進化の力
タケルの光の刃は漆黒の怪物の額に突き刺さっていた。だが、漆黒の怪物はそれでも動き、タケルの腕をつかんだ。
タケルは漆黒の怪物に足を置くと、光の刃から手を放し、そこを蹴って強引に宙返りをして着地した。そこに漆黒の怪物が両腕を広げて襲いかかる。
「光糸!」
次の瞬間、刺さっていた光の刃が糸になり、漆黒の怪物を拘束した。それによって漆黒の怪物のバランスが崩れ、地面に転がる。
しかし、両腕の力で光の糸を引き千切ると、漆黒の怪物は強引に跳躍してタケルを飛び越えた。そのままミヌスに向かうが、それは再び不可視の壁に阻まれる。
だが、漆黒の怪物はその見えない壁に両手をつけて力を込めた。雷光がほとばしり、徐々にその両腕がミヌスに近づいていく。ミヌスはそれに恐れることなく、包みを開き、中の灰をばら撒いた。
灰が漆黒の怪物に触れると、白く燃え上がった。それでも漆黒の怪物は動きを止めず、ついにミヌスの両肩をつかんだ。
そして、その頭部が真ん中から二つに割れると、一気に巨大化し口のようになり、ミヌスを飲み込もうとした。そこにオーストンが潜り込むと、双刀でその口を止める。
「おらあ!」
さらにそこに背後からケイシアが一撃を加えた。そうしてできた隙にタケルはミヌスを抱え、漆黒の怪物の手から引き剥がす。
「大丈夫か」
「はい。でも、何かできることは」
ミヌスの問いにタケルはその目を見て口を開く。
「お前の中にある力が使えれば、間違いなく勝てるだろう」
「それなら」
「今はまだ、無理だ。だが、方法はある」
「それは、なんですか?」
だが、そこにオーストンが転がってきたことで二人の会話は中断された。
「お父様」
ミヌスはすぐにオーストンに駆け寄った。
「大丈夫だ」
オーストンは立ち上がりながらそう言って、再び漆黒の怪物に向かおうとしたが、それはタケルに止められる。
「待て、お前の力が必要だ」
「どういうことだ?」
タケルはそれに答える前に、漆黒の怪物と対峙するケイシアに顔を向けた。
「しばらく時間を稼いでもらうぞ」
声をかけられたケイシアは振り返らずに指を立てて軽く振った。
「はいよ」
タケルはその返事にうなずくと、それ以上ケイシアを気にすることなく、オーストンとミヌスに顔を向けた。
「これからお前と二人でその子の力を引き出す」
「どうすればいい」
「刀を前に出せ、二本ともだ」
オーストンはタケルの言う通りにした。それからタケルは自分の両手を手のひらを上に向けて前に差し出す。すると、そこにばら撒かれたはずの灰が集まっていく。それからタケルはその両手をミヌスに差し出した。
「手を」
ミヌスは吸い寄せられるように、その両手に自分の手を重ねた。重ねた手から光が漏れ始め、それは徐々に強くなっていく。
そして、光が十分に強くなってからタケルはゆっくりと手を引き、右手の光をオーストンに向けて押し出した。その光は二本の刀の間にくると、そこで弾け、それに吸い込まれていった。残った左手の光はタケルの手で軽く握られ、吸い込まれる。
「行くぞ」
そう言うと、タケルは左手に光の刃を出現させた。オーストンは多少戸惑いながらも、今までにない力が刀と自らに宿っているのはわかった。
「この力は」
「戦えばわかる」
タケルはそう言って、弾き飛ばされてきたケイシアを受け止めた。
「あーあ、ありゃ面倒くさいし飽きてきたな」
「それならすぐに終わる。この子を頼んだ」
「それなら、あんたらの戦いをゆっくり観戦させてもらおうか。ほら、下がるよお嬢ちゃん」
「はい」
ケイシアはミヌスの手を取ったが、その瞬間、漆黒の怪物が地面を蹴る音が響き、突進してきていた。だが、それは一歩前に出たタケルの右手一本で止められる。その上、タケルは押されることもなかった。
「ほお」
感心したようにそれだけため息をつくように言うと、ケイシアはそのまま後ろに下がっていった。
「やるんだ」
タケルの言葉にオーストンが漆黒の怪物の脇腹を刀で切り裂いた。オーストンはその今までにないほどの軽い手応えに驚いたが、表情に表さずにそのまま後ろに回って刀を構えた。
「これが進化の力というものなのか」
「お前にもそれを使える才があったということだ」
そう言ってから、タケルはオーストンが切った脇腹に中段の回し蹴りを放ち、漆黒の怪物を地面に転がした。そしてタケルは後ろにステップし、光の刃を構えた。
「行くぞ」
言葉と同時にタケルの光の刃が一層の輝きを発した。それに呼応するかのように、オーストンの持つ双刀もその黒さを濃くする。
「うごがぉおおああああああ!」
漆黒の怪物は雄叫びを上げ、それとほぼ同時にタケルとオーストンは動いた。タケルの光の刃とオーストンの脇差が漆黒の怪物の両腕を同時に切り落とし、二人はすぐに振り返った。さらに、同時に体を沈めて、足に力を込める。
まずはタケルが光の刃を振りかぶり、背後から漆黒の怪物の胴を袈裟切りに切り裂いた。それに続いて、正面からオーストンがその前に立つ。
「ふん!」
気合一閃、双刀が連続で振るわれた。さらに、振り返ったタケルが光の刃で漆黒の怪物の首を切った。
そして、タケルは光の刃を消し、オーストンも双刀を鞘に収めた。それと同時に漆黒の怪物は切られた場所から黒い血のようなものを噴出し、ゆっくりと崩れ落ちていった。
だが、それで終わらず、その周囲がいきなり光った。
「これで終わりですね」
ベークトルトが姿を現し、小さくつぶやくと、タケルとオーストンはそこに顔を向ける。
「これは、封印か」
タケルがそう言うと、ベークトルトはうなずく。
「その通りです。いくらあなた達でもこれを完全に滅することはできませんからね」
「それはどういうことですか? ベークトルト殿」
オーストンの問いにベークトルトは肩をすくめた。
「陛下を取り込んだ死霊はそのまま封印できるものではありませんでしたからね、ずっと機会を窺っていたんです。まあ、これでやっとルシーア様を城に迎えることができます」
「やれやれ、あっさりだったな」
そこにミヌスを連れたケイシアがやって来た。ミヌスはすぐにオーストンに駆け寄る。オーストンはそれを膝をついて迎えた。
「お父様!」
「もう心配はいらない」
さらに、そこにボルツの率いる軍勢も到着した。ルシーアもそれと一緒だった。ベークトルトとオーストンはそれに膝をついて迎える。
「ルシーア様、すでに玉座はあなた様のために準備はできております」
「うむ、これからも頼むぞ。ベークトルト、オーストン」
タケルとケイシアはその情景を黙って見ていた。




