその中身を流し込んだ。
それからは四人がかりでのたうちまわる女を押さえつけていたが、数分でそれは収まり女はまるで死んだかのようにぐったりとなった。
「まったく、あの死霊退治は野蛮な感じだ」
女はそうつぶやいてから、別の方角を見た。
「さて、あっちのほうは面白いことになってるかね。新顔もいることだし」




