死霊
「よく来てくれた」
そう言うルシーアの前には地面に片膝をついたオーストンと立ったままのタケルがいた。ルシーアはそのタケルの顔を見る。
「外は大丈夫なようだな。集中すべきは城内だ、なにか意見はあるか?」
「城にいるものの方が手強い。あの王という者だがな」
「我が父は、もはやそうしたものになっていたのか。お前なら、それに勝てるか?」
「一人では難しい」
それからタケルはオーストンとミヌスに視線を動かす。
「お前達二人の力が必要になる」
「タケル、ミヌスの力というのは、一体どういうことなのだ? まだ聞かせてもらっていないぞ」
「死霊にとっての進化の力だと言っただろう。それは、同時に死霊の最大の弱点となる力でもある。名前は特にないが、言い伝えならある」
そしてタケルは目を閉じて語りだす。
「死霊は最初は取るに足らない存在だった。だが、それは人の中に自らを進化させる存在を見出し、取り込むことを繰り返して進化してきた」
そこで一度言葉を切り、また続ける。
「最初にその存在に気がついたのは光の一族の始祖、まだその時は少ない者達だった。始祖はすぐにそれが死霊に対抗する力であることにも気づき、それを自分達の力にすることを考えた。それはうまくいったが、それは血縁によって伝承されるものではなく、才のある者を探す必要があった」
「そうか、それで光の一族というのはあれだけ雑多な集団なのだな」
オーストンがそう言うとタケルはうなずく。
「そういうことだ。そして、お前にもその才はある。その子にもだが、それはまだ早いな」
「しかし、それはどうすればいいのだ。私はそんな修行はつんでいない」
「その時がくればわかる。これは修行で身につくものでもないからな」
「そういうものなのか。そうだ、ミヌスよ」
そこで何かを思い出したらしく、オーストンは懐から小さな布の包みをミヌスに差し出した。
「お父様、これは何ですか?」
「聖灰というものだ。お前を守ってくれるだろうから、大事に持っていなさい」
「はい」
ミヌスはそれを大事そうにしまった。タケルはそれを見てから、オーストンにうなずいてみせる。
「よくそんなものが手に入ったな」
「ある方から受け取った。城に入れば会えるはずだ」
オーストンがそう言った次の瞬間、城の上部が突然爆発した。
「なにごとだ!」
ルシーアが叫び、タケルとオーストンは同時に自分の武器に手をかけ、爆発した城を見上げる。そこには巨大な黒い影がゆらめいていた。
「蓄えた力を解放したようだな」
「どういうことだ!?」
ルシーアが聞くとタケルは静かに続ける。
「あれから進化をしたらまず手に負えなくなるということだ。とにかく、兵達をここから撤退させておけ」
タケルはそれだけ言うと、影に向けて足を進める。ルシーアはすぐにうなずくと、兵に指示を出すために走っていった。
その間にも巨大な影は徐々に小さくなっていき、明確な姿に変化していく。それは全身を漆黒に包んだ普通の人間のようなものだった。だが、その背中に大きな翼が開かれ、異様な迫力を発した。
「なんということだ」
オーストンはそれだけつぶやいた。
「来るぞ」
タケルがそう言うと同時に、その漆黒の怪物はそこに向かって急降下してきた。タケルは両足の鎖を解くと同時にマフラーを空中に放り投げた。
「光術、刀」
光をまとった蹴りが漆黒の怪物と激突した。
「タケル!」
オーストンが叫ぶが、衝撃で前に進めず、タケルの姿も光に飲み込まれて見ることができない。その光と闇が収まると、そこには距離をとって対峙するタケルと漆黒の怪物の姿があった。だが、タケルのマフラーはチリになり、足の鎖は砕けている。
「来るな、お前はその子を守れ」
タケルは短剣を構える。漆黒の怪物は翼を開いて空に舞い上がると、翼から黒い礫のようなものを降らせた。
タケルはそれを短剣で落とすと同時に素早くかわしていく。しかし、そこに漆黒の怪物が急降下をしてくる。それはなんとか短剣で受けたが、タケルの体は勢いよく弾き飛ばされた。
それから漆黒の怪物はオーストンの方に向き直る。
「我流、光糸」
声と同時に漆黒の怪物に光の糸が絡みついた。その糸が強く引かれると、漆黒の怪物の体は宙を舞った。タケルの体はその糸に導かれるように空を走り、短剣を漆黒の怪物に突き立て、すぐにそれを蹴ると、短剣を残してそこから離れた。
「爆!」
タケルの気合と同時に短剣を中心として閃光が走り、爆発が漆黒の怪物を包んだ。タケルは地面に四つんばいになって勢いを殺すと、その状況を見る。
「駄目か」
煙が晴れると、タケルの言葉通り、漆黒の怪物はほとんど無傷だった。それでもタケルは特に気落ちしたような様子はなく、すぐに地面を蹴った。その両手からは光の糸が伸び、両側から漆黒の怪物に迫る。
しかし、それは翼が大きく開いたことで断ち切られた。タケルはそれを予想していたのか、勢いを落とさずに突進し踏み切ると、漆黒の怪物の頭部めがけて蹴りを繰り出した。その一撃は確実にその頭部をとらえ、タケルは着地するとすぐに転がって後ろに下がる。
そこに間髪入れずに、双刀を抜いたオーストンが切りかかった。刀は漆黒の怪物の翼の根元に切り込むが、それは通らない。だが、オーストンは間髪入れずに脇差を振るう。それは漆黒の怪物の首をとらえ、わずかだが切り裂いた。
オーストンはそのまま走り抜けると、振り向き、双刀を構えた。タケルもすでに体勢を立て直している。
「タケル、素手で戦えるのか」
「問題ない」
「そうか」
オーストンとタケルは短く言葉をかわし、同時に地面を蹴った。漆黒の怪物はその攻撃に対して両手を広げ、受ける姿勢をとる。
「おおおおおお!」
オーストンの一撃がその腕に食い込み、さらにタケルが自らの右手に光の糸を巻きつけた状態で貫手を放つ。
「グゥオギィイイイイイイイイイイイイ!」
次の瞬間、漆黒の怪物の雄叫びと同時に二人がその衝撃で飛ばされた。そして、その隙にそれはミヌスに向かって飛翔した。
ミヌスはオーストンから受け取った包みを手に握ると、それを掲げる。すると、その前に不可視の壁が出来たかのように、漆黒の怪物の動きが止められた。
さらに、そこに青い炎が降り注ぎ、それを押し戻す。続けて全身を甲冑に包んだ者が落ちてきた。
「やれやれ、ちょっと遅れたかな」
気楽な調子の言葉を放ち、ケイシアがミヌスの前に現れていた。
「まあ、お楽しみはこれからか」
ケイシアは長剣を構え、にやりと笑った。




