圧倒的
「死霊憑きとか言っても、こんなもんかねえ」
そう言うケイシアの周囲には、色々な残骸が転がっていた。そして立っているのはそのケイシアとミレイアだけだった。ケイシアはまだ人間の姿のミレイアを目を細めて見る。
「あんたは他の連中みたいに化けないのかね。張り合いがないな」
ケイシアは残念そうな表情をし、それに対してミレイアは歯を食いしばった。
「そうしていられるのも今のうちだ!」
そう叫ぶと、ミレイアの体が急激に変態していく。体の大きさは二倍以上に膨れ上がり、その皮膚も緑色に染まっていった。
「おお、これはけっこういけそうだな」
その変容を見たケイシアは驚くよりも、むしろ単に嬉しそうだった。その間にもミレイアの変態は続き、頭に角が生え、爪は鋭くなり、両肩にも角のようなものが生える。
「大したもんだ。他の雑魚とは雰囲気が違うな」
そう言いながらも、ケイシアはまるで楽しい見世物を見るような態度を崩さない。そしてミレイアの変態が終わると、緑色の皮膚を持ち、頭と肩に角を生やした異形が姿を現していた。不思議なことに鎧は膨れ上がった状態で、自然に装備されている。
その瞳は猛獣のような光を帯びて、ケイシアを睨みつけた。
「その余裕がいつまで続けられる?」
今までとは違う低く、地面を揺るがすような声でミレイアが言う。だが、やはりケイシアは動じない。ミレイアはそれをさらに憎々しげな目で睨むと、自分の刀を抜いた。それはすぐに手の中で巨大化し、巨大で無骨な肉切り包丁となった。
「おいおい、どんだけビックリ尽くしだよ」
ケイシアがつぶやくと同時に、ミレイアは跳躍し、巨大包丁を振り下ろした。だが、ケイシアはそれを右手で構えた長剣で受け止めてみせる。
ミレイアはそこにさらに力を加え、ケイシアを跪かせようとする。少し押されたケイシアだったが、すぐに左手でも柄を握ると、押し返していく。
「見てくれほどじゃないな!」
そして一気に力を込めると、ミレイアの巨体を弾き返した。ミレイアは数歩下がると、巨大包丁を構え直した。ケイシアはろくに構えず、無造作に長剣をぶら下げている。
そこにミレイアが踏み込み、巨大包丁を振り下ろしたが、ケイシアは足さばきだけで、それをいとも簡単にかわしてみせた。そのまま巨大包丁が地面に激突すると、そこは大きく抉れる。
足元が抉られ、普通なら体勢を崩すところだったが、ケイシアはいつの間にか巨大包丁の上に立っていた。ミレイアはそれに反応してその巨大包丁を跳ね上げたが、ケイシアは後方に跳んでそれをすかした。
「ほらよっ」
そしてそこから地面を蹴って跳躍すると、軽い調子でミレイアに長剣を振り下ろす。その一撃は受け止められたが、ケイシアは空中でミレイアの体を蹴ってバック宙をする。
「うがああああああ!」
ミレイアは雄叫びを上げて着地したミレイアに切りかかる。だが、蹴られて体勢が崩れていたことによってその一撃は遅れ、ケイシアの長剣で弾かれて隙ができる。
ケイシアはその左膝に向けて正面から蹴りを放った。鈍い音がしてミレイアの体勢が崩れ、片膝をついた。ケイシアはさらに踏み込んで跳ぶと、位置が下がった即頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
衝撃でミレイアの巨体は地面を転がり、ケイシアはそれが立ち上がるまで追撃はせず、その場で立って待っていた。
「まさか、これで終わりじゃないよな」
その言葉に、ミレイアは無言で巨大包丁を構え直した。
「そうかい、何もなしか」
ケイシアが長剣を横に薙ぐと、そこから青い炎がほとばしり、ミレイアを包み込んだ。
「残念だよ」
そう言ってケイシアが指を鳴らすと、炎は一層大きくなり、そのなかで悶えるミレイアの姿は完全に見えなくなった。その最後を見ることなく、ケイシアはその場から背を向け、地面を蹴って勢いよくその場から去っていった。
そうして城を目指す道中、ケイシアは走りながら街を見回していたが、外に人気がない以外はおかしな様子はなかった。
「王子様もうまくやってるか、しかし、手応えがなさすぎだな」
ケイシアが首を傾げると、前方に突然何かが落ちてきた。ケイシアは足を止め、長剣を構える。
「うごおあああああ!」
落ちてきたのは、全身が焼け爛れ、所々骨が露出している状態のミレイアであったものだった。満身創痍の姿だが、その姿から発せられる殺気と力は今までとは段違いのものがある。
「へえ、思ったよりもしぶといな。いや、もう意識なんてないのか」
ケイシアがつぶやくと同時に、ミレイアが地面を蹴って、巨大包丁を振り回しながらケイシアに突進してくる。ケイシアはそれを長剣で受けるが、受けきれずにそれをなんとかいなした。さらにミレイアは急激に方向転換をすると、再びケイシアに突進した。
ケイシアはそれを地面を蹴って宙に舞うことでかわすと、振り向きざまに長剣を振って青い炎を飛ばした。だが、ミレイアが大口を開けると、その炎はそこに吸い込まれた。次の瞬間、ミレイアの口や耳、目から青い炎が噴出したが、倒れることはなかった。
「おお? 無茶するな」
ケイシアは口の端を歪めると、低い姿勢をとった。そこにまだ口から青い炎を出しているミレイアが三度突進してくる。
ケイシアも地面を蹴ると、ぶつかる直前に方向を変えて体当たりと振り回される巨大包丁をかわし、すれ違いざまにその包丁を握った手を切り落とした。だが、ミレイアはそれがまるで応えていない様子だった。
「鈍くなっただけだな。こりゃ駄目だ」
ケイシアはそうつぶやくと、長剣に青い炎をまとわせる。そこに片手を失ったミレイアが跳んできたが、ケイシアはそれをぎりぎりまで引きつけると、その剣を下から振り上げ、青い炎の竜巻のようなものを作り出した。
その竜巻はミレイアを一瞬で飲み込み、それを空に舞い上げながら、その巨体を今度こそ焼き尽くしていった。
数秒後、竜巻がおさまると、灰だけが降ってきた。それを確認したケイシアは城の方に向きを変える。次の瞬間、その城から爆音が響き、煙が立ち上った。
「ちっ、もう始まってるのか」
ケイシアは一つ舌打ちをすると、すぐに走り出した。
一方その頃、タケルとオーストンにミヌスは城の近くまで到着していて、爆音に足を止めていた。
「今のは!?」
オーストンは立ち上った煙を見上げる。
「気をつけろ、嫌な気配がする」
タケルはそう言うと、ミヌスのことを見た。ミヌスは黙ってそれにうなずいてみせる。
「行くぞ」
タケルが先頭に立って城に向かって動き出した。




