力と忠誠の代価
「さて、とりあえずもう大丈夫よ」
本陣に到着すると、アイレラはそう言ってミヌスの顔を覗き込んだ。走ったせいで息は上がっていたが、それ以外は特に変わった様子もない。アイレラはそれに感心したような表情を浮かべた。
「偉いわね」
「いいえ、お父様もあの人も強いですから」
「なるほどねえ」
そして、オーストンとジェイの戦いは再び開始されていた。ジェイは腕の鎖を外していて、剣と同時にその鎖がオーストンに向けて振るわれる。
オーストンはその攻撃を全て一本の刀で防いでみせ、さらに踏み込んで反撃も加えた。その逆袈裟の一撃はジェイの剣で防がれ、押さえつけられた。その至近距離で二人は一瞬視線を交わすと、同時にバックステップをして距離をとる。
間髪入れず、オーストンはそこから地面を蹴って上段から刀を振り下ろした。ジェイはそれを剣で受けると、逆の手で鎖をオーストンに叩きつけようとする。
だが、オーストンはそれを避けずに額金で受けると、さらに一歩踏み出し、ジェイの剣を押し切った。そして刀を引くと、そこから強烈な突きを繰り出す。その一撃はジェイの肩に突き立ったが、貫くことはできない。
オーストンはすぐに刀を引き、ジェイの横に回りこむ。そこからさらに刀を振り下ろそうとしたが、ジェイはそこから転がってそれをかわす。オーストンはジェイが立ち上がるのを待ち、刀を上段に構えた。
「お前はタケルに比べれば未熟だな」
「なんだと?」
「全ての動きが予想できるぞ」
オーストンは再び踏み込み、上段から刀を振り下ろした。ジェイはそれを剣で受けると同時に前蹴りを繰り出す。だが、オーストンは刀を戻すと、横にステップしながら体をひねってそれをかわした。
その勢いを利用してオーストンは刀を横殴りに叩きつける。ジェイは鎖を巻いた拳で受けたが、鎖は砕け、ジェイの手は弾かれた。刀は勢いを削がれ、ジェイの首筋に当たるが、そこが黒い鱗に変化してそれを弾いた。
オーストンはさらに追撃はせずに一度間合いをとる。
「動きがわかったところで、その刀は通らない」
「そのようだな」
オーストンは左手を逆手で脇差にかけた。ジェイはそれに何かを感じたようで、地面を蹴って剣を振りかぶった。だが、オーストンはそれよりも早く脇差を抜き放ち、その剣を強烈に跳ね返す。
ジェイは飛ばされ、オーストンが血のような色の霧に包まれているのを見た。そしてその霧が消えると、鮮やかに赤い刺青のようなものをその身に刻み、漆黒に染まった双刀を持つオーストンの姿があった。
「行くぞ」
オーストンの踏み込みは今までとは段違いの速度と力強さで、ジェイは思わず下がったが、それは何の意味もなさず、強烈な一撃がジェイの剣を砕いた。さらにオーストンの脇差がジェイの肩を切り裂く。
強靭な黒い鱗をものともせずに鮮血が舞い、さらに下から跳ね上げられた刀が反対の腕を切り落とした。ジェイは血を流しながらも、なんとか前転をしてその場から逃れる。
しかし、オーストンはすぐに振り返ると、双刀をその首に当てた。その刀を同時に引くと、ジェイの首は飛び、体が崩れ落ちた。
オーストンはそれに背を向けると、双刀を鞘に収めた。
一方、タケルとイロニスの戦いは膠着していた。イロニスが攻撃をしかけるが、タケルはそれを受けるばかりでろくに反撃もしていない。
「貴様、さっきから何だ!?」
イロニスは刀を振るうが、それはタケルの短剣で受けられ、押し返される。
「お前の力はわかった」
それだけ言うとタケルは斜め後方に素早く下がり、右手の鎖を解いた。さらに、両腿の鎖も解くと、それが短剣を中心としてまとまり、一本の杖のようになった。
「鉄鎖術、杖」
タケルはイロニスが変化してから、初めて自分から攻撃に出た。まず杖を上段から振り下ろし、それがかわされると、さらに踏み込んで胴を薙ぎ払う。
イロニスはそれを刀で受けるが、タケルはすぐに杖を引き、持ち替えると突きを繰り出した。その一撃はイロニスのみぞおちを打ち、少しだけ下がらせた。
そこからタケルは素早く杖を引くと同時に、大きく踏み込んで後ろ回し蹴りを放つ。それはイロニスの側頭部をとらえ、その頭を激しく揺さぶった。
だが、イロニスはその場に倒れることなく後方に跳んだ。タケルがすぐにそこに向かって杖を向けると、半ばほどからほどけ、イロニスに伸びていく。
「鉄鎖術、蛇」
鎖はイロニスの左腕に絡みつき、タケルがそれを引くと、イロニスの体勢が崩れた。タケルはすぐに鎖を杖に戻すと、地面を蹴り、真上からそれを振り下ろす。
「おのれ!」
イロニスはそこに刀を突き出すが、タケルは杖となっていた鎖を解くと刀をすかし、首を動かしてそれをかわしながら、短剣をイロニスの額に突き出した。
それは確かにイロニスの額に突き立ったが、何かの力によってタケルは体ごと弾き飛ばされた。タケルはそれを予期していたかのように、なめらかに着地した。
イロニスは額に開いた穴を軽く手で押さえると、すぐに刀を振って雹を飛ばし、タケルに向かって走り出す。
だが、タケルはその雹を鎖を振って落とすと、イロニスが振り下ろした刀を潜り抜け、その後ろに回り込んだ。それからイロニスが振り返ると、その前には鎖が球状になったものが現れる。
「鉄鎖術、散」
タケルの言葉と同時に、その球体が弾け、イロニスに向かってバラバラになった鎖が降り注いだ。その勢いは凄まじく、イロニスの肉体を抉っていく。
さらに、タケルはマフラーと足の鎖を外し、短剣と同時に上に放り投げた。それは空中で一つの長剣となり、タケルの手に収まる。
「光術、帯剣」
光り輝く剣がイロニスに迫るが、それに刀が打ち合わされた。光が弾け、透明な刀と光の剣の力は拮抗する。
「このような妖術など!」
イロニスは叫び、タケルの剣を砕いた。
「とった!」
がら空きになったタケルに刀が叩き込まれようとしたが、それより早く、タケルの右手がイロニスの頭をつかんだ。
「うおおおおおおおお!」
イロニスは苦しんだ声を上げ、刀を振るおうとしたが、タケルの右手からは光の糸のようなものが現れ、イロニスの体を拘束していって、それは出来なかった。
「我流、光糸」
タケルはそうつぶやくと同時に右手を放してイロニスに背を向け、短剣を地面に突き立てた。さらに、右手でその刀身を握ると、血を流し、光の糸を赤く染める。
「こ、これは」
イロニスが戸惑っている間にも、その身を拘束する糸は赤く光っていき、さらに強くその体を締め付けた。
「塵になれ」
タケルの言葉と同時にその糸が激しく動いて右手に戻っていき、イロニスの体は削られていった。
「なんだ! これは!」
叫びながら抵抗しようとしたが、それは何の意味もなく、その体は塵となって消えた。タケルはそれを確認することもなく短剣を抜くと、それを鞘に収め、立ち去った。




