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堕ちた戦士

「状況はどうだ」


 城の敷地内の開けた場所におかれた本陣、ルシーアは立ったまま傍らのブースに聞く。


「城の敷地内はほぼ制圧完了したようです。城内には突入を開始したところです」

「そうか、抵抗はあまりないようだな」

「はい、今のところは」

「ベークトルトは?」

「まだ姿を現しません」


 その答えを聞いて、ルシーアは腕を組む。


「このまま行きそうにはないな。警戒を厳重にして、ケイスの部隊からも目を離すな」

「はい」


 ブースは下がっていき、ルシーアは椅子から立ち上がると、城を見上げた。


 だが、そこに伝令の兵士が駆け込んでくる。


「ルシーア様! 城門に近衛隊らしきもの達が現れ、現在交戦中です!」

「状況は」

「数は数十ですが、ほとんどが死霊憑きのようで、苦戦中です」

「中に入れるわけにはいかんな。アイレラを向かわせる、お前もすぐに戻れ」

「はっ!」


 伝令の兵士はすぐに走り去った。ルシーアはすぐに近くに控えていた者を呼び、増援の手配をする。


 そして城門では異形の化物の攻撃を必死に食い止める兵士達の姿があった。


「とにかく持ちこたえろ! 槍で近づけさせるな!」


 その指示に兵士達はなんとか体勢を立て直し、一斉に槍を構えて化物が寄ってくるのを防ぐようにした。


「そんなものは蹴散らせ!」


 イロニスは刀を掲げて化物をさらにけしかける。その号令に狼のような姿になっていた三人が同時に跳びあがり、空中で一つの肉の塊になった。


 そして、それが弾けると中からは三つの頭を持つ巨大な狼の姿が現れる。それは地面に降り立つと、すぐに槍の中に突進していく。その勢いは凄まじく、構えられた槍をへし折って兵士を弾き飛ばした。


 さらに狼は弾き飛ばした兵士に止めを刺そうと、もう一度跳び上がる。だが、次の瞬間、その首に鞭が絡みつき、その勢いの方向を変えさせ、地面に叩きつけた。


「ここは通すわけにはいかないのよね」


 アイレラは鞭を手元に戻し、イロニスのことを見た。


「ちっ、傭兵風情が!」


 イロニスは悪態をつくが、アイレラはそれに対してやわらかい笑みを浮かべる。


「これでも王子の側近なのよ」


 そして鞭を構え、立ち上がる狼に向かいながら、引き連れてきた兵士に指示を出す。


「あれはなんとかするから、あなた達は他のをお願いね」

「了解!」


 兵士達はアイレラをその場に残し、守備の穴を埋めるように動いた。アイレラはただ一人、城門と三つ首の狼の間に立つ。


「こういうのはあの子にでもやらせておけばいいと思うんだけど」


 そうつぶやくと、飛びかかってきた狼に鞭を走らせ、再び地面に叩きつけた。だが、今度はすぐに立ち上がり、もう一度アイレラに向かって飛びかかる。


 今度は鞭を使う暇はなく、アイレラは横転してそれをかわした。狼はすぐに反転すると、体勢を立て直す前のアイレラにさらに飛びかかる。


 しかし、その突進は飛来した鎖に絡めとられ、勢いを失う。さらに、強烈な一撃がその巨体を跳ね返した。驚愕を表情に浮かべながら、アイレラが立ち上がると、その先には右手を鎖に包んだタケルがいた。


「ここは任せろ」


 それだけ言うと短剣を左手で抜き、構える。そしてアイレラが何か言う前にミヌスを背負ったオーストンがそこに走りこんできた。


「ルシーア様はどこだ!?」


 アイレラは多少驚いたようだったがすぐに気を取り直す。


「こっちよ。光の一族さん、あとはよろしく」


 アイレラはそれだけ言うと、兵をまとめ、オーストンを先導して退いていった。そうして、その場に残ったのはタケルと、イロニスが率いる数十の異形達だった。


「たった一人で止められると思っているのか!」


 イロニスは叫ぶが、タケルは黙って短剣を構えた。そこに三つ首の狼が飛びかかるが、タケルはそれを引き付け、素早く横に動くと同時に、短剣を振るって首の一つを切り落としていた。


「くっ」


 イロニスが手を動かすと、狼は苦しみながらも動き、その隣に戻る。そして、イロニスはおもむろに自分の刀でそれを突き刺した。


「こうなっては仕方あるまい、この氷牙の真の力を見せてやろう!」


 刀がひねられると、狼の巨体が吸い込まれるようにしてそれに吸収されていった。イロニスはその刀を掲げて声を上げる。


「お前達、我が刃の、陛下の力となるのだ!」


 刀が青く光り、周囲にいた化物を一気に吸い込んでいく。それはどんどん透明度を増していき、吸収が終わる頃には、透き通り、輝く刀となっていた。


 さらに、それを持つイロニス自身の肌も白く、透き通るような色になる。生気が失われたようにも見えたが、静かで凄絶な殺気を発していた。


「今までの陛下への反逆、ここで償うがいい」


 タケルは黙ったまま何も答えなかったが、左の短剣を前に突き出して構えた。


 一方、本陣に向かったオーストンだったが、その前には一人の男が現れていた。


 その男は頭を丸めていて、見たところ鎧のようなものは身に着けていないが、腕に鎖を巻き、身の丈もありそうな巨大な剣を担いでいた。オーストンはその前に立つ。


「ここは私が引き受ける。娘は頼んだ」

「では、お願いしますね」


 アイレラはすぐにミヌスを連れて本陣に急いだ。


「まず名を聞こう」


 一対一になったオーストンは目の前の男に問う。


「ジェイだ。お前はオーストンだな」

「そうだ」

「まずは一人目だ」


 ジェイと名乗った男は剣を構え、オーストンも刀に手をかける。まずジェイが動き、凄まじい速度で剣を袈裟切りに振り下ろした。


 オーストンはそれを後ろに下がってかわしたが、まだ刀は抜かない。そこにジェイが腕に巻いていた鎖が伸びてくる。それも上体をひねってかわし、やはり刀は抜かない。


「その技、まさか光の一族なのか?」

「ならばどうした」

「死霊に従うのか!?」

「力の前には小さなことだ」


 そしてジェイは再びオーストンに切りかかる。今度はいきなりその動きが加速し、オーストンの真横に出る。そこから剣を首の高さで水平に、後方から振るう。


 オーストンはそれをわずかに身をかがめてかわすと、一瞬で刀を抜き、ジェイの胴を狙った。刀は確実にジェイを切ったはずだったが、硬い手応えがあり、すぐにオーストンは後ろに下がる。


 切れた服の下にあったのは黒い鱗のようなものだった。ジェイはにやりと笑うと、体勢を低くして剣を担ぐようにして構えた。


「それは、死霊の力か」

「死霊であろうと力は力」

「そうか」


 そうつぶやいたオーストンが目を閉じると、両目から一筋の血涙が流れ、刀が赤黒く染まった。

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